約束通り、追い付いた
「「「…………」」」
チェスカの話を聞き終えた衛士隊の面々は、揃って何とも言えない難しい表情を浮かべていた。
その不穏な空気を怪訝に思った様子のチェスカが、恐る恐る声をかける。
「……どうか、しましたか?」
「いや……今の話を聞く限り、状況は中々芳しくないなと思ってさ」
答え辛そうにフェイルが言葉を濁す。
「実は――」
ジャスティーナは、先の話を踏まえた上で現状を客観的に俯瞰した場合、どちらかというと過激派の考察の方が現実に近く蓋然性が高いことを、いくつかの具体例と共にチェスカに説明した。
「七年前に突如出現した大型魔獣に、徐々に拡大を続ける魔獣の出没範囲、ですか……。まずいな。ヒューリックがこのことを知ったら、過激派の連中にますます大義名分を与えかねない」
それまで感情らしい感情をあまり表に出すことのなかったチェスカが、珍しく親指の爪を噛んで焦燥を露わにする。
にわかに怪しい雲行きとなる中、ファクトが総括に入る。
「差し当たって大方の事情は分かりました。こと移民に関しては、聖都の判断と、何より市民の理解が必要となるため、今しばらくお時間をいただきたい。その間、皆さんの滞在場所の確保については私が全責任を持ちますので、どうかご安心を」
その力強い言葉に、ハークサム一同の間から「おお」と歓声が上がる。
立て続けにファクトはジャスティーナとフェイルに指示を飛ばす。
「セティはウィルクリフトと手分けして、彼らを『天使の建てた家』まで案内してあげてほしい。ゴードさんには、この後インカムで一報入れておく」
「了解。でも、急に大勢で押しかけたら向こうもびっくりするんじゃないかしら?」
「あそこは有事の際、難民等のセーフハウスとして機能するよう、オベディエン家からも随分出資している。流石に魔人がどうこうといった話は寝耳に水だろうが……まあ、あの人ならきっと何とかしてくれるさ」
あっけらかんとそう言って、次にファクトはチェスカに向き直る。
「パナップさん。改めて確認ですが、あなた以外の移民団の方々は、皆魔力が使えないという認識で相違ありませんか?」
「はい、間違いありません。子どもたちについては先に述べた通りで、大人たちに関しても、里を出る直前に長老が手ずから彼らの魔力を封じています。この戒めを解くことは、わたしにもできません。戦闘訓練なども受けていないので、皆が皆、非戦闘員だと思っていただいて問題ないです」
「承知しました。その言葉を信じます」
最後にファクトはテッドを見遣る。
「レイナルク。君にはパナップさんとの情報共有と並行して街の案内を頼む。魔神の件や過激派の動向如何では、今後彼女との協力や連携が必要となってくるかもしれない。なるべく便宜を図ってあげてほしい。この役目は、正に君が適任だろう」
「了解です」
「ただまあ、今日のところは強行軍の疲労もあるだろうし、観光を兼ねて親睦を深めるぐらいがちょうどいいんじゃないかな。――二人とも、どうやら知らない仲ではないようだし」
「いぃっ?」
けったいな声を上げるテッドの隣で、チェスカが憮然とした面持ちになってそっぽを向く。
「今は、そんなことしてる場合じゃ……」
「かといって、あなた一人がじたばたしたところで何かが好転するわけでもない。急いては事を仕損ずる、ですよ」
穏やかな笑みを浮かべ、ファクトはチェスカを説き伏せる。
「この先、何がどう転ぶかは、はっきり言って私にも皆目見当が付かない。折角再会できたんだ、精々悔いのないように」
そう助言を残し、ファクトはその場から退出していった、
「……あの人は」
ファクトの背中を不思議そうに目で追っているチェスカに、どう声をかけたものか、テッドがその場で右往左往していると、
「レイナルクさん、どうもありがとうね」
「へ?」
気付けば、テッドの周りには老若男女数名のハークサムの民が取り囲むように集まっていた。
