光明
「……どうしたんだろ、あの二人」
「ふぉっふぉっふぉ、若い男女には色々あったのじゃよ」
いつになく気が動転した様子で去って行ったフェイルたちをテッドが怪訝に思っていると、こちらはこちらで妙なキャラでよく分からないことを言い出すウィナ。
患者衣に身を包んだ一見元気そうな彼女に、テッドは気後れしつつ体調を気遣う。
「……身体は大丈夫?」
「いや、それはこっちのセリフだから」
ウィナはベッドからすっくと立ち上がると、その足でテッドに近付き、彼の身体のそこかしこをぺたぺたと触り出す。
「な、何?」
「……よかった。元のテッドのままだ」
ほっとしたようにそう言って、ウィナは太陽のような笑顔を咲かす。
一時は、もう二度と見られないかもしれないと覚悟すらしていた彼女の笑顔を再び見ることができて、感極まったテッドは思わず涙ぐんでしまう。
意識を失う直前、彼女は自分が魔獣化する瞬間を目撃したはずなのに、それでもなお、こうして変わらぬ態度で接してくれている。
そのさり気なさが、テッドの感情の昂りに更に拍車をかけていた。
「ううっ、ウィナ……」
「やだなー。何泣いてんのよ、もう」
ウィナはそんなテッドの頭をよしよしと優しく撫でると、さっきまでフェイルが座っていた椅子に彼を座らせてくれた。
自身もベッドの縁に腰を下ろすと、ウィナは腕を組んで眉根を寄せる。
「フェイルがセティに話してるのを寝たふりしながら聞いてたんだけど……何か、わたしの頭じゃ理解が追い付かないぐらい、とんでもなく大変なことになってるみたいね」
「……ごめん」
「何でテッドが謝るのよ。話を聞く限り、どっちかって言うとあなたは巻き込まれた側の被害者じゃない」
「でも! ……そうかもしれないけど、少なくとも僕がこの街に来てさえいなければ、今もゴードさんは……」
悔いるように下唇を噛むテッドの両頬を、ひんやりとした何かがそっと包み込む。
ウィナだ。
いつの間にかすぐ傍に来ていた彼女が、テッドの顔に両手を添えて、自分の方に向かせようとしていた。
ウィナはテッドの目を見て、一言一句、言い聞かせるように告げる。
「何度でも言うよ。悪いのはテッドじゃない。あのもじゃもじゃだから。それに、お父さんの仇はわたしがこの手で討った。はい、この話はもうそれで終わり。だからテッドは、何でもかんでも自分のせいだなんて思い詰めないこと。OK?」
「う、うん……」
正確には、ルドルフにとどめを刺したのは異形化したテッドなのだが、それをウィナが知る由もなく。テッド自身、おぼろげな記憶としてしか残っていない。
何にせよ、自分に対し隔意がないことを根気強く伝えてくれるウィナには本当に感謝しかなく、テッドはかなり救われた心持ちだった。
彼の不安定だった情緒が落ち着いたのを見て取ったように、ウィナはゆっくりとその手を離す。
「これから先のこともそう。テッドは真面目だから、すぐに自分を追い込んじゃうけど、根本的な話、誰かを犠牲にしないと成り立たない世界なんて間違ってるんだから。そんな不条理がまかり通るぐらいなら、いっそのことみんな仲良く滅んじゃえばいいんだよ」
「そ、それはそれで極端な気が……」
「そのぐらいの気持ちでいた方がいいって話。――さ。どうやらお迎えも来たみたいだし、この子たちのことはわたしが見てるから、あなたはもう行きなさい」
言われてテッドが部屋の入口の方を見遣ると、中の様子を窺うようにしてチェスカが顔の一部を覗かせていた。
テッドはチェスカに目で頷くと、すぐに立ち上がってウィナに礼を述べる。
「ありがとう、ウィナ。心配で様子を見に来たつもりが、逆に励まされちゃった」
「それはお互い様。多分、これからまた作戦なんだと思うけど、その前にこうしてお話できてよかった」
「だね。――それじゃ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
ウィナに見送られて救護室を後にしたテッドは、部屋の外で待っていたチェスカと並んで歩きながらブリーフィングルームを目指す。
「……その様子だと、特に深刻な蟠りはなかったみたいね」
「うん。ありがたいことに」
死者を除けば、今回の騒動で一番の被害に遭ったのは紛れもなくウィナだ。住む家や職だけでなく、たった一人の肉親までも喪った彼女には、どんなに恨まれても仕方ないとテッドは罵倒覚悟であの場に臨んでいた。
それが終わってみれば、罵倒なんて一つもないどころか労いの言葉までかけてもらって、ウィナにはただひたすら頭が下がる思いだった。
チェスカはチェスカで、あんなことがあった今も、ハークサムの孤児たちの面倒を一手に引き受けてくれているウィナに、深く恩義を感じているようだった。
「ウィナさんの優しさに報いるためにも、ヒューリックのド阿保にはきっちり落とし前を付けさせてやらないと」
「……うん、そうだね」
『――…ッド……テ……よ……』
「!?」
突如脳内に反響した身に覚えのある声に、テッドは思わず立ち止まって辺りをキョロキョロし出す。
急に足を止めたテッドをチェスカが訝しむ。
「どうしたの、テッド?」
「い、いや……幻聴かな? 今、魔神の声が聞こえたような気が……」
『幻聴ではない。我は確かに今、お前の心に直接語りかけている。我の声が聞こえるか?』
「……気のせいじゃなかったみたい」
引きつった笑みを浮かべると、テッドはテペノ・リペノとの念話に意識を傾ける。
(……まさか、現実でもあんたとこうして話せるようになるなんてね)
『曲がりなりにも我が覚醒し、お前の意識と邂逅を果たしたことで、結果的に互いの同調率が高まったのやもしれんな』
憶測で物を言うテペノ・リペノ。
『そんなことよりも朗報だ。お前が聖女と相争わぬ縁を紡いでくれたお陰で、上手く事が運べば道が拓けるやもしれん』
(? どういうこと?)
要領を得ない様子のテッドに、テペノ・リペノは心なし上機嫌に捲し立てる。
『察しが悪いな。世界を破壊せずに済むかもしれん、ということだよ』




