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双子が見た世界を、神々はまだ知らない  作者: トモエ


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第七章 魔族の街

エリアスが酔月楼の二階にある空き部屋を借りることになったのは、双子という可能性が浮かんだその日のうちだった。


教会へ戻るにしても、今すぐ動くのは危険だった。襲撃者が教会の神聖術を使っていた以上、誰が敵なのか分からない。黒龍会もカイたちが本来の届け先へ向かわず魔都へ戻ったことに、いずれ気づくだろう。


何より、エリアス自身の姿が問題だった。


「外出するなら、これ被っとけ」

カイが布を投げてよこした。

エリアスは受け取った黒い頭巾を見た。

「なぜだ」

「俺と同じ顔が二人で歩いてたら目立つだろ」

「お前が被ればいい」

「ここ俺の街なんだけど」

「私の顔で歩いているのはお前だ」

「まだ言うのかよ、それ」


結局、エリアスが頭巾を被ることになった。


教会戦士の制服も目立つため、メイランがどこからか持ってきた黒い上着とズボンに着替えさせられた。剣だけは手放さなかったが、腰に下げるとすぐにカイから「その格好で剣だけ聖騎士みてえだな」と笑われた。


エリアスが魔都で過ごした最初の数日は、これまで教えられてきた世界と、実際に目の前にあるものとの食い違いを数え続ける時間になった。


魔都には、想像していたより遥かに多くの種類の魔族がいた。


ガオのように大きな角を持つ者もいれば、リンのように小さな角しかない者もいる。獣の耳や尾を持つ者、鱗に覆われた腕を持つ者、片目が三つある者、顔立ちは人間とほとんど変わらず、笑った時に初めて牙が見える者もいた。


反対に、どこまでが魔族なのかエリアスには判別できない者もいた。


角も牙もなく、人間と同じ姿をした男が店先で酒を売っている。人間だと思って見ていたら、客に腹を立てた途端、瞳が縦に細くなった。


さらに驚いたのは、本物の人間も珍しくないことだった。


「……あれは人間だろう」

ある朝、酔月楼から市場へ向かう途中でエリアスが言った。


向かいの店では、人間の女が干した薬草を並べている。その横では、額に一本だけ小さな角を持つ男が木箱を運んでいた。


二人の間を、十歳ほどの少女が走っている。髪も耳も人間と変わらないが、頭の片側からだけ短い角が生えていた。


カイが一瞥する。

「そうだな」

「あの女は?」

「人間」

「男は魔族か」

「見りゃ分かるだろ」

「子供は」

「二人の子供」

エリアスは足を止めた。

「人間と魔族が?」

「結婚くらいするだろ」

「……教会では、そのような関係は」

「知ってる。ろくなことしか言わねえな」


薬草屋の女がこちらに気づき、カイへ手を振った。


「おはよう、カイ。昨日頼んだ荷、届いてるよ」

「あとで取りに行く」

「遅れたらあんたの分、値引きするからね」

「俺が運賃もらう側なんだけど」

「だから値引きするの」

「意味分かんねえ」


女が笑った。隣にいた魔族の男が、カイへ軽く頭を下げる。


エリアスは歩き出してから尋ねた。

「人間界へ戻らないのか」

「誰が?」

「あの女だ」

「戻れねえんじゃねえの」

「なぜ」

「魔族と結婚して、角のある子供連れて?」


カイはそれ以上説明しなかった。説明される必要もなかった。人間界で、魔族との間に子を持った者がどのように扱われるか。エリアスにも想像はできた。


「こっちでは問題にならないのか」

「何が」

「人間であることだ」

「なる時はなる。人間嫌いの奴だっているし」

カイが肩をすくめる。

「でも、あいつが誰と寝て誰と子供作ったかなんて、俺には関係ねえよ」


その程度のことを、教会では何度も重大な罪のように教えられてきた。


翌日、カイの仕事について市場の上層へ向かう途中、エリアスは学校らしき建物を見つけた。断崖を削って作られた広場に、子供たちが集まっている。


年齢も姿もばらばらだった。小さな翼を背中に持つ子供がいれば、人間とまったく変わらない子供もいる。教師らしい老女が棒で地面に文字を書き、それを全員で読み上げていた。


