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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
第一章 日常という名の風景

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逃げる少女と機剣士の少年

「はっ……はっ……!」


 聖都と旧都を繋ぐ街道。


 大湖の南を東西に走るそれから外れた人目の付かない雑木林の只中を、一人の少女が息せき切って駆けていた。


 彼女の後方からは、獣のものと思しき荒々しい吐息が一つ……あるいは、二つ。


 見るからに追われていると分かる単純明快な状況ではあったが、生憎にも、この哀れな少女に救いの手を差し伸べる者などいない。


 その端的な事実は、あえて人目を避けてこの道なき道を選んだ彼女自身が誰よりも痛感していた。


(野犬や熊ぐらいは覚悟していたけれど、まさかこんなところにまであんなのが出てくるなんて……!)


 逃走しながら胸中でぼやいていたところ、不意に羽織っていた外套の裾が木々の枝葉に引っかかり、少女はたたらを踏んで足止めを食らってしまう。


 その弾みで、外套のフードの下に押し込められていた彼女の長い髪が外に(まろ)び出る。


 青みがかった艶やかなそれは、ちょうど少女の腰の辺りで真紅のリボンによって束ねられており、それが外気に晒されたことで、ポンポンと跳ねるように毛先が右に左にと揺れ動いていた。


 思わず、少女の口から舌打ちが漏れる。


「ああ、もう!」


 絡まった部分を(ほど)きながら少女が来た道を警戒していると、程なく、茂みの向こうから執拗な追手がその姿を現す。


 野犬――ではない。


 燃え盛る炎のように煌々と輝く緋色の毛並み。


 鮮やかな藍色の瞳は敵意を滾らせ、今にも飛び掛からんと少女をじっと()め据えている。


 地獄の猟犬(ヘルハウンド)とでも呼ぶべき炎の魔犬が二頭、未だ身動きの取れぬ少女を追い詰めるが如く、じりじりと包囲網を狭めていた。


(……こうなったら、例の力が今の眷属にも通用するかどうか、イチバチで試してみる他ないか)


 覚悟を決めた少女は外套を脱ぎ捨て、左右に展開する二頭と対峙するなり、おもむろに両手を前方にかざす。


 そして。



「――お嬢さん、運が良かったね」



 出し抜けに割り込んできた第三者の声と共に、一陣の風が少女のすぐ傍を通り抜けていく。


 気付けば、少女の右手側に迫っていた魔犬の一頭が、謎の闖入者の手によってバッサリと斬り伏せられていた。


 この突然の珍事に機敏に反応したもう一頭の魔犬は、同胞を屠った凶手に対し、すぐさま死角の背後から首筋に噛み付かんとする。


 これを受け、絶命した一頭目を見下ろしていた件の人物は身を屈めながらその場で反転、振り向き様に手にした刀剣で襲い来る魔犬の頭部を一閃し、鮮やかに刎ね飛ばしてみせた。


 瞬く間に無力化され崩れ落ちる二頭目の魔犬の体躯。


 残心を取りながら、しばしそれを視界に収めていた謎の剣士は、やがてほっと一息()くと、警戒を解いて納刀しながら、唖然としている少女の方を笑顔で振り返った。


「まさかこんなところをうろうろしてる人がいるなんて思いもしなかったけど……とりあえず、怪我はない?」


「え……? あ……」


 咄嗟のことで声が出せないでいる少女に気を悪くした様子もなく、黒髪黒瞳の少年は相手を落ち着かせるように自身の身分を明かす。


「僕はテッド・レイナルク。ルクレクレイトの衛士隊『剣の始終』に所属する遊撃機剣士だよ。野盗の類いとかじゃないから安心して」


「旧都の……」


 少女は幾分平静さを取り戻した様子で恭しく頭を下げた。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございました。私、ララ……といいます」


「ララさんは、どうしてまた、こんな道外れな場所に? 大人しく街道沿いを歩いてれば、さっきみたいな目に遭うこともなかったろうに」


「えっと、その……珍しい動物がいたので、つい気になって追いかけていたら、いつの間にか迷子になっていまして……」


 たははとはにかむ少女――ララに、やれやれとテッドは嘆息する。


 先程脱ぎ捨てたばかりの外套を回収しつつ、ララは素朴な疑問をテッドに投げかける。


「それにしても……旧都を守る衛士さんが、こうして街の外まで出張らなきゃいけないなんて、何だか大変ですね」


「まーねー……近年、魔獣の数が(とみ)に増えててさ。従来の出没地だった北の森近辺のみならず、旧都の外壁周辺やこの辺りでも目撃情報がちらほら届くようになったんだ」


 左耳に装着したインカム――確か、遠く離れた相手とも念話でやりとりできるという優れた機巧だ――を操作しながら、テッドが色々と解説してくれる。


「『剣の始終』には旧都の防衛以上に、魔獣の脅威が聖都方面に広がるのを未然に防ぐ防波堤の役割があるからね。そんなこんなで、僕も所属している遊撃機剣士小隊が組織され、日々哨戒任務に当たってるってわけ」


「そうなんですね……」


 感心した様子でほうほうと頷くララに、テッドはふっと微笑すると、


「さて……そろそろ僕は他のメンバーと合流してルクレクレイトに戻るけど、ララさんの行き先もそっちでいいのかな? ついでに街まで保護するよ。――もし、今からウィートリダム方面を目指すつもりだったのであれば、もう日が暮れるし、流石に日を改めた方がいいと思うけど……」


「あ、旧都で大丈夫です。こちらこそ、ご迷惑をおかけします。よろしくお願いします」


「そ。なら、早速行こうか」


 そう言って前を歩き出したテッドの後を追い、ララは一歩、足を踏み出した。





 かつて、災厄があった。


 この世の理とは異なる法則で生きる魔神(まがみ)の現界。


 かの魔神と、その眷属たる魔獣の手により、大都市だった在りし日のルクレクレイトは、一夜にして壊滅の憂き目に遭う。


 魔神の軍勢が猛威を振るう中、これに敢然と立ち向かう一人の少女の姿があった。


 彼女の名は、聖女ウイリアム。


 女神の神託を受けたという(よわい)20歳(はたち)にも満たない少女の奮闘により、魔獣の多くは駆逐され、彼女の尊い犠牲を以て、魔神は魂樹へと封印された。


 かくして、一旦の終結を見た魔神災害であったが、魔神現出に伴う爪痕は、世界の歪みとして現在も色濃く残っている。


 今なお蔓延(はびこ)り続ける野生化した魔獣の存在。


 理の改変により生じた魔力と呼ばれる新たな概念。


 そして、その魔力を行使可能な異能者――魔人の発生。


 これらの歪みが、それまでの世界の在り方を大きく変えていく一方で、そこに生きる人間そのものの本質は、今も昔もそう変わることはなく。


 古の災厄が伝承として語られるようになって久しい現代、聖女が命を賭して掴み取った平穏、その意味を、遺された人々はあまり深く考えることなく、ただ漫然と過ごしているのが実情と言えた。

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