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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
第二章 来訪者たち

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交流

 卓上の機剣を再度帯刀したテッドは、会計を済ませた後、チェスカと共に店を出る。


 次なる目的地である『天使の建てた家』への道すがら、観光も程々にチェスカはテッドとの会話に花を咲かせる。


「それにしても、そのフェイル先輩って随分博識なのね。史書も残ってないような昔の出来事をそこまで調べ上げるなんて」


「そうなんだよー、フェイル先輩はほんとすごいんだよー。衛士隊に入ってすぐエースと呼ばれるくらい凄腕の実力者だし、初めて出会った時も、どこの馬の骨とも知れない僕と気さくに接してくれてさ。まだ何の実績もない新米の僕を遊撃機剣士小隊のメンバーに推してくれたのも、実はフェイル先輩なんだ。先輩は僕の憧れであり、目指すべき目標だよ」


 我がことのように嬉々として語るテッドの横顔を、チェスカは微笑ましそうに目を細めて見ていた。


「フェイル先輩はテッドにとって、お兄さんみたいな存在なのね」


「うん。まさしくそんな感じ」


 恥ずかしげもなくテッドが言い切ると、チェスカはやおら嬉しさと寂しさが同居したような面持ちになって、ぽつぽつと心情を吐露し出す。


「……でも、よかった。テッドが外の世界で、順調にやってるみたいで」


「あはは……僕ってそんなに頼りない?」


 困ったような笑みを浮かべるテッドに、チェスカはプルプルと小刻みに首を左右に振る。


「そうじゃなくて……あの日から今日までずっと、見知らぬ世界に天涯孤独でいるあなたを、いつまでもひとりぼっちにはさせられないって意気込んでたから。寝ても覚めても、どうやってあなたの後を追いかけるかってことばかり考えてたし」


「そ、それは……大変申し訳ないというか、何て言うか……ご、ご愁傷さまです」


 気まずそうにキョロキョロそわそわと挙動不審になるテッドに、チェスカはジト目を向ける。


「……さっきはあんなに嬉しくて感無量だったのに、人の気も知らずのほほんとしてるあなたを見てたら、何だか無性に腹が立ってきた」


「えぇ……それって僕全然悪くないような気がするんだけど、一応ごめんて」


「ダメ、許さない」


 口ではそう言いつつ目は悪戯っぽく笑っているチェスカに、テッドが忘れていた懐かしさをしみじみと感じ入っていると、二人の進行方向上、石畳で舗装された通りの向こうに、『天使の建てた家』の軒先がようやく見えてきた。


「……あり?」


 店先に見知った姿を認め、テッドは呆けた声を漏らす。


 黒髪でも金髪でもない、この辺りでは珍しい青みがかった髪を紅いリボンで束ねた少女が、何かに呆気に取られているかのように、ぽかんと口を開けながら遠巻きに店の中を覗き込んでいた。


「ララさん、どうかした?」


「あ、テッドさん。おはようございま……じゃなくて、もう、こんにちは、の時間ですね」


 出会ったばかりの時と同じように、たははとはにかみながら訂正するララに、テッドは「うん、こんにちは」と挨拶を返しつつ、「もうそんな時間か……」と小さく独りごちる。


 そんな彼の肘を、チェスカがつんつんと突っついた。


「……誰?」


「ん? ああ、彼女はララさん。『天使の建てた家(この店)』の宿泊客で、昨日ウィートリダムからやってきたばかりなんだ。魔獣に襲われてたところを助けた縁で、ちょっとした顔見知りになってね」


