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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
終章 反撃の狼煙

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説得

「――んじゃ何か? 自分らの親父をぶち殺した俺を、てめえらは許すってのか?」


 別場所のカトライア同様、テッドたちから諸々の真相を聞かされたヒューリックは、続けて彼らが示してきた常人には理解し難い提案に、信じられないといった様子で声を荒らげる。


 これまでの行いを悔い改め、僕らと共に歩む意思があるのであれば、この世界を救うために、出来ればお前の力も貸してほしい。


 それが、(にっく)き宿敵であるヒューリックに対し、テッドが悩んだ末に導き出した、和解を模索する上での歩み寄りの姿勢だった。


 テペノ・リペノ曰く、女神の権能の一部を貸し与えられた聖女を味方につけられたことで、当初は不可避だった世界のリセットを経ずとも失われた管理者権限を取り戻せる可能性がわずかながらに浮上したという。


 とはいえ、現状すぐにでもそれが可能というわけではなく、より確実を期すためにも、この世界を一旦テペノ・リペノの支配下に置く過程(プロセス)自体に、今のところ大きな変更はない。


 変わったのは、その先の未来が残されているかどうかの一点。


 これまでと異なり、計画の事後のことも考慮する必要が出てきた以上、力ずくで世界征服を目指すやり方は最早論外だ。世界中の人々に理解を求め、協力を募り、全体の意思を平和的に統一していく方向に舵を切らねばならず、それはそれで茨の道が待ち受けていることは容易に想像できた。


 だからこそ、少しでも手を取り合える見込みがあるのであれば、たとえそれがどんなに険しい道程だったとしても、まずは自分から実践してみせなければとテッドは気負っていた。


 だが、そんな彼の殊勝な心掛けも虚しく、


「はっ! 冗談じゃねえ」


 ヒューリックは歯牙にもかけることなく嘲笑う。


「誰がてめえらなんぞに頭下げるか。上から物言ってんじゃねえぞコラ。第一、世界が滅ぶっつっても、どんなに早くて俺らがくたばった後の話だろうが。そんな先のことなんざ、今を生きる俺たちには知ったこっちゃないって話なんだよ」


「ヒューリック……!」


 目先のことしか考えない手前勝手な物言いに反発しかけたチェスカを、テッドは無言で押しとどめる。


 その澄ました態度が癪に障ったのだろうか、ヒューリックは苛立たしげに舌打ちすると、


「それよりもだ。……お前ん中の魔神(まがみ)、元はと言えば俺のことをご所望だったらしいじゃねえか。だったら話が(はえ)え、とっととそれを俺に渡せ。そんなつまらない夢想に付き合わせるぐらいなら、この俺がもっと有効活用してやるぜ」


「テッドさんを実験台にしておいて、何て言い草を……」


 いつも温厚なララが、生理的な嫌悪感を露骨に示す。


 テッドは胸中でため息を吐いた。


(やっぱり、こいつを説得なんて無理な話か……)


 実を言えばテッド自身、進んで彼を受け入れたいとは思っていなかった。ヒューリック自身にその気がなく、こうして誰からも総好かんを食っている以上、見せかけだけの協調が実現したところで結局長くは続かないのが関の山だ。


(でも、相容れないからって否定するやり方じゃ、それこそヒューリックと何ら変わらない気がするし……)


 テッドが煮え切らずにぐだぐだ葛藤していると、彼の頭の中でテペノ・リペノの声が囁いた。


『テッドよ。少しだけ我に身体を貸してほしい。我に奴と話をさせろ』


(え? でも……)


『案ずるな。既に打ち明けた通り、今の我に過日のような力は残っていない。化身や暴走の恐れは一切無用だ。幸い、この場には聖女もいることだしな』


(……分かった)


