(一)オレ、ちょーーーーーーーーイケてる
◆ 風情は手間がかかる
ウグイスが鳴く季節になった。
朝になると、庭の木々の間から、よく通る声が聞こえてくる。
うちの人間は、その声が聞こえるたびに窓を開ける。
まだ朝の空気は少し冷たい。
窓を開けたところで、部屋の中が寒くなるだけである。
それでも人間は、季節の音を近くで聞きたいなどと言って、わざわざ外の空気を入れたがる。
寒ければ窓を閉めればよい。
鳥の声なら、閉めたままでも聞こえる。
だが、人間は窓を開けて聞くほうが風情があると思っているらしい。
風情というものは、ずいぶん手間がかかる。
シジミは窓辺に座り、冷たい風に毛を揺らされていた。
うちの人間も、柔らかな部屋着の上へ薄い上着を羽織り、肩へ落ちた髪を片手で押さえながら窓辺に立っている。
寒いなら開けなければよい。
自分で窓を開け、自分で寒そうに肩をすくめている。
人間は、ときどき自分のしたことに自分で困る。
◆ ホーホケキョ
庭の木から、また声が響く。
「ホーホケキョ」
うちの人間が目を細める。
「いい声で鳴くなあ」
違う。
少なくとも、うちの人間へ聞かせるために鳴いているのではない。
ウグイスが鳴くのは、雌へ自分の存在を知らせるためである。
同時に、近くにいる雄へ、自分の場所を主張する意味もある。
つまり、求愛と縄張りの宣言だ。
春の訪れを人間へ教えているわけではない。
人間の朝を気持ちよくするために鳴いているわけでもない。
うちの人間が勝手に聞き、勝手に春を感じているだけである。
それだけなら、まだよい。
問題は、人間がウグイスの言葉をまるで理解していないことだ。
どうやら人間には、
「ホーホケキョ」
と聞こえているらしい。
何を意味しているのかは分からない。
うちの人間に聞いても、意味のある言葉だとは思っていないようだった。
ただ、昔からそう聞こえることになっているから、そう呼んでいるだけらしい。
人間は分からない音を、そのままにしておくことが苦手である。
自分たちに発音できる音へ勝手に直し、分かったような顔をする。
スズメはチュンチュン。
カラスはカーカー。
犬はワンワン。
猫はニャーニャー。
どれも実際には、もっといろいろな音を使い分けている。
それなのに人間は、一つか二つの音へまとめる。
自分たちの言葉は、声の高さや言い方が少し違うだけで意味が変わると言うくせに、ほかの生き物の声は、だいたい同じに聞こえるらしい。
シジミには、鳥の言葉が少し分かる。
すべてを細かく聞き取れるわけではない。
鳥は猫よりも早口で、同時にいくつもの意味を声へ乗せる。
だが、今鳴いているウグイスが何を言っているのかくらいは分かる。
◆ オレ、ちょーーーーーーーーイケてる
木の上から、再び声が響いた。
「オレ、ちょーーーーーーーーイケてる!」
うちの人間が、うれしそうに耳を澄ませる。
風に乱された髪を耳へかけながら、庭の木を見上げた。
「きれいな声だなあ」
風情もへったくれもない。
ウグイスは、自分がどれほど優れているかを叫んでいるだけである。
少し離れた木から、別のウグイスが鳴いた。
「オレのほうがイケてる!」
最初のウグイスがすぐに鳴き返す。
「いや、オレだから!」
「オレのほうが声通ってるから!」
「オレのほうが羽つやいいから!」
「こっちの木のほうが高いから!」
「木の高さは関係ないだろ!」
「高いところにいるほうがイケてる!」
「そんな決まりはない!」
二羽のウグイスは、朝から言い争っていた。
人間には、美しい鳥たちが声を掛け合っているように聞こえている。
実際には、どちらが優れているかを互いに主張しているだけである。
うちの人間が、感心したように言う。
「向こうのウグイスも返事してる。会話してるのかな」
会話はしている。
ただし、うちの人間が想像しているような内容ではない。
一羽目のウグイスが胸を張る。
「オレ、声もいい!」
「羽もきれい!」
「虫もいっぱい見つけられる!」
「いい枝も持ってる!」
「だからオレ、ちょーーーーーーーーイケてる!」
二羽目も負けていない。
「オレのほうがもっとイケてる!」
「昨日、雌が近くまで来た!」
「それ、お前を見に来たんじゃないだろ!」
「オレの声を聞いて来た!」
「後ろにいた虫を食べに来ただけだから!」
「照れてたんだよ!」
「完全に無視されてただろ!」
ウグイスは、ずいぶん自信に満ちた鳥である。
雌が近くへ来れば、自分の声に引かれたと思う。
すぐに飛び去れば、照れているのだと思う。
別の雄を見ていても、自分を意識してわざと見ないのだと思う。
どのような結果になっても、自分がイケているという結論だけは変わらない。
その自信は、少し見習ってもよいかもしれない。
少しだけでよい。
あまり見習うと、周りが迷惑する。
◆ 奥さんではない
一羽の雌が庭の木へ飛んできた。
二羽の雄が、同時に黙る。
雌は枝に止まり、周囲を見回した。
一羽目の雄が、これまでより大きな声で鳴く。
「ほら来た!」
「オレの声を聞いて来た!」
二羽目も続く。
「いや、オレの声だから!」
「こっち見てる!」
「オレのほう見てる!」
雌は、どちらも見ていなかった。
枝の裏側にいた小さな虫をついばみ、そのまま別の木へ飛んでいった。
雄たちは少し黙った。
うちの人間が言う。
「あ、今のが奥さんかな」
違う。
どちらも相手にされていない。
一羽目の雄が、気を取り直したように鳴く。
「今のは恥ずかしがってただけ!」
二羽目もすぐに鳴く。
「本当はオレが気になってる!」
「オレだ!」
「オレだから!」
そして二羽は、また声を張り上げ始めた。
「オレ、ちょーーーーーーーーイケてる!」
「オレのほうが、ちょーーーーーーーーイケてる!」
うちの人間は、温かい飲み物を両手で包みながら、のんびりとその声を聞いている。
細い湯気が顔の前へ上がるたび、少し目を細める。
「春って感じがするなあ」
木の上では、二羽が互いの声をかき消そうとしている。
「お前、そこオレの場所だから!」
「先に止まったのはオレだから!」
「雌が見てる前で邪魔するな!」
「見てなかっただろ!」
「次は見るから!」
「根拠はあるのか!」
「オレがイケてるから!」
※第9話「風情の正体」は全二回です。
続きます。
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