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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第3話 壁の中の黒猫

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6/20

(一)壁の中は空ではない

◆ 黒猫は別の猫


うちの人間が本を読んでいる。


題名は『黒猫』。


表紙には、シジミと同じ黒い猫が描かれていた。


もっとも、同じなのは毛の色くらいである。


顔つきも違う。


目の色も違う。


耳の形も違う。


黒い猫というだけでシジミと一緒にされては困る。


人間は黒い猫を二匹見つけると、すぐに似ていると言う。


自分たちのことなら、髪型が違う、目元が違う、雰囲気が違うと細かなところまで見分けるくせに、猫になると毛の色しか見なくなる。


ずいぶん雑な見方である。


うちの人間は長椅子に座り、難しい顔で本を読んでいた。


柔らかな上着を羽織り、肩へ落ちた髪をときどき指で耳の後ろへかけている。


シジミはその隣で丸くなっていた。


本からは、古い紙の匂いがする。


うちの人間は、何度か同じところを読み返している。


目を細めたり、眉を寄せたり、ときどきシジミのほうを見たりする。


猫が出てくるからといって、こちらを見る必要はない。


本の中の猫とシジミは別の猫である。


本の猫が何をしようと、シジミには関係がない。


人間の出てくる本を読むたび、近くにいる人間の顔を確認したりはしないだろう。


それなのに、猫が出てくるとすぐ本物の猫を見る。


猫を見れば、書かれていることが理解できると思っているのだろうか。


◆ 自分で怖がる遊び


しばらくすると、うちの人間は本を閉じた。


表紙の黒猫が、こちらを見ている。


うちの人間は、その表紙とシジミを見比べた。


「怖い話だったなあ」


怖い話だったらしい。


シジミには文字が読めない。


だが、人間が本を読んでいるときの様子を見れば、楽しい話なのか、悲しい話なのか、怖い話なのかくらいは分かる。


怖い話を読む人間は、何も起きていないのに何度も部屋の中を見る。


窓の外を確認する。


背後を気にする。


少し音がしただけで顔を上げる。


うちの人間も、さきほどから何度か肩越しに部屋の後ろを見ている。


自分で怖い本を選び、自分で読み、自分で怖がっている。


嫌なら読まなければよい。


誰かに命令されたわけでもない。


うちの人間は、ときどき理解しにくい遊びをする。


高い金を払って、怖い映像を見る。


暗い建物へ入り、驚かされる。


怖かったと言いながら、満足そうな顔で帰ってくる。


そのくせ、家の中で小さな音がすると、一人で確かめに行くのを嫌がる。


危険を避けたいのか、近づきたいのか、どちらなのだろう。


シジミは本の上へ目を向けた。


『黒猫』という題名なら、猫が出てくる話であることは分かる。


問題は、その猫が何をしたかだ。


うちの人間は、隣にいたシジミの背中を撫でながら、独り言を始めた。


指先から、淡い甘い匂いがする。


「酔っぱらった男が黒猫にひどいことをして、そのあと妻まで殺して、死体を壁の中へ隠すんだけど……」


ひどい話である。


黒猫に何をしたのかは分からないが、猫にひどいことをする時点で、その人間が悪い。


妻まで殺したというなら、さらに悪い。


難しく考える必要はない。


悪い人間が悪いことをした話である。


うちの人間は続けた。


「そのとき、別の黒猫まで一緒に壁の中へ閉じ込めちゃうんだよ」


どうやら、猫は壁の中に入ったらしい。


自分から入ったのか。


人間が入れたのか。


死体を壁へ隠しているところを見ていて、気づかれないまま閉じ込められたのか。


いずれにしても、猫にとっては迷惑な話である。


人間は自分たちの争いへ、すぐ周りを巻き込む。


猫はただそこにいただけかもしれないのに、壁の中へ閉じ込められた。


しかも死体と一緒である。


落ち着いて眠れる場所ではなさそうだ。


もっとも、猫には人間ほど死体へのこだわりはない。


動かない。


追いかけてこない。


急に大きな声も出さない。


危険がないなら、ただの大きな物体である。


匂いは気になるかもしれないが、人間のように幽霊が出るのではないかと心配したりはしない。


生きている人間のほうが、よほど急に何をするか分からない。


◆ 壁の中は空ではない


うちの人間は腕を組み、難しい顔をした。


袖口から伸びた指で、自分の腕を何度か軽く叩いている。


「でも、壁の中に閉じ込められた猫が、どうして生きていられたんだろう」


どうしてと言われても、壁の中だからである。


壁の中は、何もない場所ではない。


人間には、薄い板や土の向こう側に空間があるということが分からないらしい。


見えなければ、何もないと思っている。


だが、壁の裏側にはいろいろなものがいる。


コオロギがいる。


小さな虫もいる。


運がよければ、ネズミもいる。


大きなネズミを捕まえるのは少し苦労するが、腹が減っているなら十分に試す価値はある。


食べ物が自分から歩いてくるのだから、探し回る必要もない。


壁の中には、細い隙間もある。


空気はそこから入ってくる。


完全に密閉されているわけではない。


もし本当に空気さえ通らないほどきっちり埋められていたのなら、人間が作った壁としては相当立派である。


うちの人間の家の壁など、向こう側をネズミが走っている音まで聞こえる。


夜になると、ときどき小さな足音がする。


うちの人間は、


「家がきしんでるのかな」


と言っている。


違う。


歩いている。


家は自分で歩かない。


この程度のことも分からない者が、壁の中には何もいないと思っている。


水についても、どうにかなる。


雨が降れば、どこかから湿気が入る。


古い建物なら、水が染み込む場所くらいあるだろう。


管が通っていれば、その周りが濡れることもある。


水滴がつけば、舐めればよい。


人間のように椀一杯の水がなければ飲めないわけではない。


少しずつでも、口に入ればよい。


人間は、自分たちと同じ食べ方や飲み方ができなければ、生きていけないと思っているのだろう。


猫には猫のやり方がある。



※第3話「壁の中の黒猫」は全二回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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