里と言っても人口は数100人に上る。生憎知らない顔が大半だったが、向こうは長老の息子だった自分のことをしっかり覚えていてくれたらしい。
「あなたのお陰で助かったわ」
「君が先行して頑張ってくれていたからこそ、結果的に我々の受け入れは想定よりも大分スムーズに事が運んでくれた。本当に、感謝してもし切れない」
「三年前は、何もできず見ているだけで、ほんとごめんなさいね」
「今更謝って済むことではないが……どうか、許してほしい」
「は、はあ……」
思い思いに礼やら謝罪やらを述べてくる同胞たちにテッドが気圧されていると、その腕をチェスカが掴んでぐいと引き寄せる。
「それでは皆さん。わたしはこれから彼と話がありますので、衛士隊の方々のご迷惑にならないよう、しっかり指示に従って行動してください」
彼女の言葉を受け、テッドを取り巻いていたハークサムの民は、いくらかほとぼりが冷めた様子でぞろぞろと移動を開始し出す。
やがて、移民団の全員がフェイルやジャスティーナによって連れ出されると、それまで無表情で彼らを送り出していたチェスカは、途端に顰めっ面になって愚痴をこぼす。
「……いい気なものね。あの頃は誰もテッドのことを助けようとしてくれなかったくせに」
「ありがとう、チェスカ。なんか助かった」
テッドが素直に感謝の言葉を伝えると、あれからずっと彼の腕を掴んだままだったことに気付いたチェスカは、ぱっとその手を放し、ささっと一歩距離を取る。
そして、どこか決まりが悪そうに、吊り気味な黒い瞳を伏し目がちに細め、ショートボブの黒髪の毛先を指でいじりながら、彼女はもじもじと言の葉を紡ぎ出す。
「……約束通り、追い付いた」
「はは……欲を言えば、もっと成長したカッコいい姿を見せたかったとこだけど」
テッドが卑屈っぽく笑ってそう言うと、チェスカはブンブンと首を横に振り、真っ直ぐにこちらの顔を見上げてくる。
「そんなのどうでもいい。足取りが掴めるまで、もっと時間がかかると思ってたから……こうして生きててくれたことが、何よりも嬉しい」
「チェスカ……」
いつになくストレートな彼女の物言いに、自分も上辺を飾ってる場合じゃないと気付かされたテッドは、感情の赴くまま、優しくチェスカを抱き締めた。
「……実を言うと、里を出た時点で君のことは完全に諦めてた。だから、こんな形でまた逢えるなんて……ほんと、夢みたいだよ」
「うん」
チェスカも拒むことなく、言葉少なにテッドの背に手を回してくれる。
テッドがまだ里にいた頃、二人は相思相愛の関係だった。
ハークサム前長老の娘であるチェスカは、前長老が若くして鬼籍に入った際、彼の知己であったテッドの父ルフェインに引き取られ、以来テッドとは家族同然に育った。
共に未来の長老候補と目され将来を期待されていたが、二人が15の時に受けた成人の儀の結果が、両者の立場を決定的に分かつことになる。
片や、里始まって以来の無能力者。
片や、歴代最高の魔力を誇る稀代の魔女。
テッドが後先も考えず里を出奔した真の動機は、周りの白い目などというもっともらしい理由なんてほんの建前で、その実は、天と地ほども開いてしまったチェスカとの差に自尊心が耐え切れなかったからに他ならない。
彼女が、苦悩する自分を支えられない己の無力さに心を痛めていることも知っていたから、尚更居た堪れなかった。
今回、期せずして訪れたチェスカとの邂逅だったが、当時の古傷に引きずられることなく、比較的前向きに彼女を受け止めることが出来たのは、この三年間で少しは自信を取り戻せたこともあるが、偏にチェスカの純粋な想いがテッドの頑なだった心を解きほぐしてくれたからかもしれない。
「もう、どこにも行っちゃダメだから」
「分かってる。僕はもう逃げないよ。今度こそ、君の気持ちに報いるためにも」
二人は抱き合ったまま、暫しの間、お互いの温もりを確かめ合うのだった。




