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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第22話 ハムスター

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(一)勝手に分裂しない

◆ 箱の中の小さな動物


うちの人間が、箱を抱えて帰ってきた。


普段の買い物袋とは違う。


両手で胸の前へ抱え、なるべく傾けないように歩いている。


玄関へ入るときも、いつもよりゆっくりだった。


靴を脱ぐあいだも床へ置かない。


中には、倒したり揺らしたりしてはいけないものが入っているらしい。


シジミは玄関まで迎えに行き、箱の匂いを確かめた。


紙。


木くず。


乾いた食べ物。


そして、小さな動物の匂い。


箱の内側から、何かが動く音も聞こえる。


軽い足音。


爪が底を引っかく音。


鼻を動かし、周囲を確かめている音。


うちの人間はシジミを見ると、箱をさらに体へ引き寄せた。


「シジミ、ちょっと待ってね」


まだ何もしていない。


匂いを確認しただけである。


人間は、自分が大切にしているものへ猫が近づくと、すぐに何か悪いことをすると思う。


机の上の紙。


光る板につなぐ細い紐。


新しく買った服。


小さな飾り。


そして、今抱えている箱。


猫が興味を示した。


だから、触る。


落とす。


かじる。


壊す。


そこまでを一度に想像する。


実際には、匂いを嗅いで終わることも多い。


それでも人間は、何かが起きる前から、


「駄目だよ」


と言う。


うちの人間は箱を部屋の奥へ運んだ。


栗色の髪を耳へかけ、床へ膝をつく。


箱の上部を少し開けた。


中から、小さな顔が現れた。


丸い耳。


黒い目。


細かく動く鼻。


口の両脇が少しふくらんでいる。


茶色と白の毛に覆われた、小さな動物だった。


ハムスターである。


◆ 安全というものは狭い


シジミも見たことはある。


近所の家の窓辺に置かれた透明な箱の中で、輪を走っていた。


あれほど走っているのに、一歩も遠くへ行けない。


人間は、ときどき奇妙なものを動物へ与える。


走るための輪。


隠れるための家。


掘るための木くず。


食べ物を探す必要のない皿。


外へ出なくても暮らせるように、必要なものを小さな箱の中へ集める。


それを安全と呼ぶ。


たしかに、外敵からは守られる。


雨にも濡れない。


食事にも困らない。


だが、輪の中をどれだけ走っても、景色は変わらない。


安全というものは、ときどきずいぶん狭い。


うちの人間は、小さな動物をのぞき込みながら言った。


「しばらく、うちで預かることになったからね」


知人が長い旅行へ行くらしい。


そのあいだ、ハムスターの世話を頼まれたという。


食事。


水。


箱の掃除。


温度の確認。


夜に動くので、昼間はなるべく静かにしておくこと。


人間は箱の横に置かれていた紙を見ながら、一つずつ声に出して確認している。


「ごはんは一日一回。水は毎日替える。お掃除は……」


預けた人間は、ずいぶん細かく書いていた。


大切にしているのだろう。


何を食べるか。


どのくらい食べるか。


嫌がること。


気をつけること。


もしものときに連絡する場所。


これだけ書いてあれば、うちの人間でも大きな間違いはしないはずだ。


おそらく。


◆ すぐ増えるんだって


うちの人間は透明な箱を棚の上へ置いた。


シジミが普段使う棚よりは低い。


だが、一度跳べば届く高さである。


それに気づいたうちの人間は、箱を持ち直した。


さらに高い棚へ置く。


今度は、近くの台を使えば届く。


うちの人間は周囲を見回し、台になりそうなものを遠ざけた。


ずいぶん警戒している。


シジミが本気で登ろうとすれば、別の道を探す。


だが、そこまでして近づく理由は今のところない。


うちの人間は、ようやく安心したように息を吐いた。


そして、シジミへ言った。


「シジミ、知ってる? ハムスターって、すぐ増えるんだって」


増える。


たしかに増える。


だが、それは雄と雌を同じ箱へ入れているからである。


一匹だけで、いつの間にか二匹になるわけではない。


今、この箱に入っているのは一匹だ。


知人から預かったのも一匹。


旅行から戻ってきたときに二匹へ増えていたら、それはかなり大きな問題である。


◆ 勝手に分裂しない


うちの人間は、箱の中のハムスターを見つめた。


「帰ってくるまでに増えてたりして」


増えない。


勝手に分裂するとでも思っているのだろうか。


世の中には、体を二つに分けて増える生き物もいるらしい。


うちの人間が以前、絵の光る板で見ていた。


一つの体が二つになる。


それぞれが動き始める。


人間は、


「すごい」


と言っていた。


その記憶と、ハムスターは増えやすいという話が、頭の中で一つになっているのかもしれない。


だが、ハムスターはそのようには増えない。


朝起きるたびに数が増えていくなら、飼っている人間はもっと困っている。


一匹。


翌朝、二匹。


その次の日、四匹。


さらに次の日、八匹。


旅行から戻るころには、箱の中がハムスターで埋まってしまう。


輪を回す場所もない。


食事の皿も見えない。


水を飲む順番を待っているあいだに、さらに増える。


そのような生き物なら、誰も気軽に預けたりはしない。


うちの人間は箱の横へ顔を近づけた。


ハムスターは木くずの中へ半分ほど体を埋め、こちらを見ている。


「一匹だから大丈夫だよね?」


最初から、そうである。


確認するまでもない。


だが、うちの人間は少し考えた。


「でも、実はお腹に赤ちゃんがいたりして」


そこまで心配するなら、預けた人間へ聞けばよい。


勝手に想像して不安になる必要はない。


人間は、起きていないことについて考えるのが好きである。


荷物が届かなかったら。


明日雨が降ったら。


買った服が合わなかったら。


ハムスターが増えたら。


可能性を考えること自体は悪くない。


危険へ備えることもできる。


だが、人間は可能性を考えるだけで、すでに起きたような顔をすることがある。


うちの人間は箱を見ながら、少し困った顔をしている。


まだ何も増えていない。


預かったばかりである。


心配する順番が早すぎる。



※第22話「ハムスター」は全三回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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