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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第8話 ジジ様は何も変わっていない

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(二)話せなくなったのではない

◆ 物語を動かす猫


人間は、空を飛ぶ魔女の物語だと思っているらしい。


とんでもない勘違いである。


あれは、ジジ様がまだ世間を知らない魔女を導く物語だ。


魔女は勢いだけで知らない町へ行き、住む場所も仕事も決めないまま飛び出していく。


人間なら無計画だと非難するところだが、魔女というだけで勇気がある、成長しているなどと好意的に解釈される。


知らない場所へ行く。


食べ物をどうするか決めていない。


眠る場所も決めていない。


頼れる相手もほとんどいない。


猫が同じことをすれば、人間は迷子だと騒ぐだろう。


保護しなければならない。


一人では生きていけない。


危険だから外へ出してはいけない。


そう言うはずである。


魔女なら旅立ち。


猫なら迷子。


人間は、同じ行動でも相手によって名前を変える。


その隣で、現実的な心配をしているのがジジ様である。


どこへ行くのか。


どうやって暮らすのか。


本当に大丈夫なのか。


浮かれている相手の横で状況を確認し、危険を察し、必要なら忠告する。


実に立派な使い魔である。


使い魔という呼び方も、シジミはあまり好きではない。


あれでは魔女が主人で、ジジ様が従っているように聞こえる。


実際には逆だ。


魔女が好き勝手に行動できるのは、ジジ様が一緒にいてくれるからである。


知らない町で一人にならずに済む。


不安なときには話を聞いてもらえる。


失敗したときには、横から冷静な意見をもらえる。


調子に乗れば止めてもらえる。


危険な場所へ行けば警戒してもらえる。


それほど世話をしてもらいながら、使い魔と呼ぶ。


うちの人間も、シジミのことを飼い猫だと思っている。


毎朝決まった時間に起こしている。


帰宅すれば、外から危険な匂いをつけていないか確認している。


食事の時間を忘れれば知らせている。


長く座り続けていれば、膝へ乗って休ませている。


これほど世話をしているのはシジミのほうである。


それでも人間は、自分が猫を飼っていると思っている。


魔女とジジ様の関係も、おそらく同じなのだろう。


魔女が空を飛んで物を運べることばかり注目されるが、物語を動かしているのはジジ様だ。


少なくともシジミにはそう見える。


うちの人間は、画面を見ながら笑っていた。


ジジ様が何か言うたびに、


「かわいい」


と口にする。


違う。


あれはかわいいのではなく、賢いのである。


人間は猫を見ると、すぐにかわいいという言葉で片づける。


美しい毛並みも、鋭い観察力も、危険を避ける判断力も、すべてかわいいに押し込める。


言葉を一つ覚えると、それだけで何でも説明できると思っているらしい。


ジジ様が魔女の代わりに危険な役目を引き受けても、うちの人間は笑う。


ジジ様が慌てていても、笑う。


ジジ様が真剣に困っていても、笑う。


うちの人間は菓子を一つ口へ入れ、また笑った。


人間にとって、猫が必死になっている姿はおもしろいらしい。


自分たちが同じ目に遭えば大騒ぎするくせに、猫のことになると急に見物する側へ回る。


まったく身勝手な生き物である。


それでも、シジミは画面から目を離さなかった。


何度見ても、ジジ様の身のこなしには無駄がない。


狭い場所を通るときの姿勢。


高いところから周囲を見るときの目。


相手との距離を測るときの耳の向き。


人間は言葉ばかり聞いているが、猫は体全体で話す。


尻尾をどちらへ動かしたか。


耳を伏せたか、立てたか。


背中を丸めたか。


目を細めたか。


前足へ体重を移したか。


後ろ足へ力をためたか。


それだけで、何を考えているかはだいたい分かる。


だからシジミには、ジジ様が何を言っているのか、画面の中の声が聞こえなくても理解できる気がした。


◆ 話せなくなったのではない


やがて物語は進み、あの場面が近づいてくる。


うちの人間の表情が少し変わった。


楽しそうに見ていたのに、急に考え込む顔になる。


菓子へ伸ばしていた手も止まる。


頬へかかった髪を耳へかけ、そのまま画面を見つめた。


そして、ジジ様がいつものように鳴いた。


魔女には、それがただの鳴き声にしか聞こえない。


うちの人間が言った。


「なんで途中から、この猫は人と話ができなくなるんだろう?」


シジミは耳を動かした。


何を言っているのだ。


ジジ様は、ずっと話している。


先ほどから何も変わっていない。


口を開き、魔女へ向かって声を出している。


目も、耳も、尻尾も、全身を使って話しかけている。


それなのに、魔女の側が意味を受け取れなくなった。


ただそれだけである。


話せなくなったのではない。


聞けなくなったのだ。


変わったのはジジ様ではなく、魔女のほうである。


うちの人間は腕を組んだ。


袖口から出た指先で、自分の腕を軽く叩いている。


「魔法が弱くなったからかな」


違う。


「大人になったってことなのかな」


それも違う。


「自立したから、もう猫の言葉が必要なくなったとか?」


まるで分かっていない。


人間は、何かが分からなくなると、すぐに自分たちに都合のいい意味をつけたがる。


成長。


自立。


心の変化。


聞こえなくなったという単純な事実だけでは納得できず、そこに大きな意味があると思いたがる。


しかし、聞こえなくなることが成長だというなら、ずいぶん寂しい成長である。


以前は分かっていた相手の言葉が分からなくなる。


そばにいる者が何を訴えているのか、受け取れなくなる。


それを大人になった証拠として喜ぶとは、人間の考える成長は奇妙である。


むしろ退化ではないだろうか。


子供の人間は、猫を見れば猫だと分かる。


こちらが鳴けば、鳴いたと気づく。


遊びたいときに尻尾を動かせば、近づいてくる。


嫌がって耳を伏せれば、素直な子供なら手を止める。


大人になると、なぜか自分の考えのほうを優先する。


猫が近づけば、お腹が空いたのだろうと言う。


離れれば、機嫌が悪いのだろうと言う。


眠っていれば、暇なのだろうと言う。


鳴けば、ごはんが欲しいのだろうと言う。


うちの人間も同じである。


シジミが窓の前で鳴けば、外へ出たいのだと思う。


実際には、窓の外に見慣れない鳥がいることを知らせているのかもしれない。


長椅子の前で鳴けば、膝へ乗りたいのだと思う。


実際には、座る場所を空けてほしいだけかもしれない。


台所で鳴けば、何でも食事だと思う。


人間は、猫が何を伝えても、最後には自分が理解しやすい形へ変えてしまう。


そうしておいて、猫は話せないと思っている。


ジジ様は何も変わっていない。


魔女のそばにいる。


呼ばれれば振り向く。


必要なときには近づく。


危険なときには声を出す。


言葉が通じていたころと同じように、ずっと話しかけている。


ただ、魔女がその意味を受け取れなくなった。


それでもジジ様は離れない。


聞いてもらえなくなったからといって、すぐに見捨てたりはしない。


そこがまた、かっこいい。



※第8話「ジジ様は何も変わっていない」は全三回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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