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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
終章 反撃の狼煙

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暴君の最後

「――なるほど。まずは危険で不埒なハークサムの極右暴徒鎮圧を優先すべく、そちらに各種資源(リソース)()いている、と」


 夜明けから間もなく、ファクトからの緊急通信に呼び起こされたカトライアは、手早く身支度を整えるなり、女王()よりも早く謁見の間に赴いて弟との交信を続けていた。


 昨日にルクレクレイトで発生した事件の顛末と、現在遂行中である作戦の動向について報告を受けたカトライアは、しばし黙考する。


 正直なところ、ハークサムのゴロツキ連中については然程危険視していなかった。魔神(テッド)聖女(ララ)の身柄は既にこちらが押さえており、加えて稀代の魔女(チェスカ)の協力も取り付けている。昨日のテロでも有用性を証明してみせた機剣だってある以上、我々が敗北を喫する可能性は万に一つもないと言っていい。


 世界が滅ぶ云々といった荒唐無稽な話も飛び出したが、そちらに関しては今日明日で何かが変わるわけでもない。当座は捨て置いても問題のない事柄と言えた。


 それよりも憂慮すべきは、本を正せば同じウィリアムス()家の者とはいえ、オベディエン家(自分)の与り知らぬところで女神の神託を受けた聖女が現れたという由々しき事実だ。もしこのことが世間に露呈すれば、これまで先祖代々築き上げてきたオベディエン家の権威が(またた)く間に失墜しかねない。


 それだけは、何としても避けねばならなかった。


 差し当たっての算段を付けたカトライアは、何食わぬ顔でファクトに命を下す。


「状況は理解しました。では、過激派への制裁が済み次第、テッド・レイナルクとララ・ウィリアムスの両名を極秘に聖都へ移送しなさい。この二人には然るべき場所で魔神封印の儀を執り行ってもらい、新たに誕生した魂樹は王家とオベディエン家の名の下で管理することとします。これを機に女王陛下はご退位とし、次代の担い手として王女殿下にご即位いただきましょう」


『お待ちください姉上。この世界が崩壊の定めから逃れるためには、今後も魔神の助言や協力が必要不可欠となります。彼の告白により女神の欺瞞が明らかになった以上、いつまでも古い価値観に縛られるのは無意味(ナンセンス)ではないかと。まさか、彼の提案を無下にするおつもりですか?』


「愚問ですね。貴方こそ、魔神の戯言(ざれごと)を鵜呑みにするなど、耄碌するにはまだ早いのではなくて?」


 冷笑を浮かべ、カトライアは厳命する。


「話は以上です。貴方はこれまで通り、私の言葉を信じて代行の務めを果たせばよいのです。それでは、吉報を待っていますよ」



『お断りします』



 予想外の明確な拒絶の一言に、カトライアは数瞬程我が耳を疑った。


「……今、何て言ったのかしら? 私には『断る』と聞こえたのだけれど?」


『ご安心ください、姉上。貴方の聴覚機能は至って正常です』


 刹那、謁見の間の扉が勢いよく開き、大勢の武装した衛士が雪崩れ込むようにしてカトライアを取り囲んだ。


 この物々しい事態に、カトライアは取り乱しこそしないものの、目に見えて動揺した様子で唇を小刻みに戦慄(わなな)かせていた。


 彼女が非常に驚いているのは、何も自分が包囲されたことに対してではない。


「ど……どうして、貴方たちがここに……?」


 自身を取り囲む一団の中に、本来ならルクレクレイトにいるはずのファクトやジャスティーナ、フェイルの姿があったからだ。


 見る限り、他にも『剣の始終』所属の隊員は数名程含まれているようだが、それでも大多数が、この城に務める衛士たちで構成されているらしかった。


 今の今まで繋がっていたインカムの通信を切り、ファクトはどこまでも落ち着いた声音で種明かしをする。


「魔女殿のお力を借りて、夜中の内に聖都へ移動、城内に潜伏していたのです。過激派の制圧と時を同じくして、独裁者(貴方)から王家の方々を救出するために」


「な……」


 次いで、ジャスティーナが前に進み出る。


「聖女ララのたっての願いにより、女王陛下と王女殿下の身柄は本人の了承を得た上で既にわたしたちが保護しています。――母様。オベディエン家による歪んだ統治の時代は、もう終わりにしましょう」


「かつての政敵であるウィルクリフト家が、禍根を超え、オベディエン家と手を(たずさ)えることで、俺たちは旧き体制、偽りの歴史から脱却し、過去のしがらみを振り切って新しい未来を目指す。もう二度と、一部の特権階級の好きにはさせない」


 言いながら、フェイルは淀みない動きでカトライアに手錠をかけ、傍に控えていた衛士たちへと引き渡す。


「この女を大逆罪で連行しろ」


「はっ!」


「ええい、無礼者! 凡俗共が高貴な私に触れるな!」


 カトライアがヒステリックに喚き立てるものの、先のファクトとのやり取りを(じか)に聞いてしまった以上、彼女に温情をかける者は、ただの一人も存在しなかった。


 最後に、連れて行かれるカトライアの背に向かって、ファクトは深々と頭を下げる。


「長年、お勤めご苦労様でした、姉上。――ですが、貴方の役目はここまでです。次の時代を作るのは、我々のような旧世代の人間ではなく、ここにいる彼らのような、若い新世代であるべきだ」





 ファクトが頭を上げると同時、謁見の間の扉が粛々と閉じられる。カトライアの姿はその向こう側へと消え、既に見えなくなっていた。


(魔神が打開案を提示してくれたことで、若人たちの意見は一つにまとまった。彼らの下には魔神だけでなく、魔女や聖女も志を同じくして一堂に会している。彼らであれば、旧都や聖都の市民のみならず、滅び行く世界すらも、きっと救ってみせることだろう)


 誰にともなく、ファクトは胸中で独白する。


 程なく、遠くで発狂したような奇声が聞こえたような気がしたのは、おそらく空耳ではないのだろうとファクトは静かに瞑目した。

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