セピア色の記憶
月明かりも差し込まぬ鬱蒼とした夜の森の中を、少年は一人、手にしたかすかな光源を頼りに黙々と突き進んでいた。
行けども行けども、先の見えない視界は一向に晴れる気配もなく。
それもそのはず、彼が通り抜けようとしている森には、人の行く手を阻む不可視の結界が張り巡らされていた。
外から侵入することも、内から脱することも能わず。
それ故この森は、巷では迷いの森などという有り体な名で呼ばれ、好き好んで近寄る者はまずいない。
件の結界の存在は、森の奥にある隠れ里で生まれ育った少年にとって、今更説明されるまでもない周知の事実であった。
森を出入りするためには、ある特別な力が必要で。
そして、その特別な力を持たないこの少年に、結界を解く術はない。
だからこそ。
少年は、自分にはない才を持つ彼女の訪れを密かに待っていた。
「――本当に、行くの……?」
突として背後から投げかけられた問いに、少年は声のした方を振り返ると、力無く肩をすくめ、シニカルに笑う。
「ここにいても、父さんや君の迷惑になるだけだし、他の人の当たりもきついからね……。特に、ヒューリックの奴には今にも殺されそうで怖い」
軽くおどけてみせたつもりだが、彼の返答を真に受けた幼馴染みの少女は、服の裾をぎゅっと固く握り締め、下唇を噛みながら、か細い声を絞り出す。
「ごめんなさい……。わたしにもっと、あなたを守れるだけの力があれば……」
「やめてくれよ。そうやって君に同情されたり腫れ物扱いされたりすることの方が、僕にとっては何よりも耐え難く、一層惨めな気持ちになる」
少年の切実な訴えに、少女はただただ押し黙ってしまう。
そんな彼女に、少年はふっと柔らかく微笑んでみせると、
「僕は新天地で頑張るからさ。君も、僕のことなんか忘れて、自分の人生を精一杯に生きなよ。人間、死ぬまで前を向いて生きるしかないんだからさ」
内心の不安を気取られぬよう、目一杯虚勢を張ってみせる少年に、やがて少女は、顔を上げ、何か意を決した様子で、次のように宣言した。
「……さよならは言わないから。いつか、必ずあなたを追いかけてみせる」
彼女の告白に面食らい、一瞬きょとんとした少年は、ややあって、少し嬉しそうに乾いた笑みを浮かべてみせた。
「……はは。期待しないで待ってる」
※
程なく少年は、幼馴染みの少女が異能を用いて限定解除した結界の綻びを抜け、まだ見ぬ外界へと旅立って行った。
その背中を、結界が塞がる最後の瞬間までじっと見送っていた少女は、決意を新たにするように唇をきゅっとと引き結ぶと、元来た道を無言で引き返していった。




