第15話 ホーム開幕京セラドーム ~手のかからないめんどくさい息子~
2026年3月31日(火)。京セラドーム大阪は開幕戦の熱気で満ちていた。
天王寺のマンションリビングは、久しぶりに賑やかだった。
山下虎造(85)が老人ホームから一時帰宅し、車椅子を置いてソファに陣取っている。
虎吉(51)は黄色い阪神Tシャツに「1985 JAPAN SERIES CHAMPION」の刺繍が入った特注ジャンパーを着込み、すでにビール片手に興奮気味。
美津子(49)は冷めた目で夫を見ながらお茶を淹れ、遥香(22)はスマホを片手に呆れ顔で座っていた。
遥香:「おじいちゃん、今日は特別やね。ホーム開幕やし、家族総出で観戦って珍しいわ」
虎造:「ふん……1985年は甲子園やったがな。あの時は虎吉を背負ってな……」
虎吉が即座に割り込む。
虎吉:「お父ちゃん! 今日は才木が先発や!
佐藤輝も絶好調やで! 去年の優勝チームとして、ちゃんとしたセレモニーもあるんやぞ!」
テレビ画面では京セラドームの開幕セレモニーが始まっていた。
チャンピオンリング贈呈、TigersGirlsのダンス、小柳ゆきの国歌斉唱。虎吉は立ち上がってリモコンを握りしめ、六甲おろしを小声で歌い始める。
試合開始。
初回、2死二塁から佐藤輝明がセンター前へ先制タイムリー二塁打。
虎吉:「おおおおっ! 輝よぉぉ! バースの再来やないか!!」
虎吉が飛び跳ねる。虎造がニヤニヤしながら頷く。美津子がため息。
美津子:「もうええ加減にしぃ……まだ1回表やろ」
遥香が笑いながら、ふと虎造に尋ねた。
遥香:「ねえ、おじいちゃん。パパってどんな子供だったの?」
リビングの空気が一瞬、柔らかくなった。虎造は皺だらけの顔をくしゃっとさせて、遠い目をした。
虎造:「……手がかからん子やったよ。
でも、めんどくさい子やったわ」
遥香:「えー、どういうこと?」
虎造:「学校から帰ってきたらすぐルンペン(ホームレス)と遊んどるんや……
夜になったら突然『阪神勝った!』って叫んで飛び出して行くんや。
母親がおらんかったから、俺が甲子園に連れてったあの日から、えらい変わった。
山下ん家のガキは片親さかい、頭おかしいから遊んだらアカンって学校で有名やったらしいで。」
虎吉が照れくさそうにビールをあおる。
そこへ美津子が、キッチンから追加で一言。
美津子:「中学と高校の時はヤンキーでもないのに、喧嘩が強かったんやって。
お義父さんから聞いたわ。
大阪中のヤンキーが『山下のガキに勝ったら名が売れる』って、わざわざ天王寺まで戦いに来てたらしいで」
遥香:「えっ! パパが!? 信じられへん!」
虎吉:「おいおい、言うなよ美津子!
俺はただ……母親がおらんくて舐められまいとや!
喧嘩なんか……まあ、負けたことないけどな!」
虎吉が赤面しながら胸を張る。
遥香:「うわー、意外……。今はただの重度の阪神バカ親父やのに」
虎造:「ははは……でもな、遥香。あの頃の虎吉は、阪神が負けた日は本当にしょんぼりして、母親の写真の前で泣いてたんや。
1985年に優勝した時……あの子が甲子園で泣きながら『お母ちゃん、見たか!』って叫んだ顔、今でも忘れられへん」
リビングが少し静かになった。
その瞬間、テレビで才木浩人が自己最速158km/hをマークして三振を奪う。
虎吉(立ち上がって):「才木ぃぃぃ! 1985年のゲイルやないか! バース! 掛布! 見てくれ! 令和の虎も強いぞおおお!」
妄想内——。突然、背番号44のバースが虎吉の横に現れ、陽気に笑う。
バース:「Yo, Torakichi! 娘にカッコ悪いとこ見せるなよ! 元気出せ!」
掛布:「虎吉、家族の前で叫びすぎや。……まあ、ええけどな」
長崎:「俺みたいに、家族の前で一発ホームラン打てよ」
虎吉は目を潤ませながら、拳を握った。
5回、6回と阪神が追加点を入れ、4-1で勝利。
才木は6回1失点で今季初勝利、佐藤輝は3安打の活躍。
試合終了後、虎吉は虎造の手を握った。
虎吉:「お父ちゃん……今年こそ、二年ぶりの日本一や。
遥香と美津子と、お父ちゃんに見せたいんや」
虎造:「ああ……俺も、もう一度、あの歓喜の瞬間を一緒に見たいわ」
遥香が小さく微笑みながら呟いた。
遥香:「パパの宗教……ちょっとだけ、理解できた気がする」
美津子は「もうええ加減にしぃ」と言いながらも、虎吉の肩にそっと手を置いた。




