聖都の暴君
会談の場を抜け執務室に戻ったファクトは、取り急ぎかつての先輩であるゴードに先のあらましを伝え対応を依頼すると、次に聖都にいる姉へと連絡を取った。
姉の名はカトライア・オベディエン。ジャスティーナの実母で、普段は側近として聖都のウィリアムス王家に仕えているが、その実態は、オベディエン家のみならずルクレクレイトとウィートリダムの両都市を事実上牛耳っている、影の支配者とでも呼ぶべき女帝だ。
早くに妻を亡くし、加えて七年前の大型魔獣戦で負った怪我が原因で子を残せなくなったファクトの下へ、娘のジャスティーナを後継者として躊躇なく養子に寄越すなど、その強引なやり口は非情とも言えるもので、この決断の結果、ジャスティーナは本来予定していた進路を断念し、聖都の士官学校に入学する羽目となっている。
他にも身内贔屓が顕著で、三年前に第一線を引いたファクトを前任者と入れ替えで総隊長に就任させ、空席となった遊撃機剣士小隊の隊長には士官学校を卒業して間もないジャスティーナを任命するなど、その傍若無人な振る舞いは数えれば枚挙に遑がない。
特に、遊撃機剣士小隊の隊長任命に至っては、ジャスティーナより二年早く衛士隊入りしたフェイルの方が、能力・経歴共に適任だという現場の上申――これにはファクトやジャスティーナ本人の意見も含まれる――があったにもかかわらず、カトライアの一存で全てが決まり、その決定が再考されることは最後までなかった。
『剣の始終』の総隊長は紛れもなくファクトであり、大体のことには彼が決定権を有しているものの、こと今回のような重要な局面においては、彼女の意向を無視するわけにいかないのが実情だった。
『――こんな朝早くに一体何の用?』
インカムによる通信が繋がると同時に聴こえてきた姉の底冷えのする声音に、ファクトは知らず生唾を嚥下する。
「お久しぶりです、姉上。実は、今すぐお耳に入れたい緊急の事案がありまして……」
ハークサムの民の突然の来訪に始まり、彼らが移民を希望するに至った背景、彼らが危惧する魔神の魂の流出や過激派の動向などについて、ファクトは用件を簡潔にまとめてカトライアに伝えた。テッドの事情は本件と直接関係ないため、あえて言及せずに伏せておいたが。
一通り話を聞き終えてからのカトライアの判断は早かった。
『旧都市民の説得を含め、移民団の処遇については貴方に任せます。それよりも、魔人の協力者を得られたことで、これまで不可侵だった禁足地に赴くことが可能となりました。明日にでもすぐ、遊撃機剣士小隊を中心とした代表団を編成し、ハークサムに派遣するように。先方が何らかの動きを見せる前に、こちらから打って出ます。話し合いが通じるならよし。無理そうであれば、リスクの芽は早期に潰しておくに限ります』
(……要は、不穏分子を我々の手で早急に処分しろということか)
事も無げに言ってくれる実姉に胸中で毒づきつつ、ファクトは面従腹背を続ける。
「了解です。して、魔神の魂流出に関してはいかがしましょう? ここ数年で観測されている異変や突発的な異常事態を鑑みるに、件の指摘は正鵠を射ており、その兆候は既に旧都付近にも現れていると実感しますが」
『…………』
返答に、少し間があった。
『……女王陛下、並びに王女殿下に、女神の神託が下った様子は特にありません。それ即ち、魔神が近々復活するような危機的状況ではない、ということの何よりの証左でしょう。危急存亡の秋に、聖女は必ずこの世界に現れます。今はただ、女神の御加護を信じましょう』
「いや、しかし……」
(本気で言っているのか……?)
その成り立ちはいざ知らず、今のウィリアムス家が実質オベディエン家の傀儡王家でしかないことは、知る人ぞ知る公然の秘密となっていた。女王の選定も彼ら独自の基準で恣意的に行われている他、候補より外れた王女からは早い内に王位継承権を剥奪して市井で生活させるなど、跡目争いの防止対策はかねてより徹底している。
そんな形骸化した名ばかりの王家から、本当に聖女が現れるとでも思っているのだろうか。
そもそもの話、女神の神託を受けた聖女がこの世界に再臨するかどうかでさえ眉唾だというのに。
(もしかしたらウィリアムスの血自体に、現代には伝わっていない何らかの秘密がないとも言い切れないが……)
仮にそうだとしても、聖女が必ずしも王家から出るという根拠にはならない。それこそ、王位に選ばれず平民に下ったウィリアムス家の子孫は、今や聖都中に広まっているのだ。
「……万が一、ということもあります。念のため、市中に布令を出し……いえ、市民の不安を煽るといけないので、せめて水面下で調査を始めるだけでも――」
遠慮しいしい異議を唱えかけたファクトを、カトライアは問答無用で黙らせる。
『くどいですよ、ファクト。ウィリアムス王家は女神に選ばれし血統。そして、代々王家を支え続けてきた我々オベディエン家は、唯一無二の真の貴族なのです。貴方は女神のお導きを信じられないのですか?』
「いえ、決してそのようなことは……」
『貴方は余計なことは考えず、今為すべきことを為しなさい。それでは』
一方的に告げて、カトライアはインカムによる通信を打ち切った。
「……ふう。やれやれ、だな」
耳からインカムを外したファクトは、どっと疲れた様子で大きく息を吐く。
(オベディエン家当主がこの調子では、たとえ王族以外から女神の神託を受けた者がいたとしても……)
頭の痛いお家事情に、ほとほと嫌気が差してくるファクトだった。