「学校か」

「見れば分かるだろ」

カイが言う。

「魔族にも学校があるのか」

「今の質問、先生に聞いたら殴られるぞ」

「そういう意味ではない」

「じゃあどういう意味だよ」

エリアスは答えに詰まった。


どういう意味だったのか、自分でも分からなかった。教会で魔族の子供について学んだことはほとんどない。魔族は生まれながらに邪悪であり、人間を憎む。その程度だった。学び、成長し、大人になる存在として考えたことがなかった。


学校の前を通り過ぎる時、角の大きな少年が一人、教師に怒鳴られていた。


「また宿題を忘れたのか!」

「昨日、店の手伝いがあって!」

「言い訳するなら明日は二倍だよ!」

「そんなあ!」


周囲の子供たちが笑った。

エリアスはしばらく振り返っていた。


別の日には、役所の前で大声を上げている商人を見た。


「今年だけで三回目だぞ! どこまで税を上げりゃ気が済むんだ!」

「軍備費が増えてるんだ、文句なら議会へ言え!」

「議会に言って変わるならここに来てねえ!」


怒鳴っている商人の頭には鹿のような角があり、怒鳴られている役人には角がなかった。ただし耳が長く尖っている。


その横を通りながら、カイが鼻で笑った。

「また上がったのか」

「お前も税を払うのか」

「表の仕事の分はな」

「裏は?」

「聞くなよ、教会戦士」


役所の裏口では、別の商人が小さな袋を役人へ渡していた。役人は周囲を確認してから袋を懐へ入れ、代わりに書類へ印を押す。


エリアスが立ち止まる。

「あれは」

「賄賂」

「止めないのか」

「俺が?」

「犯罪だろう」

「役人に言え」

「役人が受け取っている」

「だから困ってんだよ」


カイは何でもないことのように歩き続けた。


魔都は秩序ある場所だった。そして同時に、決して清廉な場所でもなかった。酔月楼には昼から酔いつぶれる者がいて、路地では喧嘩も起きる。賭場で金を失って泣いている男もいれば、店先で客を騙している商人もいた。


