情報交換
チェスカを連れて衛士隊本部を離れたテッドは、普段はあまり利用しない場末のオープンカフェで一息ついていた。
「そっか、父さんが……」
「うん……。立場上あなたを庇うことが出来ず、結果として見殺しにする形になってしまったことを、お義父さんは一人ずっと悔やんでた。ヒューリックがあなたの脱走を手引きした犯人捜しを始めた時も、わたしに嫌疑がかからないよう、あえて自分が独断で追放処分を下したと名乗り出てくれて……どんなに周りから我が子可愛さに不正を見逃したって誹られようと、これはあなたに対するせめてもの罪滅ぼしだって、甘んじて批判を受け入れてる」
「……はあ。どの道僕は二人に迷惑をかけてるんだな」
自虐的に己を卑下するテッドの右手を、チェスカは両手でぎゅっと包み込む。
「だからって、自分に価値がないなんて絶対に思わないで。それこそ、わたしやお義父さんに対する最大の侮辱なんだから」
「……うん、そうだね。ありがとう、チェスカ」
テッドがすぐに持ち直して破顔してみせると、チェスカは安堵した様子でゆっくりとその手を放す。
「移民に向けた先遣隊の派遣も、お義父さんの後押しがあったからこうして実現できたわけなのだけど、実はこれには裏もあって……さっきのあの場では言えなかった別の目的が、わたしにはあったの」
「過去形ってことは、既にそれは達せられたわけね。でも、それは一体……?」
何気なく聞き返したテッドの瞳を、チェスカはまじまじと見つめる。
「それはね――テッド。あなたの捜索と、その身柄の保護よ」
「僕?」
思いがけない回答にテッドは目を丸くする。
先の見解に至った経緯を、チェスカは順を追って説明してくれる。
「どうもヒューリックは、あいつの主張する魔神の魂の流出に関し、あなたに何らかの原因があると踏んでいるみたい。初めはわたしたちも、あなたがいなくなってから無能力者が増えたことで、あいつがいつもの思い込みか何かで勝手に突っ走ってるだけだと思ってたんだけど……それにしては、ここ数年のあいつは、妙に確信を持った様子で諸々の行動を起こしているように見受けられるの」
チェスカに目で「何か心当たりある?」と問われたテッドは、力無く首を横に振る。
この反応は予想していたのだろう、チェスカは小さく嘆息すると、
「何にせよ、万一過激派が外界進出を始めた場合、真っ先に狙われるのはあなただと思ったから、何としても彼らよりも先にあなたを見つける必要があった。……まさか、まだこんな近くにいるとは思ってなかったけど」
「この街には見ず知らずの僕を介抱してくれた命の恩人がいるし、加えて聖女に所縁のある衛士隊もあったからね。ここに根を下ろすのも悪くないかなって今では思ってる」
「その様子だと、この街で過ごした三年間は、あなたにとって随分と有意義な時間だったみたいね」
「まあね」
どこか嬉しそうに語るテッドに、チェスカは幾分不服そうに唇をへの字に曲げる。
「……お世話になったウィナさんって、どんな人?」
「どうって……裏表のない、気さくで優しい人だよ。母さんや姉さんがいたらこんな感じだったのかなってたまに思わないでもないかな」
「テッドはマザコンでシスコンだったのね」
「あれ? 僕何で急にディスられてんの?」
いわれなき中傷に首を傾げるテッドを可笑しそうに見ていたチェスカが、ふと思い出したように話題を変える。
「そう言えば、さっきは話の流れで説明を聞きそびれたけど、あなたが所属してる遊撃機剣士小隊って、結局どういう部隊なの? 衛士隊の中でも特別な位置付けにあるってことだけは総隊長さんの口振りから何となく分かったけど」
「ああ、それについてはまず『機剣』のことを話しておかないとだね」
そう言うと、テッドは腰に帯刀していた得物を取り外し、卓上に乗せてみせる。
一見、何の変哲もない普通の刀剣だが、よく見ると鍔部分に独特な機械仕掛けが施されており、そこだけ妙に異彩を放っていた。
「魔神災害後、ルクレクレイトを復興し、衛士隊を設立した貴族は、今後同じような脅威が再び訪れた場合に備え、魔獣や魔人と対等に渡り合うための対抗策の研究に取り組み始めた。近年になってその努力はようやく実を結び、数年前にいよいよ実用化されたのが『機巧』と呼ばれる技術なんだ」
「機巧……初めて聞く言葉だけど、どういったものなの?」
「ざっくり説明すると、魔力を行使できないまでも、その構造を紐解き、一定の働きを機に落とし込む技術、っていったところかな。例えば、さっきファクトさんが口にしてたインカム――僕も耳に装着してるこれは、念話の異能を小型デバイスに実装したもので、遠くにいる機器の持ち主と双方向でやり取りが可能な優れものさ。目の前の機剣も同様で、この機械仕掛けの剣が発する特殊な高周波振動は、魔力の流れすら断つことができる代物なんだ」
「! それは……」
はっとした様子で息を呑むチェスカに、テッドは厳かに頷く。
「そう。使い方次第では、魔人が用いる魔力にも対応可能ってこと。もちろん、迷いの森の結界を破るような大それた芸当はできないけどね。今の所、対魔人戦の実績は皆無だけど、対魔獣戦においては十分過ぎる成果を挙げてる。この機剣が配備され、マル魔案件において独自の裁量を持たされている少数精鋭の特殊部隊が、僕の所属する遊撃機剣士小隊ってわけ」
「……テッド、ひょっとしてエリート?」
畏怖と憧憬が綯い交ぜになった複雑な表情を浮かべているチェスカに、テッドはいやいやと照れ笑いを返す。
「確かに、そういう側面もちょっとはあるけど、実際のとこは若手を抜擢して拵えた急造の実験部隊ってのが妥当かな。まだ三基しか作られてない貴重な機剣を独占してる七光り部隊だって巷じゃ揶揄されてるし」
「よく分からないけど、外の世界も色々あるのね」
ふむふむと話を聞いていたチェスカが、やおら不可解そうに眉を顰める。
「……? でも、今の話のどこにも聖女と衛士隊の接点ってないような……。それに確か、時の聖女って未婚の乙女だったはずだし、直系の子孫はいないんじゃ……」
「その辺は僕もフェイル先輩から聞き齧った程度の知識しかないけど、今の王家――聖都のウィリアムス家は、魔神災害後の混乱が冷めやらぬ中、聖女を世に送り出した功績を名目に、突として王位を僭称し出したんだと。で、当時一介の没落貴族に過ぎなかったウィリアムス家を担ぎ上げ後援したのが、その傍系に当たるオベディエン家なんだって。ルクレクレイトからウィートリダムに遷都して今の聖都になったのもこの頃らしいけど、戦後のどさくさに紛れて色んな動きがあった弊害か、あの時代について詳細に記録された史料はほとんど残されてないって話だよ」
「何それ、聖女に所縁があるとか全くのこじ付けじゃない」
パチモンを掴まされたみたいに憤慨するチェスカを、テッドはまあまあと宥める。
「元の経緯がどうあれ、オベディエン家が戦後の復興に長らく貢献してきた事実は変わらないわけだし、今となってはもう些末なことなんだと思うよ。僕個人としては、ファクトさんもセティもいい人たちだから、同じ衛士隊の一員として職務に従事することに何ら不満はないし。……聖都にいる当主のオバハンは、あんま好きになれないけど」
「むー。何か微妙にもやるなぁ」
依然納得がいかない様子でチェスカは小さく頬を膨らます。久々に見た彼女の子どもっぽい仕草が可愛いなとテッドは密かに思った。




