かみさまのいうことep1
1
僕は白菊蓮華という女子の思考を甘く見ていたのかもしれない。彼女によって始まった僕への神様扱いは日を追うごとに重いものへと変化していったのだ。
初めの頃は数日もすれば僕が神様じゃないことに気が付いて離れていくだろうと楽観的に考えていた。勿論、健全な男子高校生として女子が近くにいる生活はときめきと潤いを与えてくれることは理解している。僕を遠巻きに見ている生徒からの嫉妬や羨望の眼差しを何回も感じ取ることができていた。
しかし白菊は僕に対して愛想を尽かすどころか、人間的に抜けている部分のある姿を見つけると補うように世話を焼くようになっていった。昼食を忘れれば買ってこようとしたり、怪我をすれば医者を呼び出そうとしたり――とにかく僕に対して尽くそうとする姿勢が過激すぎたのだ。
人の目を惹くほど可憐な見た目の女子が世話を焼いてくれる幸福はある。だが、それを上回る恐怖と不安が白菊からは感じられるのだ。僕の友人である三馬鹿も白菊の依存には気がついており、度々僕を心配する言葉を掛けてくれる。
要するに白菊蓮華という女子は僕を神様だと思ったまま、過激な信徒へと変貌していったのだ。
2
いつも通りの昼下がり。
僕たちが昼食を食べ、他の三人がトイレで教室を出ていくといつの間にか白菊が前の席に座っていた。さっきまでは烏森が座っていたはずだが、元からそこにいたかのような表情で白菊は僕を見ている。
「かみさま、今日は何をするんですか? いつも通りゲームですか? それとも何処かへ遊びに?」
「何処にも行かないよ。普通に学校が終わったら家に帰る。今日は金曜日だから安らぎの時間なんだ」
「かみさまの安らぎとはどのようなものでしょう?」
「惰眠を貪る感じだ。僕は自堕落極まりない人間だから」
「安息を取って有事に備えているのですね。素晴らしい心意気です」
何を言っても都合よく解釈されてしまう。白菊の頭にいる僕はどれだけ高尚な人間なのか、一度聞いてみたいものだが、質問したが最後、彼女の語りは終わらなさそうだ。今も前の席に座りながら僕のほうを期待の眼差しで見つめている。
白菊の席は僕の前ではなく、本来は園崎くんという生徒が座っており、今も自分の椅子に座る白菊の様子をチラチラと見ていた。曲がりなりにも良家の美少女が自分の席に座ってくれているというのは男子高校生として嬉しいのだろう。園崎くんには「お前のおかげで白菊さんと話せたわ」と礼を言われた時には呆れて言葉も出なかった。
「相変わらずの全肯定だな」
「かみさまの言うことに否定するなど烏滸がましいですから」
「僕だって間違えるから信じられるのも困るんだけど」
「間違えることは理解しています。私はその間違いごと、かみさまを信じているのです。間違いにも何かしらの意味があるのでしょう? 全ての道は正しい結果へと繋がっています。その場で間違いだったと思っても、最終的には必要な間違いだったと思うことでしょう。かみさまはそういうものなのです」
瞳を閉じて脳内にいる理想の僕へと語りかけるように滔々と口を動かす白菊。座っているのは木でできた何処の学校にでもある変哲のない椅子だが、思想を語る白菊が座れば玉座のように見えなくもない。窓から差し込む光を吸収して輝いている銀髪の少女が自身の胸に手を当てて語らう姿は、聖女が信徒の懺悔を聞くようだった。
出来れば僕が神様ではないという懺悔も聞き入れて欲しいのだが、僕の想いは一向に届かない。
「いつも言ってるけど、僕は神様じゃない。初めて会ったときは冗談で言っただけなんだ」
「知っていますよ。何度もかみさまがそう仰られているので」
ゆっくりと目を開いた白菊はまっすぐに僕を見つめてくる。宝石のように輝いている目は僕であって僕じゃない何かを見ているようだった。揺れ動くことすらない瞳に見つめられてしまえば、恥ずかしくなって僕の方から目を逸らしてしまう。頭がおかしくても白菊は美少女なのだ。学校で底辺な僕が関われる存在ではない。
「その答えは何度も聞いてる。その後は決まって――」
「私にとってのかみさまは変わりません」
「――っていうよなあ」
「はい。人間が信仰する神様と私が信じているかみさまは違います。私が話しかけて答えてくれるだけで誰かと関わりたいという願いが叶っているのです。願いを叶えてくれるのはかみさましかいませんでした。かみさま自身が分かっていないだけで、かみさまは天からの力を授かっています。ですから私のかみさまは貴方だけなのです。お望みならば何でも致します。ご理解いただけましたか?」
「全く理解ができない。僕には荷が重いよ」
「今は学生ですから。困りごとがあればいつでも仰ってください」
「白菊蓮華っていう生徒が僕のことを神様だって言ってくることに困っているんだけど、どうにかならない?」
「私にはどうすることもできません」
「都合のいいことで。僕のことを神様だと言う割には何も聞いちゃくれないんだよな」
遠巻きに僕と白菊の会話に聞き耳を立てたり、盗み見たりするクラスメイトは多い。始めの頃に比べれば慣れてきた生徒もいるが、落ちこぼれの僕と才女である白菊の組み合わせはチグハグで人目を惹いてしまう。白菊の声は透き通った川のせせらぎのように小気味よいが、声の響きが良すぎるのだ。普通の声量で話していても自然と他人の耳に入ってしまう。
呆れて頭を抱えてしまう僕と満足気に微笑んでいる白菊の姿はある種の日常としてクラスメイトから受け入れられ始めていた。僕としては異常な行動が、白菊の品行方正に塗りつぶされているようで不満だった。被害を受けているのが僕だけだから、みんなも気にしていないのだろう。
「奏と白菊。お前らまたやってんのか」
「三人ともおかえり」
「ただいま、奏に白菊さん」
「奏くんと白菊さんは相変わらずですね」
トイレに行った三人が戻ってきた。烏森は可愛らしい柄のついたハンカチで手を拭いているが、他の二人はポケットに手を突っ込んだまま。烏森がトイレに行ったのは間違いないだろうが、あとの二人は白菊が来るであろうことを察して逃げていったのかもしれない。
「皆さん、戻られましたか」
白菊を見て一瞬苦い顔をした松浦を僕は見逃さなかった。初対面の第一印象が強烈だったから苦手意識を持っているみたいだ。
白菊は椅子から腰を上げ、元々座っていた烏森に席を譲り渡そうとする。「ストップ」と小気味の良い声で烏森は白菊が完全に立ち上がるのを制止した。
「いいよ、白菊さんは座ってて」
「ですがかみさまのご友人を立たせておくわけには……」
中腰のまま困惑を顔に浮かべている。白菊にとって僕の友達はかみさまの友人であり、気を使う相手になっていた。
どうすれば良いか不自然な体勢のまま考えている白菊に烏森は優しく語りかける。
「君の神様は女の子を立たせて喋るような酷い人かな? 奏の評判を上げるためだと思ってさ、白菊さんはそのままでいいよ」
「かみさまの評判を上げる。――それでしたらお言葉に甘えさせていただきます」
烏森の説得が成功し、白菊はスカートを折りたたみながら椅子に座った。その席はクラスメイトの園崎くんの席であり、白菊の席じゃない。当たり前のように座った白菊は三人に目を向けず、再び僕の顔を見てニコニコと微笑んでいた。僕の顔に何か付いているのかと思い、手で軽く顔を拭ったが何も付いていない。人の顔を見て笑っているのはそれだけで恐怖心が煽られることを白菊と関わってから知ってしまった。




