ぼくはかみさまep3
クラスメイトの白菊が僕の名前を知らないことにショックを受けながらも、白菊が置かれている状況を考えれば納得してしまった。
本人が認識しているようないじめの事実はない。しかし、白菊は容姿と聡明さから周りの人間が立ち入れない雰囲気を持っているのだ。
挨拶一つをとっても、返答をすることが憚られる声の通り。話しかける時も、不快な気分にさせてはいけないと感じさせる清廉さ。放課後は何かしらの用事があるだろうと思わせる知性。
全てが一般人である自分たちと乖離しており、気軽に話しかけることすらできない存在だったのだ。
「一応、同じクラスにいるんだけどな」
「私はクラスメイトの名前も覚えていません。顔を上げることも怖くて、ごめんなさい」
白菊がいじめられていると感じているのは勘違いであり、いじめという事実は見られなかった。それでも白菊にとっては周りから孤立しており、いじめられていると感じている。当人が思っていればいじめとなってしまう時代なのだ。
精神的に苦痛を感じ、誰も来ない踊り場で悩み込んでいるのもおかしくはないだろう。クラスメイトの名前を覚えていないのも、ある種の防衛機制なのかも。
「かみさまは私を助けるために同じクラスにいるんですよね?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「きっと私には計り知れぬ考えがかみさまにはあるのでしょう。私ごときに推し量るのは無理でしたね」
「お、おう」
顔を上げて白菊の顔を見る。壁の影から出てきた体勢から微塵も動いておらず、その瞳は僕のことを一途に見つめ続けていた。
その目と僕の目が交差する。白菊の瞳は端正な顔に不釣り合いなほど暗く淀んで見えた。見つめ続けていれば何かに飲み込まれてしまいそうなほど、白菊からは不思議な雰囲気が漂っている。
「ああ。かみさま。やっと来てくださったんですね」
「そうだね。そうかも」
白菊は歪んだ瞳のまま、恍惚に浸るように微笑を浮かべる。普段ならば見惚れていたかもしれない表情に僕は恐怖を覚えていた。白菊の表情は僕が神様といったことを疑っているものではなく、妄信的に信じているようにも見えた。
今更になって冗談と言い出せる空気ではなくなっていた。僕の冗談を信じ込んでしまうのが、白菊の精神が不安定になっていることによるものか、元来の性格かも分からない。とにかく下手な発言はしないようにと脳内で警鐘が鳴っていた。
「かみさまは私の事を助けに来てくれたんです」
「決めつけ?」
「違うんですか」
「いや、まあ、うん、そんな感じ」
すでに逃げ道は塞がれていた。
「かみさまの名前は何というのですか? どのようにして人間の世界に?」
「僕は進藤奏。神様だけどあれだよ。普通に生きていて神様からお告げがあったんだよ。この場所に来て話してあげてって。だから僕が神様って言うわけでは――」
「つまり私だけのかみさまということですね」
こいつは頭がおかしい奴だと思ってしまった。クラスの中では可憐で気品があり、知性までも兼ね備えた存在として高嶺の花となっている白菊。見た目と実績のみで語られる白菊の存在に、内面は映し出されていなかった。
話している姿も見ることはなく、声も初めて聞いたぐらいだ。白菊の思考など、この学校で知るものはいない。
会話の流れで「君だけの神様だよ」とキメ顔で言えるほど僕の肝は据わっていない。狂気性を孕んだ瞳に見つめられては取り繕うことに精一杯で冗談のひとつも言えないのだ。
「私に学校で雑談をしてくれただけで進藤くんはかみさまなのです。貴方が何と言おうと私だけは信じていますよ」
僕の否定は一切聞かず、自分の理想だけを信じる白菊に僕は逃げ出す選択肢を取った。
「まあ、僕はもう帰るよ」
「かみさまに何かあっては一大事です。家の者に送らせましょうか?」
「家の者?」