だが、夕方になれば親が子供を迎えに行き、商店は売上を数え、飯屋には仕事帰りの客が並ぶ。教会で聞いてきた「魔族の世界」という言葉では、うまく説明できなかった。


魔界だから特別なのではない。エリアスが知っている人間の町にも、似たようなものはいくらでもあった。そのことに気づくたび、胸の奥が落ち着かなくなった。


ただし、カイの仕事に同行するようになると、別の意味で教会の教えが間違っていたわけではないと思いたくなる場面も増えた。


「これは何だ」

エリアスは布包みを指した。

「荷物」

「見れば分かる」

「じゃあ聞くな」

「中身だ」


カイは面倒そうに包みを開いた。銀の燭台が三本入っている。どれも細かな装飾が施され、底には王国の商家の紋章が刻まれていた。


「盗品ではないのか」

「多分な」

「多分?」

「盗品だろうなって思ってる」

「なぜ運ぶ」

「金になるから」

「返せ」

「誰に?」

「持ち主に」

「どこの誰だよ」

「紋章があるだろう」

「調べて王国まで返しに行って、俺に何の得がある?」

「犯罪だからだ」

「はいはい」


次の仕事では、小瓶に入った紫色の粉末だった。カイが蓋を開ける前から、甘ったるい臭いがした。


「禁制薬だな」

エリアスが言う。

「知ってんの?」

「人間界にも流れている」

「じゃあ詳しいな」

「持っているだけで処罰される」

「こっちも一応禁止」

「ならなぜ運ぶ」

「依頼されたから」

「お前はそれしか言えないのか」

「運び屋だからな」


さらにその翌日、カイは偽造された通行証を十枚受け取った。


「これは何に使う」

「検問抜ける」

「見れば分かる。誰が使う」

「知らねえ」

「確認しないのか」

「確認した。人間売る連中じゃない」

「それなら何をしてもいいと思っているのか」


カイが足を止めた。狭い路地だった。頭上には建物を結ぶ橋があり、その下を魔導灯の赤い光が照らしている。


「お前、勘違いしてねえか」

「何を」

「ここが天国だなんて誰が言った」


エリアスは黙った。カイは偽造通行証の束を懐へしまう。


「泥棒もいる。人殺しもいる。薬で潰れる奴も、人を売る奴もいる。黒龍会みてえな連中もいるし、役人だって腐る。だから何だよ」

「だからこそ法が必要だと言っている」

「法があってもこうなってんだろ」

「なら守らせればいい」

「誰が?」

「国が」

「国が腐ってたら?」

「……」

「教会が腐ってたら?」


エリアスの表情が強張った。


カイはすぐに気づいた。

「図星かよ」

「まだ何も分かっていない」

「俺もそう言ってる」


カイは歩き出した。


「ここが善い場所だなんて言う気はねえよ。俺だって嫌いな奴は山ほどいる。でも、魔族だから悪いって話と、悪い奴が魔族だったって話は別だろ」


返す言葉がなかった。それが一番、腹立たしかった。


その夜、酔月楼の奥で、エリアスは自分の任務について初めて詳しく話した。ガオ、カイ、リン、メイランが卓を囲んでいる。


教会から大量破壊兵器の存在を知らされたこと、古代遺跡を利用していると説明されたこと、封魔箱がその遺跡の神聖力へ近づくと自動的に解封される仕組みになっていたこと。そして、その位置。


エリアスが記憶を頼りに地図へ印をつけると、カイが顔をしかめた。


「ここか」

「知っているのか」

「知ってるっつうか……」


リンが地図を覗き込む。

「変更された届け先とほとんど同じじゃねえか」


エリアスがカイを見る。

「どういう意味だ」

「俺たちが箱を運ぶ予定だった場所だよ」


カイは指で地図をなぞった。


「最初は別の場所だった。ラーデンで届け先が変わった。新しい届け先がこの辺だ」

「なら、教会は初めからそこへ私を運ぶつもりだったということか」

「教会か、黒龍会か……あるいは、どっちもな」


ガオが腕を組む。


「古代遺跡なら、昔から軍が管理している区域だ。立ち入りが厳しくなったのはここ数年だが、兵器を作っているなんて話は聞いたことがない」

「秘密なら、一般には知らされないだろう」

エリアスが言う。

「それはそうだ」

ガオは否定しなかった。

「だが、物資は動く。食料も材料も人も必要になる。あれだけの規模の兵器を作るなら、完全には隠せん」


メイランが頬杖をついた。

「だったら見に行けばいいじゃない」

エリアスが見る。

「簡単に言うな」

「あなた、一人で潜入するために箱に詰められてきたんでしょう?」

「……」

「今さらよ」


リンが笑った。

「ママは教会より雑だな」

「誰がママよ」

「そこ?」

カイが言う。


結局、カイとエリアスが現地を確認することになった。


リンも行くと言ったが、魔都で黒龍会の動きを探る役目を引き受けることになった。カイたちが予定された届け先へ現れなかった以上、黒龍会が何もしてこないとは考えにくい。


翌日の夜明け前、二人は魔都を出た。


「何で俺がお前の任務手伝わなきゃいけねえんだ」

カイが馬を進めながら言う。

「私も頼んでいない」

「じゃあ一人で行け」

「道を知らない」

「頼んでんじゃねえか」

「案内が必要だと言っている」

「それを頼むって言うんだよ」


古代遺跡へ続く道は、途中から街道を外れた。軍の管理区域に近づくため、正面から入るわけにはいかない。カイは以前使ったことがあるという山道を選び、岩場を抜け、乾いた谷を回り込んだ。


エリアスは歩きながら、自分が教会で見せられた術式の写しを思い返していた。膨大な魔力を一点へ集中させる構造で、都市一つを消し飛ばす可能性がある、とバルテルは言った。


