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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
終章 反撃の狼煙

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主の帰還

「ルクレクレイトは今日も事もなし。そっち(ウィートリダム)はどうだ?」


『特に支障もなく順調よ。オベディエン家(うち)が独占してた既得権益の解体もほぼ終わって、今は関係各所との引き継ぎの最終調整中ってとこ。それが落ち着いたら、後はこっちに残る叔父さんに任せて、そっちに戻れると思う』


「そっか。じゃあもうひと踏ん張りだな」


 ジャスティーナとの他愛のない定時通信に談笑しつつ、フェイルはこの一年を振り返る。


 王政が廃止されたことで、ウィートリダムは段階的に民主制に移行。半年後には満を持して新政権が樹立し、少しずつ新たな秩序を取り戻しつつあった。


 同じくオベディエン家の支配から脱したルクレクレイトは晴れて自治都市となり、ウィートリダムよりも(いち)早く活況を見せている。


 聖都や旧都といった異名もこれを機に見直され、今ではルクレクレイトが第一都市、ウィートリダムが第二都市、といった風に、都市が誕生した順に番号が振られる形となっていた。


 テッドが宣教使節団、ファクトとジャスティーナがウィートリダムの体制立て直しのため不在となった今も、フェイル一人は『剣の始終』に残り、ルクレクレイトの防衛を一手に引き受けている。


「にしても、びっくりだよな。俺たちの世界が、この大陸だけっつー話」


『うん。女神の箱庭とはよく言ったものよね』


 先日、大陸中を周遊していたテッドから伝えられた驚天動地の新事実。


 それが、大陸の外、海の向こうにも、まだ見ぬ大地や異なる文明が広がっているとされてきたこれまでの定説を覆す、最果ての壁の存在だった。


 約一年をかけて、テッドたちは大陸中に点在する各共同体(コミュニティ)を巡り、彼らの理解や協力を獲得することに何とか成功していた。


 そしていよいよ海外へと目を向け始めた矢先、急遽テペノ・リペノから待ったがかかり、思いも寄らない次の情報が明らかとなったらしい。


『大陸の外にこれ以上の広がりはない。見えない壁に阻まれ、先に往けども元来た道を折り返すだけ。それが、この世界の最果てだ』


 テペノ・リペノの話を要約すると、この世界は新世界の創造に先駆けて限定的に模擬構築(シミュレート)された箱庭であり、創造主たる女神や()神よりも更に上位の存在に真価が認められると、その時初めて一個の完全な宇宙として昇格するのだそうだ。


 とどのつまり、女神がこの世界を見限ったというのは言葉の綾でも何でもなくそのまんまの意味で、この世界に勝機を見出せなくなった彼女は、無責任にも作りかけの世界を放り出し、別の将来有望な世界に鞍替えしたってだけの話でしかなく、その身勝手な振る舞いの行き着く先が古の魔神災害であり、この数百年に及ぶ歪んだ歴史なんだそうな。


 テペノ・リペノ曰く、こうした世界の構造やら成り立ちのようなメタ的な裏話を明かすことは、この世界の住人に対し、被造物である事実を否応もなしに突き付けることになるため、極力最後まで黙っていたとのことだった。


魔神(まがみ)なんて大それた存在の割に、律儀っていうか真面目っていうか……ほんと、誰かさんにそっくりよね』


「な。でも、その配慮のお陰で、世界(大陸)中の意思統一は思ったよりも早く成し遂げられたわけだし、これも一種の怪我の功名ってことなんだろうな」


 一頻(ひとしき)り話し終えた二人は、そろそろ各々の業務に戻るべく話を切り上げにかかる。


『……もどかしいわね。信じて待つしかないってのも』


「だな。ま、俺たちに出来ることは、自暴自棄になることなく、いつも通りの日々を懸命に生きる、ただそれだけさ。――以上、交信終わり!」





『機は熟した。テッド、それに魔女と聖女も、これまでの尽力に深く感謝する』


 テッドの肩に乗る手のひらサイズの黒ずくめの人形が、偉そうな口調の割にやたら可愛らしい声音で礼を述べる。


 この人形はチェスカが用意した魔導変換器(コンバーター)で、これを介すことにより、いちいちテッドに憑依しなくともテペノ・リペノは自身の声を周囲に届かせることが可能となっていた。


 ハークサム事変から丸一年、大陸の各地を飛び回り、そこで起きている問題や紛争の解決に当たるのと並行し、この世界が瀕している緩やかな滅亡の危機について切々と訴え続けてきた結果、今や大陸全体が一丸となってテッドたちを応援・支持してくれるようになっていた。


 こうした民意の高まりは、そこに生きるテッドたち以上にテペノ・リペノの方が強く実感しているらしく、彼の弁によれば、高位次元に接続(アクセス)するために必要な条件は全て整ったとのことだった。


 テッドたちが今いるのは、何もかもが燃やし尽くされ灰燼(かいじん)に帰したハークサム跡地。テペノ・リペノにとっては長きに(わた)り己を縛り付けてきた忌まわしき封印の地だが、彼は新たな門出に際し、あえてこの因縁の場所を選んでいた。


「それで、これからあんたはどうするんだ?」


本来在るべき世界(高位次元)に戻り、我を陥れた女神に意趣返しを果たす……以前の我は、ただそれしか念頭になかった。――だが、お前たちと接する中で、その先の新たな目標を見出すことができた。お前たち、そして我が生きた証を遺すためにも、この世界は命に懸けて必ず存続させてみせる。絶対にリセットなどさせはしない』


 鼻息も荒く息巻いてみせたテペノ・リペノは、やおら消沈した様子で声のトーンを落とす。


『……何にせよ、再び高位次元から堕とされでもしない限り、我がお前たちと言葉を交わす機会は、もう二度とないだろう。だから、この際あえて言っておく』


 テペノ・リペノはそこで言葉を切ると、大きく深呼吸した後、ややあって口を開いた。


『……お前たちに巡り会えて、本当によかった。我は、お前たちのことを決して忘れない』


「それはこちらのセリフ。貴方が理解のある神様で助かった。ね、ララさん?」


「はい! ……って、聖女の私が言うのも何か変な話かもですけど」


「あはは。まあ、何はともあれ、後は頼んだよ、僕らの魔神様」


『ああ、任せておけ』


 歯切れよく応じると、テペノ・リペノはいよいよ帰還の儀に取り掛かる。


『アクセスコード、テペノ・リペノ……エマージェンシー(緊急)ダイブアウト(帰還)!』


 この時、テッドたちの世界に何かが起こる気配は微塵もなかった。


 しかし、魔神の魂をその身に宿していたテッドだけは、自分の中からテペノ・リペノの存在が一瞬にして消失した事実を、確かな実感として噛み締めていた。


「……さよなら、テペノ・リペノ」


 肩の人形を取り外しながら、誰にともなく虚空に向かってテッドは別れを告げる。


 どこか心細げな背中を晒す彼の目の前に、チェスカとララがそれぞれ手を差し伸べてきた。


「それじゃ、帰りましょうか」


「ウィナさんたちの待つ、ルクレクレイトへ」


「……うん、そうだね」


 困ったような笑みを浮かべて、テッドは二人の手を取る。


 やがて彼らは、チェスカの魔力で宙へと浮遊し、一路ルクレクレイトに向かって飛翔するのだった。

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