「はい。私の家は少し大きい家でして、毎日家の者が送り迎えをしてくれています。私が稼いだお金ではないので心苦しいのですが、両親の愛情ですし拒絶するのも悲しませてしまいます」
ここに来て、実家が大きくお金持ちという設定まで白菊に足されてしまった。僕と話していることが人生の汚点になってしまうほど、約束された輝かしい人生をたどるのだろう。娘に嘘を吹き込んだ男として、白菊の家から消されたりしないだろうかと心配になってしまう。
「あっ、そうでした」
声を上げると、自分のポケットに手を入れて財布を取り出した。明らかに高そうなブランドのロゴが入った財布。貴重品のため肌身離さず持っているのだろう。
白菊は財布を開くと歴史上の偉人が印刷された紙を数枚取り出して僕へと差し出した。
「これ、お賽銭です。私はお小遣いを多く貰っていまして、使い道もなくて貯めていたのです。全てはこの時のためにあったんですね」
笑顔で渡されたのは一万円札が五枚。高校生の財布から五万円が出てくることにも驚いたが、一時の感情で差し出す白菊に恐怖が止まらない。
「う、受け取れない」
「何故ですか? これはお賽銭なんですよ? かみさまと仲良くして貰う私の気持ちなんです」
「無償っ。無償でやってるんだ」
「無償ですか? いじめられている私と無償で関わってくれるということですか。何という心の広さ。私の安易な考えが崇高な考えに及ばずすみませんでした。やはりかみさまはかみさまだったんですね」
すぐに取り出している五万円を財布にしまうと、頬に手を当てて恍惚の笑みを浮かべながら僕を見る。本当にやめてほしい。
「送ってもらうのも、お金も貰うのも無し。僕は神様じゃないし、普通の高校生として生活をしてるんだ」
「神様からのお告げを聞いただけと言っていましたよね。かみさまは自分に驕らず、人間としての生を全うしているなんて素晴らしすぎます」
僕が何を言っても肯定的に捉えてしまう。否定されるよりも肯定される方が精神衛生上いいのだが、全肯定されてしまうと不安になってしまうのが人間というもの。
淀みきった瞳に肯定されてしまえば、烏も白く輝くことだろう。
「あーもう。それでいいや。とにかく金銭のやりとりは無しだ」
「今まで通りということですか?」
「そうだよ。そうしてくれると助かる」
「では、私はまた学校で誰とも話せないのですね……。かみさまがいてくれるなら嬉しかったのですが」
先ほどまでの笑顔は消え、意気消沈した表情になる白菊。もしかしたら白菊は久しぶりに学校で話せたことに興奮していただけなのかもしれない。
家に帰り、落ち着いたら僕のことを神様だと思っていたことが恥ずかしくなり冷静になるかもしれない。
そう考えると、目の前の女の子を落ち込ませてしまったことに罪悪感が湧き上がってきた。数秒前まで恐怖を感じていたのに今は落ち込む白菊のことを心配している。
「学校で話しかけてくれるぐらいはいいよ」
「本当ですか?」
髪を靡かせて顔を上げる白菊。髪に纏っていた空気が僕の元へとやって来ると、花畑のようないい匂いがした。
「断る理由はないし」
「流石はかみさまです。天空海闊とした心意気、感動しました」
「てんくうかいかつ? よく分からないけど気にしないでいいよ。ただ、さっきも言った通り僕は普通の高校生。変なことは言わないようにね」
最悪クラスで話しかけられてもいいだろう。偶々話す機会があって仲良くなったとでも伝えればグループの奴らは何とか言いくるめられる。その時に白菊が変な事を言わなければの話だが。
「分かりました。かみさまのお言葉はしっかりと守ります」
「それじゃ僕は帰るから」
白菊の元から逃げるように階段を下りる。
一段一段、踏み外さないようにゆっくりと下り、下の階へと向かうために階段を回り込んだ時、変わらずに僕を見つめる白菊と目線が交差した。
やっぱり白菊は不気味で怖かった。




