(二)風情の正体
◆ 意味が分からなければ風情
風情とは、聞いている側が勝手に作り出すものらしい。
ウグイスがどれほど騒がしいことを言っていても、人間に意味が分からなければ美しい歌になる。
これが人間同士の言葉だったら、そうはいかないだろう。
朝から庭先で、
「オレはイケてる!」
「いや、オレのほうがイケてる!」
と叫ぶ人間がいたら、うちの人間は窓を閉めるはずだ。
眉を寄せ、
「朝からうるさいなあ」
とでも言うだろう。
ところが、鳥の声なら窓を開ける。
意味が分からないというだけで、ずいぶん扱いが変わる。
ウグイスたちは昼近くまで鳴いていた。
うちの人間は何度も、
「いい声だねえ」
と言った。
そのたびにウグイスは、
「分かるか! オレ、イケてるだろ!」
と返していた。
人間の言葉はウグイスへ伝わっていない。
ウグイスの言葉も人間へ伝わっていない。
それでも、どちらも相手が自分を褒めていると思っているようだった。
それで困ることはないのかもしれない。
うちの人間は美しい声を聞けたと満足する。
ウグイスは、自分の魅力が遠くまで伝わったと満足する。
考えていることはまるで違うのに、なぜか両方とも機嫌がよい。
人間とほかの生き物の関係は、案外その程度で成り立っているのかもしれない。
◆ テッペンカケタカ
やがて春が過ぎた。
庭の葉は濃くなり、朝の空気も暖かくなった。
ウグイスの声が聞こえなくなったわけではないが、うちの人間も以前ほど窓へ駆け寄らなくなった。
最初のころは、髪をまとめる途中でも窓辺へ来ていた。
今では、声が聞こえても鏡の前で髪を整えたまま、
「今日も鳴いてるね」
と言うだけである。
毎日聞こえるものは、珍しくなくなるらしい。
どれほど美しいと言っていても、慣れれば注意を向けなくなる。
人間の風情とは、珍しさにずいぶん左右される。
初夏になると、今度は別の鳥の声が聞こえてきた。
うちの人間が、また窓を開ける。
ちょうど顔へ何かを塗っている途中だったらしく、片手には小さな容器を持ったままである。
「ホトトギスだ」
少し離れた木から、独特の声が響く。
うちの人間は満足そうにうなずいた。
「テッペンカケタカって鳴いてるなあ」
意味が分からない。
なぜ鳥が、突然てっぺんが欠けたなどと報告するのだろう。
山の頂上でも欠けたのか。
屋根の先が壊れたのか。
それとも、何かの入れ物の上部がなくなったのか。
そもそも、誰に知らせているのだろう。
一度なら、何かを見つけて驚いた可能性もある。
だが、ホトトギスは何度も同じように鳴く。
毎回てっぺんが欠けていたのでは、周りのものがなくなってしまう。
そんな意味不明なことを、わざわざ繰り返すはずがない。
◆ オレ、ちょっとイケてるかも
シジミには、ホトトギスの言葉も少し分かる。
ホトトギスが、もう一度鳴いた。
「オレ、ちょっとイケてるかも!?」
シジミは耳を動かした。
ウグイスほどの自信はないらしい。
自分がイケていると言い切る勇気はない。
だが、もしかしたらイケているのではないか。
誰か一羽くらいは、そう思ってくれるのではないか。
そんな淡い期待が、声に込められている。
少し間を置いて、また鳴く。
「オレ、ちょっとイケてるかも!?」
返事はない。
もう一度鳴く。
「オレ、ちょっとイケてるかも!?」
やはり返事はない。
ウグイスなら、返事がなくても、
「みんな聞きほれてる!」
くらいは言いそうなものだ。
ホトトギスはそこまで自信を持てないらしい。
鳴くたびに、最後が少し上がる。
自分でも確信していない。
問いかけている。
相手に判断を委ねる余地を残している。
その点、少し控えめである。
うちの人間が耳を澄ませた。
窓から入る風で前髪が動き、指で何度か直している。
「今年もテッペンカケタカって鳴いてるなあ」
ホトトギスが答える。
「オレ、ちょっとイケてるかも!?」
まるで会話が成立していない。
だが、うちの人間は満足そうである。
ホトトギスも、誰かが自分の声を聞いてくれたことには満足しているようだった。
少し離れたところから、別のホトトギスが鳴く。
「オレも、ちょっとイケてるかも!?」
最初のホトトギスが返す。
「お前も、まあまあイケてるかも!?」
「お前も、ちょっとだけイケてるかも!?」
「でも、オレのほうが少しイケてるかも!?」
「それは分からないかも!?」
ウグイスに比べると、ずいぶん弱い争いだった。
どちらも断言しない。
相手を完全には否定しない。
自分のほうが上だと言いたいが、間違っていたときのために逃げ道を残している。
少し疑問形なところに救いがある。
うちの人間は、二羽の声を聞いて笑った。
口元へ手を当て、肩を小さく揺らす。
「初夏らしいなあ。風情がある」
木の上では、
「オレ、ちょっとイケてるかも!?」
「そっちより、少しだけイケてるかも!?」
という、決して自信のない主張が続いている。
◆ 風情の正体
春のウグイスは、自分が世界で一番優れているように鳴く。
初夏のホトトギスは、自分もそれなりに悪くないのではないかと確認するように鳴く。
どちらも雌へ自分を示そうとしている点では変わらない。
ただ、自信の量が違う。
人間は、その違いを理解していない。
片方をホーホケキョと呼び、もう片方をテッペンカケタカと呼ぶ。
意味は分からないまま、春らしい、初夏らしい、風情があると喜んでいる。
知らないからこそ美しく聞こえることもあるのだろう。
本当の意味を知れば、うちの人間は今と同じ顔で聞けるだろうか。
朝から延々と、
「オレ、ちょーーーーーーーーイケてる!」
と叫ばれても、春の風情を感じられるのだろうか。
少し遠慮がちに、
「オレ、ちょっとイケてるかも!?」
と何度も確認されて、初夏の訪れを感じられるのだろうか。
おそらく無理である。
人間が朝から同じことを何度も言えば、
「しつこいなあ」
と眉を寄せるだろう。
うちの人間も、絵の光る板に同じ知らせが何度も届くと、
「もう分かったって」
と言いながら指で消している。
鳥なら同じことを何度繰り返しても、美しい声になる。
意味を知らないから、美しい鳥の歌として聞いていられる。
分からないものへ自分に都合のよい意味をつけ、満足する。
その点では、ウグイスもホトトギスも人間も、あまり変わらない。
ウグイスは、雌が皆自分を気に入っていると思っている。
ホトトギスは、少なくとも一羽くらいは自分を気に入るかもしれないと思っている。
うちの人間は、鳥たちが自分へ季節を知らせ、美しい声を聞かせてくれていると思っている。
誰も相手のことを正しく理解していない。
それでも、ウグイスは胸を張り、ホトトギスは少し期待し、うちの人間は目を細める。
庭の木から、ホトトギスの声が響いた。
「オレ、ちょっとイケてるかも!?」
うちの人間は、温かい飲み物を口へ運びながら、しみじみとうなずいた。
肩へ落ちた髪が風に揺れる。
「やっぱり、鳥の声はいいなあ」
シジミは窓辺で尻尾を揺らした。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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