ぼくはかみさまep5
4
「お前、白菊に何したんだよ」
「そんなのは僕が一番聞きたいっての」
「奏に興味があるっていうレベルじゃないよね、あれ」
「妄信的を通り越して狂信的に見えました。本当に何をしたんですか奏くん」
白菊がいなくなれば僕の周りに友人たちが集まる。
「昨日さ――」
僕は昨日の出来事を彼らに話した。僕の話に相槌を打ちながらも余計な横槍を入れてこない。起こった出来事は単純だったため、ほんの数分で全ての説明を終えてしまった。
「――ってなわけなんだ」
「なんだそりゃ」
「意味が分かりません」
「奏の行動が突拍子もないっていうのはいいけど。白菊さんの反応が目茶苦茶変だよね」
「だよなあ」
みんなも思うところは同じらしく、僕と同じ感想を抱いていた。
「僕もこんなことになるなんて思わなかった」
「誰も想像できないって」
「あいつ、明らかにヤバいぞ。よく今まで隠してこられたってレベルだ」
白菊の怒りを受けた松浦は、先ほどの状況を想像したのか少しだけ顔色が悪くなっている。思い出すだけで恐怖がよみがえってしまうほど白菊の印象は強かったようだ。
「隠してたというよりも出てこなかったという方が正しいでしょう。隠されていた本性が奏くんによって露呈したと」
「白菊さんがいじめられてるって思っていたのも意外だよね。まあ、周りが気を使ったり気後れしたりで話しかけない状況も本人からしたらいじめに感じちゃうか」
「ナイーブになってた所に奏が関わっちまったからな」
「誰が想像できるんだよ。しかも白菊の家は金持ちらしい。あの感じだと……」
「白菊の興味が尽きるまで逃げられねえだろうな」
白菊は事あるごとに僕の行動に関わろうとしてくる。昨日は帰宅路に送り届ける打診、今日は冗談のつもりで言った体調不良を本気にして医師へ見せようとした。僕に対する思考が何段も飛び越えていた。
興味の対象が僕に向いている以上、実家の太さもあって逃げられないと思う。僕が何を言っても都合のいいように解釈をしてしまう空気がある。近寄るなと言ったら影から見守ってきそうな異常さ。
「どうしたらいいと思う?」
「どうしようもねーな」
「役得と思うしかありませんよ。僕は奏くんの立場ではないので楽観視していますが、白菊さんのような方に慕われるというのは悪いことではないと思います」
「白菊さん可愛いからね。他の男子から嫉妬の目を向けられると思う」
遠巻きに見ていたクラスの男子たちは白菊の変化を敏感に察知していた。前日まで誰も立ち入ることの出来ない聖域にいた女神が人の世界へと降り立ってきたのだ。
僕のような冴えない男子と喋るなら自分にも可能性があると考えてしまうのが男の性だろう。
「ほらみて、男子たちが白菊さんに話しかけてる」
「欲望全開だな。女子たちも白けた目で見てるぜ」
「自分にもチャンスがあると思っての行動だと分かりきっていますからね。僕たちは目の前で白菊さんの異常性を感じてしまったから近寄ることはしませんが、話が聞こえていなかった彼らには白菊さんが身近に感じたのでしょう」
男子たちに話しかけられている白菊は、黒板の方を向いたまま適当に相槌を打っているようだった。男子には目線も向けず、僕の言った通り席に座って大人しくしていた。
暖簾に腕押しな白菊の反応に、男子たちはたじたじになり、最終的には僕へ怒りが向く。僕は何もしていないのに意味が分からなかった。
「ほら見ろ。あいつらに睨まれてんぞ」
「白菊さんが見てなくてよかったね」
「見られていたら今ごろ海に沈められてますよ。いつもの軽口を言った松浦くんですら怒らせたんですから」
「思い出させんなよ。無表情のまま淡々と詰め寄られるのってマジで怖いんだからよ」
白菊がいるときも面倒だったが、席に戻っても面倒事が舞い込んできた。昨日の自分が軽率な行動をしたせいで、僕は白菊にとっての神様になってしまった。
