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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
第二章 来訪者たち

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ハークサムの異変

「……は、はは……。や、やあ、チェスカ。えっと……その……ひ、久しぶり?」


 名を呼ばれた本人――ルクレクレイト衛士隊『剣の始終』所属、遊撃機剣士小隊の一員であるテッド・レイナルクは、引きつった笑みを浮かべながら魔人の少女に小さく手を振った。


 あたかも、あまり歓迎していない再会を一応祝すかのように。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」


 流石のファクトも動転した様子で声を荒らげる。


「レイナルク、これは一体どういうことなんだ? 君は彼らと面識があるというのか?」


「えーっとですね……これには海よりも深い事情があるというか、話すと長くなると言いますか……」


 しどろもどろになって目を泳がせるテッドに、ファクトだけでなく同僚のジャスティーナとフェイルまでもが胡乱な目を向け始める中、不意に魔人の代表者――テッドにチェスカと呼ばれていた少女が呆れたようにため息を()くのが聞こえた。


「……なるほど。おおよその状況は理解した。とりあえず、わたしが一通り説明するから、テッドはちょっと黙ってて」


「はい……」


 しゅんとなって縮こまるテッドを尻目に、チェスカはジャスティーナとフェイルをそれぞれ一瞥し、軽く一礼する。


「お二人は初めまして。わたしはチェスカ・パナップ。ここより北、迷いの森の先にある隠れ里ハークサムからやってきた魔人です。ハークサム長老ルフェイン・レイナルクより、今回の移民に関する全権を委ねられています。以後お見知り置きを」


「これはご丁寧にどうも。わたしはジャスティーナ・オベディエン。遊撃機剣士小隊の隊長を務めています。どうぞよろしく」


「俺はフェイル・ウィルクリフト。同じく遊撃機剣士小隊のメンバーだ――って、そんな挨拶はさておき、長老のラストネーム()がレイナルクってことは、まさかテッドは……」


 フェイルの推測を肯定するように、チェスカはこくりと頷く。


「はい。そこにいるテッド・レイナルクは現長老の実の息子であり、わたしと同じハークサム出身の人間です。……ただし、魔力を使えない無能力者ですが」


「魔力を使えない?」


「無能力者?」


 順に鸚鵡返しする二人に、チェスカは再度首肯する。


「実は、今回の移民は、その事と必ずしも無関係ではないのですが……今、一つだけ言えるのは、(テッド)が現在この街で皆さんと生活を共にしているのは全くの偶然であり、決して、今回の移民に際し、我々が事前に送り込んだ尖兵だとか間者の類いなどではない、ということです。わたしたちは無実です」


「ぼ、僕の立場って一体……」


 チェスカからひたすら部外者であることを強調され、立つ瀬がなさそうにテッドはしょぼくれる。


 そんな、どこか気安い二人のやりとりに一種の親密さを見て取ったらしいファクトは、ひとまずチェスカの訴えを聞き入れることにしたようで、


「……分かりました。それではまず当初の予定通り、今回皆さんが移民を希望するに至った経緯についてお聞かせください」


 チェスカら移民団に向けてそう言うと、次に彼はテッドに目を転ずる。


「レイナルクも、これまでの行いにやましいところがないのであれば、自らの口で身の潔白を示してほしい。私たちは、今日(こんにち)までの君の働きを、嘘偽りのないものとして評価している」


「ファクトさん……ありがとうございます。了解です」


 テッドの真摯な眼差しを受け止めたファクトは、再びチェスカの方を振り返り、目顔で次を促した。


 紆余曲折を経て、チェスカは事の次第を語り出す。


「そも、わたしたちが力を捨て、外界と交わる道を模索し始めたのは、(テッド)のような無能力者が近年増加傾向にあることに端を発します。わたしたちハークサムの民は、女神によって禁足地に縛り付けられた、言わば人柱の宿命を背負う存在。わたしたちの犠牲により、この世界の汚染は最小限に食い止められてきました。此度(こたび)の兆しは、魔神の力が衰えたことで封印が確たるものとなり、わたしたちに課せられた役目も遂に終わりを迎えるのではないか――そう、わたしたちは考えたのです」


「……すまない。いまいち要領を得ないんだが」


 フェイルが恐縮そうに口を挟む。


 チェスカに代わり、テッドがこれを補足する。


「魔人のルーツ自体、魔神の現出に伴う世界の理の歪みによるもので、言わばイレギュラー的な存在。このことはフェイル先輩もご存じだと思います。そして、魔神が封印されたことで魔人の自然発生はなくなり、数少ない生き残りはハークサムに追放された……そこまでは外界にも伝承として残っていますが、実はこの際、ハークサムの民の祖には、女神の使いである時の聖女から、とある使命を託されていたんです」


「その使命っていうのは?」


 ジャスティーナの問いにチェスカが答える。


「魂樹に封印されてなお、魔神は少しずつ力を蓄え、この世界をじわじわと侵蝕し続けようとしていました。これを放置しておけば、そう遠くない未来に魔神が復活するのは必至。その最悪の事態を防止するためのシステムが魂樹にはあらかじめ備わっており、これをわたしたちは成人の儀と呼んでいます。代々受け継がれてきたこの儀式によって、わたしたちは魔神の封印と禁足地としてのハークサムを外界の干渉から守り抜いてきたのです」


「レイナルク。成人の儀とは、具体的にはどういったものなのだ?」


 ファクトに問われ、すっかり解説役が定着したテッドは簡単に概要を説明する。


「成人の儀は、15歳を迎えたハークサムの民が魂樹に触れることで、その内に蓄えられた魔神の力を奪いつつ、その抽出した魔力によって、後天的かつ副次的に魔人の力を授かる儀式です。要は、魔神を封印している魂樹のガス抜きってとこですかね」


「なるほどな。長年、魔獣が迷いの森周辺にしか出没しなかったのも、裏にあなた方の人知れぬ献身があったから、ということか」


 腑に落ちた様子で唸るファクトに、チェスカも同意する。


「外界の詳細な状況までは把握できていませんが、おそらく、魔神の侵蝕が禁足地より外に広がらないよう、我々が努めてきた成果によるものと考えます」

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