(二)猫もそれぞれ
◆ 「まだ」の意味
うちの人間が、また最初の一文を読んだ。
「名前はまだない」
シジミは目を開けた。
前から気になっていた。
名前がない猫が、なぜ自分の名前はまだないと分かるのだろう。
「まだ」という言葉には、今はないが、いずれあるかもしれないという意味が含まれている。
何かを待っている者の言葉である。
まだ食事が出ていない。
まだ扉が開いていない。
まだ人間が起きてこない。
どれも、これから起きる可能性があるから「まだ」と言える。
これからも絶対に起きないことには、「まだ」とは言わない。
シジミは空を飛んでいない。
だが、「まだ空を飛んでいない」とは思わない。
猫は飛ばないからである。
少なくとも、鳥のようには飛ばない。
つまり、名前はまだないと言った猫は、いずれ名前をつけられると考えていたことになる。
誰かが自分に名前を与える。
その可能性を知っていた。
それだけではない。
名前というものの存在を理解し、自分にはそれがないと認識していた。
名前を持つ猫と、名前を持たない猫を区別していたことになる。
ずいぶん物知りな猫である。
しかも、その猫は自分を吾輩と呼んでいる。
名前はないのに、人間の使う一人称は知っている。
それも日常ではあまり使われない、ずいぶん偉そうな一人称である。
名前より先に吾輩を覚えたのだろうか。
誰から教わったのだろう。
人間の会話を聞いて覚えたとしても、周囲の人間が日頃から自分を吾輩と呼んでいたとは考えにくい。
ひょっとすると、その猫は人間が考えている以上に、人間の言葉に詳しかったのではないか。
詳しかったからこそ、自分には名前がないと分かった。
それならば、名前はまだないという言葉は、猫自身の言葉ではなく、人間に分かるように直した結果なのかもしれない。
◆ 名前がなくても、シジミはシジミ
シジミがそこまで考えたところで、うちの人間が本から顔を上げた。
頬にかかっていた髪を耳へかける。
「シジミも、最初は名前がなかったんだよ」
知っている。
生まれた瞬間からシジミだったわけではない。
うちの人間に会う前は、別の呼ばれ方をしていた。
母猫は声と匂いでシジミを見分けていた。
兄弟たちも、名前など使わなかった。
それでも誰が誰かは分かった。
名前がなくても、シジミはシジミだった。
人間は名前がなければ区別できないと思っている。
物にも、場所にも、生き物にも名前をつける。
名前をつけると、それを理解した気になる。
庭に来る鳥をスズメと呼ぶ。
壁を歩く虫をクモと呼ぶ。
黒い毛の猫をシジミと呼ぶ。
だが、名前が分かっただけで、その相手を理解したことにはならない。
スズメが何を考えているのか。
クモがどこへ行くのか。
シジミが今、何を望んでいるのか。
うちの人間はほとんど知らない。
それでも名前を知っているというだけで、少し安心するらしい。
人間は分からないものを、そのままにしておくのが苦手なのだろう。
名前をつけ、種類を決め、性格を考える。
おとなしい猫。
気まぐれな猫。
甘えん坊な猫。
臆病な猫。
シジミも、うちの人間からはおとなしいと思われている。
おとなしいのではない。
無駄に動かないだけである。
必要がなければ鳴かない。
届かない場所へ跳ばない。
勝てない相手には近づかない。
それを人間は、おとなしいという一つの言葉でまとめる。
シジミが食事の時間だけ鳴けば、
「食いしん坊だね」
と言う。
食事の時間に食事を求めることの、何が食いしん坊なのだろう。
人間だって朝、昼、夜と何度も食べている。
さらに、その間にも菓子を食べる。
うちの人間など、甘い菓子を一つだけ食べるつもりだったと言いながら、袋の中身がなくなるまで食べていることがある。
それでも自分のことを食いしん坊とは呼ばない。
猫が一度食事を催促したくらいで、食いしん坊と呼ばれる筋合いはない。
◆ 猫もそれぞれ
うちの人間は本を閉じ、表紙をシジミへ見せた。
「この猫も、シジミみたいにいろいろ考えてたのかな」
考えていたに決まっている。
猫はいつでも考えている。
どこで眠るか。
どの道を通るか。
いま外へ出るべきか。
もう少し待つべきか。
人間の膝へ乗るか。
乗らないか。
乗るならどの向きか。
人間が立ち上がりそうか。
暖かさは十分か。
猫の生活には判断が多い。
人間は猫が寝てばかりいると言う。
眠っているように見えても、耳は周囲の音を聞いている。
鼻は新しい匂いを探している。
気配が変われば、すぐに目を開けられる。
完全に何も考えず眠っているわけではない。
人間のほうが、絵の動く箱を見ながら口を開けていることがある。
あれこそ何も考えていないように見える。
それでもシジミは、
「人間は一日中ぼんやりしている生き物だ」
とは決めつけない。
たまたま、そのときぼんやりしていただけかもしれないからだ。
一度見ただけで、すべてを決めるべきではない。
猫は慎重である。
人間は一匹の猫を見て、猫というものを決めたがる。
一匹が魚を食べれば、猫は魚が好き。
一匹が箱へ入れば、猫は箱が好き。
一匹が失敗すれば、猫はドジ。
一匹が人間になつけば、猫は人間が好き。
猫にもそれぞれ違いがあるという、当たり前のことを忘れる。
そのくせ、人間は自分たちについて、
「人それぞれ」
と言う。
猫もそれぞれである。
※第1話「名前はもうある」は全三回です。
続きます。
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