禁足地の魔人
こんな、他愛もない日常が、いつまでもずっと続くと思っていた。
終わりや転機は、ある日突然何の前触れもなくやってくるものだということを、身に染みて分かっていたはずなのに。
この時の僕は、ようやく手にした力――アレに代わる、自身や大切なものを護れる機剣士という立場を得たことで、この先たとえ何が起きたとしても、きっとどうにかなるだろうと事態を楽観視していたと思う。
運命ってヤツは、個人の意思とは関係なしに、全てを翻弄し、奪い去っていくとも知らずに。
※
「二人共、今すぐ起きて支度して!」
明朝、テッドとフェイルが共同で使用する二人部屋の寮室に、こちらはすっかり身なりを整えたジャスティーナが血相を変えて飛び込んできた。
「……きゃー、セティのえっち」
「到頭男子寮まで夜這いに来やがったか、この酔っ払いめ」
寝惚け眼で茶々を入れる同僚二人に、ジャスティーナは痺れを切らした様子で彼らを急き立てる。
「ふざけてる場合じゃないわよ! 来たのよ魔人が! ハークサムから!」
「えっ!?」
「は?」
テッドが息を呑み、フェイルが間の抜けた声を漏らす中、ジャスティーナは神妙な面持ちで声を落とす。
「何でも少数規模の移民団らしいわ。今は叔父さんが直々に代表者と交渉を進めてる。この後、人目に付く前にブリーフィングルームに場所を移して詳しい話を訊くことになるけど、その会談の場にわたしたち遊撃機剣士小隊も同席せよとのお達しよ」
「ぼ、僕も?」
動揺するテッドの肩を、二段ベッドの上段から降りてきたフェイルが軽くポンと叩く。
「自信持てって。今じゃお前もウチの立派な中核メンバーだ。それは俺たちが保証する」
「フェイル先輩……。いや、先輩にそう言ってもらえるのは正直滅茶嬉しいですけど……」
「? 他に何かあるのか?」
「あ、いえ……」
歯切れの悪い反応を返すテッドに、フェイルは怪訝そうに眉を顰める。
急げと言ってるのにいつまで経っても準備に取り掛からない男二人の頭をジャスティーナは軽快にパシンと叩くと、
「いいから早く! 喋るのは着替えながらでもできるでしょ? あと、この件は一切他言無用よ。知ってるのは来訪者の対応に当たった門番と叔父さん、それにうちらだけだから、そこんとこよろしく」
言いたいことだけ言って部屋を出て行くジャスティーナ。彼女が閉じた扉の辺りを数秒程ぼんやり眺めていたテッドは、傍らのフェイルが既に半分近く着替えを完了していることに気付くなり、すぐに気を取り直して自らも行動に着手した。
※
魔人とは、かの魔神災害を機に発生するようになった特殊な力――魔力を行使可能な異能者を指す。
時に無から有を生み出し、物理法則を書き換え、不可能を可能とする不可思議な力、魔力。
彼らの扱う魔力は非常に強力であったものの、その絶対数もまた非常に少なかったが故に、魔力を持たないその他大勢の人間からは恐怖の対象として忌み嫌われ、数の暴力をもって迫害されてきた歴史がある。
一説によれば、聖女によって魔神が封印されたことで魔人の自然発生はなくなったとされており、わずかな生き残りは魔神が封印された禁足地ハークサムに半ば追放される形で落ち延びたと言われている。北の迷いの森を通り抜けて禁足地に至ることができないのも、彼ら魔人が結界を張って出入りを拒んでいるから、というのが巷の定説だった。
(代表者が若い娘なのも驚きだが……それにしても、随分と子どもが多いな)
移民団を『剣の始終』本部のブリーフィングルームに案内し終えたファクトは、ジャスティーナら遊撃機剣士小隊の面々の到着を待つ間、来訪者の構成メンバーを観察する中でそのような所感を抱いた。
移民の数はざっと20名。内、半数近くの八名が10代半ば、下手をすればそれよりも幼い未成年で構成されており、残りの11名は彼らの親ないし保護者といった印象を受ける。
そして、最後の一人である団の代表者は、そうした大人たちを差し置いた年若い少女であり、今さっき聞いたばかりの彼女の弁を信じるのであれば、彼女以外のメンバーは、諸々の事情により魔力が使えない、もしくは使えなくしている、とのことだった。
(移民の理由も、その辺りの事情とやらに関係があるのか……?)
ファクトが顔に出すことなく沈思黙考していると、程なく部屋の扉をノックする音がざわついた室内に木霊する。
「ジャスティーナ以下遊撃機剣士小隊三名、到着しました」
「入ってくれ」
ファクトの返事を待って扉が開け放たれ、瞬間、室内がしんと静まり返る。
やがて、三名の男女が入室してくる中、満を持してファクトは口を開く。
「お待たせしました、皆さん。彼らは――」
事前に立ち会いの許可を得ている遊撃機剣士小隊の紹介を改めて始めようとした矢先、移民団の間に予期せぬどよめきが走った。
「お、おい、あれって……」
「まさか、噓でしょ……」
「生きていたのか……」
「…………?」
訳が分からず、ファクトは喋るのをやめて団の代表者の少女にそっと目を向ける。
当の彼女もまた、ある一点を注視したまま瞠目して固まっているようだった。
その視線の先には――
「…………テッド」
代表者の少女は、かすれた声で、ファクトもよく知るその名を口にした。