もし本当にそんな兵器があるなら、魔族が平穏に暮らしているというだけで放置するわけにはいかない。


目の前で見たものと、任務は別だ。そう何度も自分に言い聞かせた。


しばらく歩いた頃、カイが足を止めた。

「見えてきた」


岩の陰から、谷の向こうを示す。エリアスも身を低くして覗いた。


低い石壁の内側に、いくつもの大型倉庫が並んでいる。その周囲には強力な結界が張られ、淡い光が空気の中に膜のように揺れていた。確かに軍事施設に見えた。


「間違いない」

エリアスが言う。

「何が」

「この結界だ。資料にあったものと同じ構造だ」


エリアスが術式へ触れた瞬間、足元のさらに深い場所で、何かが微かに震えた。

だが光はすぐに消え、誰も気づかなかない。


カイはしばらく施設を眺めた。

「で、どうする」

「中を見る」

「やっぱ言うと思った」


二人は日が傾くまで待った。物資を運び込む荷車の数、人の出入り、警備の交代を、カイは慣れた様子で数えている。


エリアスも見張っていたが、次第に妙なことに気づいた。軍事施設にしては武装した者の数が少なすぎる。代わりに出入りしているのは、老人や女、商人らしい者ばかりだった。


夕方、物資を運んできた荷車が門を通る隙に、二人は裏手から結界を越えた。エリアスが教会で習った解除術で一部を弱め、カイが隙間を抜ける。


「お前、こういう時だけ便利だな」

「黙れ」


最初の倉庫へ入ると、エリアスは剣へ手をかけた。中には大きな木箱が何百個も積まれており、カイがそのうちの一つを開ける。


入っていたのは穀物だった。


「……何だ、これ」


次の箱には乾燥した豆、その奥には小麦や保存の利く芋が積まれている。武器は見当たらない。


二つ目の倉庫には、包帯、消毒用の薬酒、解熱剤、傷薬、魔力を回復するための薬草など、大量の医薬品が積まれていた。


「軍用物資か?」

エリアスが呟く。

カイが棚を見回す。

「軍でも使うだろうけどな」


外へ出て施設の奥へ進むと、畳まれた巨大な布が大量に積まれていた。カイが一枚を広げると、厚手の布に支柱と縄が一式になっている。


「天幕だな」

「これほどの数を?」

「数百はあるぞ」


さらに奥では、地面へ複雑な術式が刻まれていた。


エリアスは膝をつき、指で線をなぞる。教会から見せられた魔法陣によく似ており、大量の魔力を流す構造をしている。


だが、違う。


「外へ向けていない」

エリアスが呟いた。

「何が」

カイが聞く。


術式の流れを追うと、魔力は中心へ集まった後、施設全体へ分散されている。攻撃ではなく、外からの力を受け止めるための構造だった。


「防御結界だ」

カイが眉を寄せた。

「じゃあ、ここにあるの全部……」


エリアスは周囲を見た。


穀物や薬、避難用の天幕、水を蓄える設備、大人数を収容できる広場。そして、それらを守る強力な防御結界。


その時、少し離れた建物から声が聞こえ、二人は身を隠した。中から、年老いた魔族の男と若い女が出てくる。


「東の集落だけで百二十人だ。子供が多いから、こっちの区画を空けておけ」

「南からも来るって聞きました」

「ああ。軍が移送の順番を決めてる。国境が閉じる前に終わらせないとな」


二人は書類を抱えたまま、別の建物へ入っていった。


カイがエリアスを見る。何も言わない。言われなくても分かった。エリアスはもう一度、施設全体を見渡した。


都市を破壊するための兵器。そう教えられ、それを確認し、可能なら破壊することが自分の任務だった。


だが、ここにあるものを破壊すれば、失われるのは武器ではない。


「避難所だ」


声に出した瞬間、その意味がようやく現実になった。


カイはしばらく施設を見ていたが、やがて低く言った。

「みたいだな」


エリアスは答えなかった。

教会は、ここを破壊しろと言った。

その事実だけが、胸の奥に重く残った。

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