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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
第二章 来訪者たち

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燃える魂樹

「あ……」「やば……」


 ()()の存在を失念していたことに、チェスカとテッドは今更ながらに思い至る。


 そして、二人の背後に隠れる形になっていた少女の存在に、意表を衝かれたウィナの声は完全に上擦ってしまっていた。


「ら、ララさん!? いたの!?」


 三人の視線が(つど)う先――入り口を背にして立つララの表情は、外の明るさが逆光となって、うまく読み取れない。


 ウィナが手を合わせて、小さく「ごめーん」と失言を詫びる中、テッドはどう対処すべきか思案を巡らせつつ、おずおずとララに声を掛ける。


「えっと、ララさん? これには、色々と訳があって……」


「……大丈夫です。口外はしません。事が事だけに、関係者以外には箝口令が敷かれているんですよね? ただ、流石に驚きは禁じ得なくて……」


「そ、そう……」


 思いの外冷静なララの反応にテッドは鼻白む。


 そんな彼に、ララは思い詰めた様子で正対すると、


「テッドさん。実はこの後、折り入って相談があるのですが……」


「それは……タイミング的に考えて、今の話を黙っている見返りに何か取引を持ちかけたい、ってこと?」


「そういうわけではありませんが……必要であれば、そういった強硬な姿勢も辞さないつもりです」


「はあ……」


 何が彼女を追い立てるのか、にわかに剣呑な空気を纏い始めたララの対応にテッドが苦慮していると、不意に彼のインカムに着信が入る。


「次から次に忙しないな……」


 ぼやきつつ確認すると、着信相手は(ここ)に移民団を案内していたはずのフェイルだった。


(そう言えば、セティ共々さっきから姿を見かけないけど……)


 不審に思いつつ、テッドはララに断りを入れて着信に応じる。


「フェイル先輩? 今どこにいるんです?」


『そりゃこっちのセリフだ。俺たちは総隊長から呼び出しがあって、とっくに本部にとんぼ返りしてる』


「あれ? 僕には連絡来てないんですけど……」


『さっきもそうだが、色々と気ぃ利かせてくれたんだろうな。後で総隊長に礼言っとけよ』


「そうですね、了解です」


『でだ。デート中の所悪いが、そろそろお仕事の時間だ。例の可愛い彼女を連れて本部まで来てくれ』


「分かりました。移民の件、特に問題なさそうです?」


『ああ。それについてはこっちでうまくやれだとさ』


「? その口振りだと、まだ何かありそうですね」


『ご明察。詳しくはお前たちが戻ってから話すが、今回上から命じられた任務にチェスカさんの協力が必要不可欠なんだよ。だから、彼女にもミーティングに参加してもらいたい』


「やれやれ……チェスカの意思は無視ですか。相変わらずですね、あのオバハンも」


『だな。セティも申し訳ないっつってたよ。別に、あいつに非があるわけじゃないってのに』


 ぶつくさ言いつつ、フェイルは次の用件に移る。


『あと、ついでで悪いんだが、戻る途中何か食い物買ってきてくれないか、三人分。ちょっと今から外出てる時間なさそうでさ』


「了解です。ちょうど今『天使の建てた家』にいるので、自分たちの分と併せて何か買っていきますね」


『助かる。そんじゃ、また後でな』


 フェイルとの念話を終えたテッドは、再びララに向き直る。


「ごめんララさん、急用が入った。さっきの相談の件、今日の仕事が終わってから聞くのでも大丈夫かな?」


「あ、問題ないです。急な話を持ちかけたのは、むしろこちらの方ですし……」


 大人しく引き下がってくれたララに礼を言いつつ、テッドがウィナに五人分の軽食の注文をお願いしたところ、彼女から次のような申し出があった。


「あ、だったらこの後、準備が出来たらそっちに持ってくよ。ちょうど買い出し担当の人たちに市場とかの道案内したかったとこだし」


「いいの? じゃあ、せっかくだしお言葉に甘えちゃおうかな」


「OKOK、任せとき」


 手をぴらぴらと振って厨房に向かったウィナを尻目に、テッドはチェスカに事情を説明し、慌ただしく店を出ることにした。


「ろくに挨拶も出来なかった……。みんなの面倒を見てくれたお礼も言いたかったのに……」


 心なししょげて見えるチェスカの頭をテッドはぽんぽんと叩く。


「そんな機会、これからいくらでもあるって。生真面目だなぁ、チェスカは」


「何事も初めが肝心なの。……っていうかそれ、何かムカつくからやめて」


 猫パンチの要領でテッドの手を払い除けるチェスカ。テッドもしつこくからかったりせず、すぐに手を引っ込める。


 チェスカはわずかに乱れた髪を直しながら不平をこぼす。


「それにしたって、今日来たばかりの部外者なわたしを同意も得ずに任務に組み込むとか、衛士隊って随分ブラックな職場なのね」


「そう言われると耳が痛いけど、おかしいのはぶっちゃけ聖都におわす出資者だけで……ってまあ、それが一番の問題なんだけどさ」


 ははっと苦笑いして誤魔化そうとするテッドの隣で、チェスカは呆れたように「ほんと、変な職場」と愚痴を繰り返した。


 それから、取り留めのない話も交えながら衛士隊本部に向かって歩を進めていると、不意に目を細めたチェスカが、遠くを指差しながら「あれ、何だろ」と呟く。


 見ると、前方にそびえる衛士隊本部の屋根の向こうに、一筋の黒煙がもくもくと立ち上っているのが目に入った。


「火事……? いやでも、騒ぎは特に起きてないし、それに……」


 目測する上での比較対象がないため正確な距離を推し測ることは難しいが、少なくともあれは近場で発生している煙ではない。下手すると、北門よりも外側、その更に遠方の可能性すらあった。


「…………まさか」


 何か思い当たる節があるのか、途端に表情を険しくさせたチェスカは、周囲に人目がないことを確認すると同時、大胆にも魔力による空中浮遊をその場で発動させる。


 そのまま急上昇しようとするチェスカの腕を反射的に掴んで引き留めたテッドは、泡を食いながら彼女の奇行を小声で咎めた。


「なにしてんのッ!? こんな往来で魔力を使うなんて!」


「いいから、あなたも一緒に来て」


 言うや否や、チェスカは自身の腕を掴んでいるテッドの身体にも重力操作の魔力を伝播させる。


「わ、わわっ!?」


 足が地を離れ、ふわりと浮き上がったテッド諸共、チェスカは彼方に見える衛士隊本部の尖塔へと高速飛行で移動する。


「〜〜〜〜ッ!!」


 声にならない悲鳴を上げ、有無を言わせず尖塔の上まで連行されたテッドは、いまだかつて体験したことのない高所に(ひる)むのも忘れ、傍らのチェスカを詰問する。


「どうしたってのさ、いきなりこんな所に――」


 そこまで言って、言葉を呑む。


 チェスカはテッドを見ていなかった。


 彼女の視線は、一心にハークサムのある方向()へと注がれていて。



「……魂樹が、燃えてる……」



「え?」


 言われて、テッドも北の方角に目を向ける。


 北方に広がる迷いの森の奥地、連なる山脈の麓に、一際高い大樹が天に向かって伸びている。


 あの大樹こそ、言わずと知れた魔神の魂を封印せし女神の魂樹――なのだが。


 その大樹が今、根元の方から激しく火の手を上げ、炎々と燃え盛っていた。


「そんな……一体、何が起こって……」


 状況が飲み込めず愕然としているテッドの腕をぎゅっと掴みながら、チェスカは心配そうに、離れた地にいる育ての親の身を案じていた。


「お義父さん……」

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