 テペノ・リペノの要望に応じ、テッドは彼に身体の自由を明け渡す。


 すると、テッドの意識は幽体離脱し、上空から俯瞰しているような神の視点とでも表現すべき状態に遷移する。


 一方、テッドの身体にテペノ・リペノの意識が憑依したことで、彼の発する空気、纏う雰囲気が如実に変化し、筆舌に尽くし(がた)い冷たい威圧感(プレッシャー)を伴い始める。それは対峙するヒューリックのみならず、隣に立つチェスカやララまでもが総毛立つ程であった。


 テッドの口を借りて、テペノ・リペノが言葉を発する。


「――ヒューリックとやら」


「お、お前は……」


 眼前で起きた怪現象に目を見開くヒューリック。


 構わず、テペノ・リペノは心の丈をぶちまけた。


「今更誰がお前のような卑怯者など選ぶか。こちらから願い下げだよ。馬鹿は休み休み言うのだな」


「なっ……!?」


 素気(すげ)無く一蹴され、ヒューリックは絶句する。


此奴(テッド)の地道な活動が、誰も頼ることのできなかった我には考えも及ばない好条件を引き出してくれた。一度は諦めたこの世界、破壊と存続の二択を選べるのなら、我は当然後者を望む。お前のような刹那的悪魔には、露程も用はない」


「こ、こいつ、言わせておけば……!」


 犬歯を剥き出しにしてヒューリックは殺意を漲らす。


 激昂する彼を挑発するように、テペノ・リペノはテッドの右手をちょいちょいと動かして手招きの所作をさせる。


「ほう、()るか? いいだろう、相手になってやる。どうも此奴(テッド)はお前を(あや)めることに後ろめたさを感じているようだからな。元々は自分で蒔いた種ゆえ、我が直々に引導を渡して――」


(ちょっと待った!」


 勝手に話を進めるテペノ・リペノから、テッドは身体の主導権を奪い返す。


『む?』


「僕を思い遣ってのことなのか、業を煮やしただけなのかは知らないけど……こいつとの決着は、僕がこの手でつけなきゃならない問題なんだ。外野が横から余計な口出ししないで」


『……どうやら、腹を決めたようだな』


 テペノ・リペノは満足そうにふっと微笑する。


『そこまで啖呵を切ったからには、精々期待を裏切るなよ。我は早速、高みの見物と洒落込ませていただく』


 やがて、己の内からテペノ・リペノの気配が完全に立ち消えると、テッドは小さく吐息し、彼の豹変ぶりを訝しんでいるヒューリックへと改めて向き直る。


「……分かったよ、ヒューリック。僕らの間に、もう言葉は要らない。ケリを付けようか」


 言ってから、テッドは手にした機剣をチェスカに託す。


「これと同じものを魔力で複製できるかな?」


「物質的には可能だと思うけど、魔力を断つ機能までは流石に再現できないと思う」


「ありがとう。それで十分だよ」


 そうしてチェスカが魔力生成した複製機剣(レプリカ)原本(オリジナル)と一緒に受け取ったテッドは、レプリカではなくオリジナルの方をヒューリックの足元に放り投げる。


 テッドの真意を測りかねた様子でヒューリックが(がん)を飛ばしてくる、


「……何のつもりだ?」


「公平にそれで白黒を付けようよ。剣の一本勝負。魔力も、魔神の力も、今はどちらも使えないこの状況。頼みの綱は己の力量のみ。決闘には打って付けでしょ? ――チェスカやララさんは、悪いけど立ち会いをお願いね?」


 ララは頷き、チェスカは何か言いたげだったものの、渋々テッドの言葉に従う。


 他方、ヒューリックはというと、テッドが投げて寄越した機剣をじっと凝視したまま、身動き一つ取ろうとしない。


(傲岸不遜なこいつのことだ、今更怖気付いたなんてことはないだろうけど……)


 わざわざ向こうの出方を待ってやる義理もない。テッドはわざと逆撫でるようにヒューリックを焚き付ける。


「僕が憎いんだろ? 殺してやりたいんだろ? だったらやってみせろよ。人の手を汚さずに、自分自身の力でさ!」

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