(二)落下には対応した
◆ 落下には対応した
今回、猫が落ちた場所は床だった。
高さもそれほどなかった。
床に硬い物も置かれていない。
落ちた猫は、すぐに体をひねり、四本の足で着地した。
驚いた様子はあったが、けがはしていないようだった。
だから、人間は笑っていられる。
もし、下に尖った物が置かれていたら。
もし、もっと高い場所から落ちていたら。
もし、床ではなく狭い隙間だったら。
同じ失敗でも、結果は違っていた。
たまたま安全だったから、ドジで済んだのである。
失敗が軽く見えるのは、失敗そのものが小さかったからではない。
結果が小さかったからだ。
人間は結果だけを見る。
落ちて、すぐに立ち上がった。
だからおもしろい。
だが、猫にとっては、落ちるまでの一瞬にも多くの判断がある。
体勢をどう変えるか。
前足から落ちるか。
後ろ足を先に下へ向けるか。
床までの距離はどれくらいか。
着地したあと、どちらへ逃げるか。
飛ぶことに失敗しても、落ちることまで失敗するとは限らない。
画面の猫は、飛び移ることには失敗した。
だが、落下には対応した。
四本の足で床へ降り、体をぶつけることなく立ち上がった。
すべてに失敗したわけではない。
失敗の途中で、別の判断を成功させている。
それを、人間は見ていない。
飛べなかった。
落ちた。
おもしろい。
それだけである。
シジミは画面の猫を見た。
猫は落ちたあと、少し早足でその場を離れていた。
うちの人間が笑う。
「失敗して恥ずかしかったんだな」
恥ずかしいから離れたとは限らない。
大きな音がしたから、その場から離れただけかもしれない。
落ちた拍子に、周囲の人間が笑い声を上げたから警戒したのかもしれない。
同じ場所でもう一度跳ぶ価値がないと判断したのかもしれない。
猫が何も言わないからといって、人間の考えた理由が正しいことにはならない。
そもそも、猫が失敗を恥ずかしがるとしても、笑われたくて失敗したわけではない。
それを何度も見返して笑うのは、ずいぶん趣味が悪い。
◆ 成功は数えない
うちの人間が、シジミを見た。
「シジミも、たまに滑るもんな」
たまにではない。
数えるほどである。
そもそも、シジミが滑ったところを見たからといって、シジミがいつも滑っていることにはならない。
人間は成功を数えない。
シジミが椅子へ飛び乗った回数。
窓辺へ着地した回数。
棚から長椅子へ飛び移った回数。
毎日、何度も成功している。
それらは当たり前として覚えていない。
一度足を滑らせると、それだけを覚えている。
人間は失敗のほうが印象に残るらしい。
自分の失敗については、早く忘れたがるくせに。
数日前、うちの人間は床に置かれていた小さな箱を踏んだ。
慌てて足を引き、反対の足で自分の鞄を蹴った。
鞄が倒れ、中から物がこぼれた。
それを拾おうとして、今度はテーブルへ頭をぶつけた。
シジミは最初から最後まで見ていた。
しかし、人間はすべて歩くのが下手だとは思わなかった。
うちの人間が、そのとき周囲をよく見ていなかっただけである。
箱を床へ置いたままにした。
歩く前に足元を確認しなかった。
物を拾う前にテーブルの位置を見なかった。
失敗には理由がある。
それを確認せず、人間全体の性質として扱うのは正しくない。
猫は公平である。
うちの人間は、画面の猫がもう一度映ると、また笑った。
今度は失敗した場面がゆっくりと再生されている。
足が滑る。
体が伸びる。
前足が台の端へ届かない。
床へ落ちる。
同じ失敗を、角度を変えて何度も見せている。
猫が一度失敗しただけでは足りないらしい。
人間はそれを繰り返し見て、さらに笑う。
成功した跳躍は、一度映して終わる。
失敗した跳躍は、ゆっくり再生し、戻して、もう一度見せる。
これでは、猫が失敗ばかりしているように見える。
実際には、その猫も毎日何度も跳んでいるはずだ。
床から椅子へ。
椅子から机へ。
机から窓辺へ。
そのほとんどに成功している。
成功した場面は普通すぎて、誰も撮らない。
一度失敗したところだけを残し、猫はドジだと言う。
人間は、見せられたものがすべてだと思っているのだろうか。
絵の動く箱の中では、切り取られた一瞬しか見えない。
その前に何があったのか。
その後にどうなったのか。
何度成功したうちの一度の失敗なのか。
それを考えず、画面に映った結果だけで決める。
猫だけではない。
人間は、ほかの人間に対しても同じことをしているのかもしれない。
一度間違えた。
一度転んだ。
一度うまくできなかった。
それだけを見て、その者は失敗する者だと決める。
猫のシジミには、人間同士の細かい事情は分からない。
ただ、うちの人間が画面を見ながら、知りもしない相手について、
「この人は駄目だな」
と言っているのを聞くことはある。
人間は、自分が見ていない時間があることを忘れやすい。
◆ 完璧な跳躍
シジミはテレビの前へ座った。
ちょうど画面の猫を隠す位置である。
うちの人間が体を傾ける。
「シジミ、見えないよ」
今見るべきものは、もうない。
一匹の猫が足を滑らせた。
それだけである。
同じ場面を何度見ても、猫全体がドジだという証明にはならない。
シジミはテレビの前から離れ、長椅子へ向かった。
飛び乗る前に、床へ前足を置く。
踏み切る場所を確認する。
何も落ちていない。
滑りやすい紙もない。
長椅子までの距離を見る。
いつも跳んでいる距離だ。
着地する場所を確認する。
うちの人間の隣が空いている。
飲み物も菓子も置かれていない。
着地したあとに体勢を崩す心配もない。
シジミは腰を落とした。
後ろ足へ力を入れる。
床を蹴る。
体が静かに宙へ浮く。
前足が長椅子へ届く。
続いて後ろ足が着地する。
長椅子は揺れない。
体勢も崩れない。
完璧な跳躍だった。
うちの人間は、シジミを一度見ただけで、すぐにテレビへ目を戻した。
成功しても、何も言わない。
当然できることだと思っている。
シジミが毎日繰り返している無数の成功は、一つも記憶に残らない。
それなのに、一度でも足を滑らせれば、何日も覚えている。
やはり人間は、成功よりも失敗を見るのが好きらしい。
シジミは長椅子の上で丸くなった。
画面では、猫が足を滑らせる場面が、また流れていた。
うちの人間が笑う。
「猫って、本当にドジだなあ」
シジミは目を閉じた。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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