「そうなんだ」


 必要最低限の説明で納得した様子のチェスカは、ララに対し小さく「ども」と会釈する。


 ララも同じように会釈を返すと、「どなたなんですか?」とでも言いたげな好奇心に満ち溢れた緋色の瞳をテッドに向けてくる。


 テッドはかすかに気後れしつつ、彼女にチェスカを紹介する。


「こちらはチェスカ。久方ぶりに再会した同郷の幼馴染みで……僕の、大切な女性(ひと)なんだ」


「わ、それって……」


「かく言うレイナルク氏は、ついさっきまでわたしのことなんか忘れて第二の人生を謳歌してたみたいだけど」


「チェスカさーん? 今それ言うー?」


 紹介も程々に夫婦漫才を始め出した二人の仲睦まじい姿に、ララは一瞬きょとんとした後、くすりと相好を崩す。


 ――と、そう思ったのも束の間、ふとした拍子に彼女の表情が唐突に曇り出したのをテッドは見逃さなかった。


 そしてララは、テッドたちには聞こえない声量で、独り言のように何かを呟く。


「……皆さん、きっと、明日が欲しいですよね」


「……ララさん?」


 テッドが心配になって続く言葉をかけようとした矢先、いきなり店の中から威勢のいい大声が聞こえてきた。



『『『『『らっしゃーせー! ありあとしたー!』』』』』



「な、何事!?」


 過去三年を振り返っても経験したことのない出来事にテッドが仰天していると、今のですっかり我に返った様子のララが、戸惑いも露わに店の中をそっと指差す。


「そう! そうなんです! 私が起きた時にはもうこんなことになってて……朝早くにどこかの団体さんがいらっしゃったみたいなんですけど……」


 テッドが恐る恐る店の中を覗き込むと、テーブルと椅子を端にどかしたフロア上で、数人の老若男女が挨拶の発声練習に勤しんでいた。


 よく見るまでもなく、彼らは今朝方この街にやってきたばかりのハークサム移民団の面々で、彼らの指導に当たっているのは、あのウィナだった。


 ウィナはテッドたちの存在に気付くと、移民たちに練習を続けさせたまま、とことこと入口のところまで歩いてきた。


「お疲れ、テッド。――ってことは、そちらのお嬢さんが団長のチェスカさんね?」


 言うなり、ウィナはチェスカの手を取って上下に小さくぶんぶんと振る。


「初めまして、わたしはウィナ。この店の主人(オーナー)の娘です。皆さんのことはわたしたちがしっかりお預かりしますので、どうか安心してくださいね」


「は、はい。よろしく、お願いします……」


 人見知りしないウィナのぐいぐい来る圧にたじろぐチェスカ。


 テッドは二人の間に割って入ると、


「それよりあれ、みんなに何やらせてるのさ?」


「何って、当面の間うちの従業員として働いてもらう上での簡単な新人研修よ」


「し、新人研修?」


「そ。人間、善意の施しに慣れちゃうと、どんどんダメになってくからね。働かざる者食うべからず。もちろん彼らも了承済みだし子どもは対象外。実際に仕事を始めてもらうのも明日からよ」


「な、なるほど……」


 理路整然としたウィナの説明に、テッドはただただ言葉を失う。


(……そっか。考えてみれば身に覚えがないわけだ。ここに拾われたばかりの僕は、森を抜ける際に負った怪我が祟ってしばらく寝込んでたし……。店の手伝いも、言われたからじゃなく自発的に始めたんだよな、確か)


 テッドが当時の記憶を思い返していると、あの頃と変わらぬ優しい笑みを浮かべながらウィナが続ける。


「何より、外から来た人が街に馴染むには、その一員となって一緒に生活するのが一番だしね。あなたの時もそうだったでしょ?」


「そう言われると、確かに……」


 などと普通にウィナと会話していたが、そこでテッドは、彼女に確認しなければならない懸念事項があったことを思い出す。


 話の流れでついついスルーしていたそれについて、テッドはウィナに探りを入れてみることにした。


「……と、ところでさ、ウィナ。ゴードさんから、何か聞いた?」


「何かって?」


「だから、その……彼らがどこから来たのか、とかさ」


 奥歯に物が挟まったような聞き方をするテッドに、ウィナは綺麗な青瞳をぱちくりさせると、


「? あの人たちがハークサムからの移民で、実はあなたと同郷だって話? それがどうかしたの?」


「ど、どうかしたのって……何とも、思わないの?」


 さらりと言ってのけるウィナに、逆にテッドの方が面食らってしまう。


 ウィナは腕を組み、人差し指を口元に当てると、


「そりゃあ、最初にその話を聞いた時は、ちょっとはびっくりしたけど……でも、テッドはテッドじゃない?」


「う、うん?」


 彼女が言わんとしていることが今一ピンと来ず、テッドは首を傾げる。


 言葉足らずを自覚したらしいウィナは、「あー」だの「うーん」だの唸りながら言葉を選び直す。


「つまり、何が言いたいかっていうと……生まれが違うってだけで、それ以外は、わたしたちと何ら変わらないんだなって。――で、多分、自然とそういう風に思えたのは、あなたと過ごした三年間があったからじゃないかなって、わたしは思ってる」


「ウィナ……」


 真相を知ってもなお変わらぬ親愛を示してくれたウィナに、テッドが思わず感動していると、隣にいたチェスカが彼の手をそっと握ってくる。


「あなたの言ってた通り、気立てのいい女性(ひと)みたいね」


「……でしょ?」


 チェスカにそう言ってもらえて、テッドは自分のことのように嬉しくなるのを感じた。


 続いてチェスカは、遅ればせながらウィナに自己紹介を始める。


「改めまして、わたし、チェスカ・パナップと言います。長い間、テッドが大変お世話に――」



「――ハークサムから来たって……今の話、本当ですか?」



 第三者の一声が、出し抜けにチェスカの話を遮った。

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