全てが嘘だと伝えたら何が起こるか分からない。僕も白菊のことは嫌いではなく、ひとりぼっちが寂しいという気持ちも理解はできる。今の状況はおかしいが、白菊にとって変化があったことだけは確かなのだ。
「面倒だけど何も起こらなければ問題はない……よな?」
「先ほどの白菊さんの様子を見てそれを言えるなら大した胆力ですね」
「正直何も考えたくない。何が起こるか予想が出来ない」
昨日の今日で変化してしまった状況に僕はついて行けていない。白菊と僕を中心としているはずなのに、僕だけが置いてけぼりを食らっている気分だ。
「何かあったら助けるから言ってくれ」
「ありが――いやまて、お前ら。さっき僕が詰め寄られてるときに助けてくれなかったよな。烏森と東雲なんて気配消して隅にいただろ」
気配を消していた二人を無理やり巻き込んだが、それまでは無言で僕たちを観察しているだけだったのだ。どの口が困っていたら助けるなど言えるのだろうか。少しだけ裏切られた気分だった。
「突然の状況についていけなかっただけだよ」
「友達じゃないですか」
「白菊の前では奏のことを馬鹿にしない。それだけ守っていれば大丈夫だろ」
「僕よりも状況に適応するのが早いな」
軽口を叩き合う僕たち。変な出来事があっても僕たちの関係は変わらない。頭脳も体力もバラバラな僕たちだけど確かな友情だけは感じることができる。
これから僕を取り巻く状況が変化していく未来は見えているが、彼らに助けてもらえば乗り越えられそうな気がした。
*
「かみさま。お昼ごはんはどうなさいますか?」
「いつも通り購買に行ってパンを買うけど」
「私が買ってきましょうか? お恥ずかしながら、購買という場所に行ったことがなくて……少し興味があります」
「やめて。行かないで。僕がパシリにしてるみたいに思われるから。な? 松浦?」
昼休みになった瞬間、気が付けば眼の前に白菊の姿があった。どのようなスピードで動けば僕に気付かれずに机に近寄れるのか疑問を持つが気にしないことにした。
昼食について質問をされても、毎日同じような昼食を食べている僕は答えを持ち合わせていない。買いに行く提案を白菊からされるが、そんなことをさせてしまえば僕の印象は地の底へ落ちていく。そもそも白菊が購買に行くことなど一回たりともなかった。校内でも有名な美少女が突然購買に現れたらパニックが起こってもおかしくない。そして向かわせたのが僕だと知れれば――。考えるだけでも身震いが止まらない。
早速困った僕は松浦に助けを求める。
「松浦?」
声を掛けても返ってこない返答に不安を感じ、視線を隣の席に向ける。
「よし、お前ら購買行くぞ」
「早くいきましょう」
「売り切れちゃうからね」
聞こえた声は既に教室の入り口へと向かっていた。僕の視線に気がついた松浦は手刀を切りながら「悪いな」と声に出さず口を動かした。
あまり期待はしていなかったが、早速裏切られるとは思わなかった。白菊が席に近づいて来ることを見逃さず、すぐに移動していたのだ。僕たちに関わっていたら購買のパンが売り切れてしまうと、自分たちの昼食を優先していた。そんな彼らに僕ができることはひとつしかなかった。
「僕の分も頼む。いつも通りでいいからな」
去りゆく三人は立てた親指を高く掲げた。
「ご友人たちと昼食をとる予定だったんですね」
「そうなんだよ。白菊も友達――」
友達と食べて来なよ、と言おうとした時、彼女に友達がいなくて悩んでいたことを思い出した。軽率な発言のせいで僕は変な状況に巻き込まれていた。余計なことは言わず、この場を流すほうがいいだろう。
「私に友達はいませんよ。かみさましかいないのです」
「あれ? 僕は何も言ってないけど」
「かみさまの言おうとすることは分かります。目が語っていましたから」
「白菊が僕の話を聞いてくれないと逃げ道がないんだけど」
目が語っていると言われてしまったら、僕は口も目も閉じなければならない。席の前に立ったままの白菊に見下ろされながら、松浦たちが帰ってくるのを待つことしかできなかった。




