ルクレクレイトの衛士隊と宿屋の看板娘
旧都ルクレクレイト。
過去の戦災で一度は滅亡したこの街も、長い年月をかけて復興が進められ、今では往年に引けを取らぬ繁栄を取り戻している。
とはいえ、大陸第一の主都の座は、戦後に隆盛した東の聖都ウィートリダムに譲っており、再建を果たした現在は、当時とは別の存在意義を持たされていた。
迷いの森より湧き出る魔獣から聖都を防衛する上での橋頭保。
その形容が、今のルクレクレイトの有り様を簡潔に言い表していた。
「――本日は以上です」
癖のあるブロンドをポニーテールに束ねた女性が、向かいに座る壮年男性に対し、その日の調査報告を締め括る。
彼女の名はジャスティーナ・オベディエン。遊撃機剣士小隊の隊長を務める才媛だ。
ジャスティーナの隣には、彼女と同年代と見られる金髪の青年が同席していた。質の固い短髪にやや垂れ気味な蒼眸をした彼は、終始直立不動を崩さないジャスティーナとは対照的に、適度に力を抜いたフランクな姿勢でその場に臨んでいる。
衛士隊の若きエース、フェイル・ウィルクリフト――それが、彼の肩書きと、持って生まれた名前であった。
ルクレクレイトの中央に位置する衛士隊『剣の始終』本部、その執務室に彼らの姿はある。
「やれやれ……目撃証言に偽りなし、か」
うんざりした様子で、壮年男性こと衛士隊の総隊長ファクト・オベディエンは深々とため息を吐く。姓からも分かる通り、彼はジャスティーナの親族であり、彼女にとって叔父に当たる人物でもあった。
オベディエン家――ルクレクレイト復興の立役者にして『剣の始終』を創設した、旧都の実質的支配者。
彼ら一族の存在なくして、戦後のルクレクレイトを語ることはできない。
「これってやっぱ、湖や空、あるいは地中を経由するとかして、こっちの監視の目を潜り抜ける個体が出始めた、ってことなんすかね?」
頭の後ろで手を組みながら気安く口にしたフェイルの疑問に、正面を向いたままジャスティーナが応じる。
「あるいは、禁足地方面から魔獣が現れるというこれまでの常識が崩れつつある、とか……」
「もしくは、そもそもその認識自体が誤っていたか、だな」
この話を打ち切るように、ファクトが手短にまとめる。
「いずれにせよ、この数年で何らかの異変が顕在化しつつあるのは確かだ。七年前に突発した大型魔獣のような事例が再来しないとも限らない。引き続き警戒を厳にして対応に当たってほしい」
「「了解です」」
そう応えて退室しようとした部下二人の背中に、何やらふと思い付いた様子でファクトは声を投げかける。
「ところで、レイナルクが保護したという旅行者の娘は、その後どうしている?」
「彼女なら宿を探してるってんで、テッドが『天使の建てた家』に案内してますよ。俺らもこの後晩飯がてら顔出すつもりです」
首だけ振り返ったフェイルが気さくに答え、半身を向けたジャスティーナが訝しげに首を傾げる。
「何か、気になることでも?」
「いや……ララという名に、どこかで聞き覚えがあったような気がしてな」
「あ、叔父さんも? わたしもあの子のこと、士官学校時代に聖都で見かけたことがあるような気がしないでもないのよね」
「いやどっちだよ」
回りくどい言い方をするジャスティーナに半笑いで突っ込みを入れつつ、フェイルが部屋を出て行く。その後を慌てて追いかけるジャスティーナ。
何か気がかりでもあるのか、二人が去った後も、ファクトはしばしの間、じっと物思いに耽っていた。
※
「いらっしゃいませー……ってなんだ。誰かと思ったらテッドじゃない」
「まだ他に客がいないからって、その応対はどうなのさ」
店の戸口を潜るなり、営業スマイルを作って損したとばかりに人懐っこい笑顔で白い歯を見せてきたウェイトレスの女性に対し、テッドは率直な意見を漏らす。
腰まで届く、流れるようなストレートの金髪。それを項の辺りで新緑色のリボンで結わえた彼女の名前はウィナ・グローディアといった。父親が経営する食堂兼宿屋『天使の建てた家』の看板娘で、フェイルやジャスティーナとは旧知の間柄だ。
かく言うテッドも、この街に流れ着いてしばらくの間は、彼女ら親子の厄介になっていたことがある。
ウィナは、テッドの後ろからぴょこんと顔を覗かせているララに気付くと、澄んだ青い瞳をきょとんと丸くする。
「……あり? そちらさんは?」
「お客さん。宿を探してるんだってさ」
「あらやだ、そういうことは早く言ってよ」
世話好きなおばちゃんよろしく顔の前で手をぱたぱた振ると、ウィナはそそくさとララの前に移動し、手慣れた様子で彼女の案内を始め出す。
ララのことはウィナに任せ、テッドが定席に着こうとしたところ、くいくいと肘の辺りを引っ張られていることに気付く。
見ると、外套のフードを脱いだララが、上目遣いでこちらを見上げていた。
「えっと、その……今日は色々と、ありがとうございました」
「ああ、別に気にしないで。仕事のついでだし、何より僕自身が流れ者で、この街の人たちには何かと世話になってる身だから。昔受けた恩を、こうして人助けで還元してるってだけの話だよ」
「そう、なんですか……?」
まごまごしているララに、テッドは小さく頷いてみせる。
「ま、そんなわけだからさ。君がいつまでルクレクレイトに滞在する予定かは知らないけど、また何か困ったことがあったら、いつでも気軽に声をかけてよ」
「テッドさん……」
それまでは遠慮がちで、やや硬い表情の目立つララだったが、ここにきてようやく綻ばせた顔を見せてくれる。
「――はい。その時は、どうかよろしくお願いしますね」
そう言って、彼女は待たせているウィナの方へと戻って行った。




