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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
第一章 日常という名の風景

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天使の建てた家

 その後、夕食時が近付くに連れ店の客足も多くなり、その中に交じって来店したフェイルたちと一緒にテッドは食卓を囲むことにした。


「せっかくだし、ララさんも一緒にどうかしら?」


 というジャスティーナの提案もあり、ウィナを通じてララに声をかけてもらったのだが、


「ぐっすり寝入ってるみたいで返事なし。きっと、単身の長旅で疲れてたのね」


 とのことだったので、結局はいつもと変わらぬ面子(めんつ)での晩餐と相成る。


 オンとオフでギャップの激しいジャスティーナが早々に酒に飲まれ、(くだ)を巻く彼女の相手をフェイルが嫌々するという有り触れた光景。


 衛士隊入隊前の一年間、この店で住み込みの下働きをしていたテッドは、仕事上がりにもかかわらず――絡み酒のとばっちりを受けないように避難する意味合いもあるが――時折ヘルプに入って多忙なウィナのアシストを行い、彼女から惜しみない感謝を受けていた。


 そうこうしている内に店仕舞いの時間が近付き、ラストオーダーに入った辺りでテッドたちも解散する運びとなる。


 すっかり酔い潰れたジャスティーナを介抱しつつ、隊員宿舎のある本部方面へと引き上げていくフェイル。


 そんな見慣れた後ろ姿を見送ったテッドは、もう少し後片付けを手伝ってから帰宿しようと思い、再び客席もまばらになった店内へと引き返す。


 カウンターに目を向けると、そこにウィナの姿はなく、代わりに、それまで厨房でフル稼働していたウィナの父親ゴード(マスター)が、残った客の相手をしながら洗い物など水回りの作業に従事していた。


 次いで、ホールにて空いたテーブルを片付けているウィナの姿を認めたテッドは、特に彼女に声掛けすることなく、勝手知ったる様子でフォローに取り掛かる。


「いつも悪いわね。そっちだって疲れてるのに」


 すれ違い様に労いの言葉をかけてきたウィナに、テッドは小さく首を横に振ってみせる。


「いい加減、新しい人入れたら?」


「お気遣いどーも。でも大丈夫。あなたが来る(三年)前までは、お父さんと二人、ずっとこんな感じでやってたんだから。元に戻ったってだけの話」


「ふーん。ならいいけど」


 程なく片付けが(いち)段落し、最後の客も帰ったので、テッドがそろそろお(いとま)しようとしたところ、ゴードが一杯の珈琲を淹れてくれた。折角なのでご馳走になる。


 まだ熱々のそれを、テッドがカウンターでちびちびと少しずついただいていると、片付けを終えホールを消灯して戻ってきたウィナが、首やら肩やらを回しながら口を開く。


「なんだかんだ言って、テッドがうちを出て衛士隊に入隊してから、かれこれもう二年になるのか……月日が経つのって早いわね」


「伝え聞く評判によれば、すっかりベテラン衛士の仲間入りって話じゃないか。OBの俺としても鼻が高いよ」


 洗い終わった食器を拭きながらゴードが言う。


 ゴードと、今は亡き彼の妻アンナは、かつて衛士隊に所属していたと聞いている。現総隊長のファクトは彼らの後輩になるらしい。


 ウィナが生まれ、出産後もアンナが原隊復帰を希望したため、妻と入れ替わる形で退役したゴードは、妻が帰る家と娘を守るべく、この店を開業したのだそうだ。


 ちなみに、店名の『天使の建てた家』の由来はまんま直球で、天使(ウィナ)が産まれたのを機に建てた家、から来ているという。娘が大人になってからも、ゴードがいまだにこの話を人前でするものだから、いい加減勘弁してほしいとウィナは常々頭を悩ませていたりする。


 当のウィナが、思い出したように唇を尖らす。


「……わたしだって、衛士隊に入ってたら今頃は、テッドやフェイルなんて目じゃなかったのになぁ」


「はあ……お前はまだそんなことを言ってるのか」


「だってぇ……」


 辟易した様子でゴードが顔を(しか)めると、張り合うようにウィナは更にむくれる。


(また始まったな……)


 これまで幾度となく繰り広げられた父娘のやりとりを前に、テッドは大人しく傍観を決め込む。


 これはフェイルに聞いた話だが、元々ウィナは母に憧れ衛士隊入りを強く希望していたという。幼い娘が抱いた将来の夢に、アンナは大いに喜び、ゴードも当初は今のようにとやかく口出しすることはなかったそうだ。


 ところが七年前、唐突に事件は起こる。


 それまで確認されたことのない大型魔獣が北方より襲来。その駆除対応に当たったアンナは、戦闘中に重傷を負ったファクトを庇って殉職。妻に続いて娘まで喪う可能性を恐れたゴードは、ウィナの衛士隊入りにひどく反対するようになり――結果として父の泣き落としに屈したウィナは、その道に進むのを渋々断念した、というのが掻い摘んだ経緯だった。


 きっと今も、ウィナの中には衛士隊に対する燻ったままの未練が根深く残っているのかもしれない。


 何を思ったか、ウィナは急に後ろからテッドに抱き着くと、どこかやけくそ気味な感じでウザ絡みを始める。


「おーおーテッド君よー。わたしがいない衛士隊で取る天下は嬉しいかー?」


「いや、どういうノリだよ。……つか、背中に大きくて柔らかいものが当たってるので、一刻も早く離れてください」


「やだ、断る」


「えぇ……」


 実の弟のように可愛がってくれるのは有り難いが、過度なスキンシップは遠慮してほしい。こっちだって年頃の男の子なのだ。


 くっ付いたまま中々どこうとしないウィナに、テッドは助けを求めるように困惑顔をゴードへ向けるが、彼は娘の痴態を特に見咎めることなく、ただただ苦笑するばかりで。


「何はともあれ、テッドも無理せんようにな。ウィナもこうして寂しがってるし、疲れたらいつでも帰っておいで」


「ゴードさん……ありがとうございます。その言葉だけで十分です」


 わずかに目を潤ませたテッドを茶化すように、ウィナは彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「何なら今日は泊まってくー?」


「いや、泊まらないよ。明日も早いし」


「ぶー。テッドのいけずー」


 年甲斐もなく駄々をこねるウィナをやんわりと引き剥がしたテッドは、飲み終えた珈琲のお礼をゴードに告げ、温かな気持ちを胸に帰路に就くのだった。

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