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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第20話 犬再び

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(三)まるで聞いていない

◆ 遊ばないの?


犬の飼い主は、犬の頭を軽く押さえた。


「猫ちゃんに謝りなさい」


犬はシジミを見上げた。


「遊ばないの?」


謝っていない。


そもそも、自分が何を悪いこととして叱られているのか分かっていない。


犬はただ遊びたかった。


だが、相手の都合を考えずに近づいたことについては、少し反省してもよい。


犬は声も体も大きい。


遊ぶつもりでも、相手が同じように思っているとは限らない。


その点を分からせるなら、


「嫌がっているから近づくな」


と教えればよい。


だが、人間は、


「小さい猫をいじめるな」


と教える。


犬が実際にしたこととは違う。


間違った理由で叱られても、次に何を変えればよいか分からないだろう。


犬は紐を短く持たれ、飼い主の足元へ戻された。


それでも、顔だけはシジミへ向けている。


「次は走る?」


シジミは答えなかった。


次も走らない。


犬がもう少し静かになれば、同じ場所にいるくらいはよいかもしれない。


だが、犬は返事がないことを断りだと思っていないらしい。


「今は駄目?」


「あとで?」


実に前向きである。


人間なら、返事をされなければ落ち込むことがある。


嫌われた。


避けられた。


何か悪いことをした。


まだ何も言われていないのに、悪い理由をいくつも考える。


犬は違う。


今は遊ばない。


なら、あとで遊ぶかもしれない。


都合のよい考え方だが、落ち込まないためには有効である。


飼い主は犬を引きながら、再び歩き始めた。


「ほら、行くよ」


犬は何度も振り返る。


「またね!」


「次は走ろう!」


飼い主には、まだシジミを狙っているように見えるらしい。


紐をさらに短くした。


「もう猫ちゃん見ないの」


見るくらいはよいのではないだろうか。


犬は首だけを後ろへ向けたまま、飼い主に引かれていった。


少し離れても、声が聞こえる。


「次は遊ぶ!」


いつもどおりである。


◆ 降りておいで


うちの人間は、壁の上にいるシジミへ両手を伸ばした。


「もう大丈夫だよ。降りておいで」


最初から大丈夫である。


それに、降りるかどうかはシジミが決める。


壁の上は日が当たっている。


道より暖かい。


見晴らしもよい。


犬が去ったからといって、すぐに降りる必要はない。


シジミが動かずにいると、うちの人間は少し心配そうな顔をした。


「怖くて降りられないの?」


違う。


居心地がよいのである。


シジミは壁の上で前足を揃えた。


うちの人間は、さらに手を伸ばす。


「抱っこしようか?」


必要ない。


自分で上がった場所なら、自分で降りられる。


うちの人間は猫が高い場所へ行くと、降りられなくなったのではないかと心配する。


だが、上がる前に降りる場所も確認している。


猫は先のことを考えて跳ぶ。


人間のように、買ったあとで置き場所に困ったりはしない。


シジミはしばらく壁の上を歩いた。


少し先に、地面へ近い場所がある。


そこから降りる。


うちの人間の前へ戻る。


うちの人間は、安心したように息を吐いた。


「よかった。怪我してないね」


怪我をするようなことは、何も起きていない。


犬は触れてもいない。


シジミが壁へ跳んだだけである。


人間の頭の中では、大きな犬に襲われかけた小さな猫が、必死に壁へ逃げたことになっているらしい。


実際には、遊びに誘う声の大きな犬を避け、少し静かな高い場所へ移った。


それだけだ。


うちの人間は、シジミの背中を撫でた。


「びっくりしたね」


びっくりもしていない。


犬が紐から離れたとき、走ってくるとは予想できた。


以前から、走りたがっていた。


犬の動きを見ていれば分かる。


驚いたのは人間たちだけである。


犬の飼い主は紐を落としたことに驚く。


うちの人間は犬が走ったことに驚く。


二人とも、犬が何をしたがっていたかを見ていなかった。


遊ぼう。


走ろう。


犬は最初から、何度もそう言っていた。


それを威嚇だと思い込んだ。


そして紐が離れ、犬が本当に走り出すと、猫を襲うと思った。


人間は、相手の言葉を聞かない。


聞かないまま理由を決める。


その理由に合う未来を想像し、自分で驚く。


◆ まるで聞いていない


うちの人間は歩き始めた。


シジミも少しあとから続く。


曲がり角の向こうから、犬の声が小さく聞こえた。


「次は走ろう!」


まだ言っている。


シジミは犬と走るつもりはない。


だが、弱いと思われて吠えられたわけでもない。


威嚇されたわけでもない。


かわいそうな目にも遭っていない。


ただ、少し騒がしい知り合いに、しつこく遊びへ誘われただけである。


うちの人間は隣を歩くシジミを見下ろした。


「犬、怖かったでしょ?」


シジミは短く鳴いた。


違う。


うるさかった。


うちの人間は、うれしそうにうなずいた。


「そっか。怖かったね」


まるで聞いていない。


シジミは猫語でつぶやく。


「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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