自分自身に胸を張れるような
「いつの日か、悪逆非道で厚顔無恥なオベディエン家に裁きの鉄槌を――そんな怨言が何世代にも渡って受け継がれ、それは俺も例外じゃなかった。……でも、一方で俺は、ある日ふと疑問に思った。子や孫に遺恨を残しておいて、当の本人たちは、これまで一体、何を成し得たというのだろうか、と」
さも馬鹿馬鹿しそうに、フェイルはフッと鼻で笑う。
「調べてみたら何てことはない……何もしてなかったよ。親父も、爺さんも、曾爺さんでさえも。家を再興しようとしたり、金や力を蓄えたり、仲間を募ったり……やろうと思えばやれることはいくらでもあったはずなのに、口を開けば恨み辛みを吐くばかりで。その癖、自分たちは普通に家庭を持ち、面倒事は全部次の世代に棚上げしてのうのうと生きてるんだから、ほんとどの口がそれを言うのかって話だよ」
「フェイル……」
投げ遣りな口調で自嘲するフェイルを見ていられない様子で、それでもジャスティーナは、彼の話に真摯に耳を傾けていた。
「こんな下らない思いをするのは、俺の代で最後にする――そう決めた俺は、実際に衛士隊に入って、その目で倒すべき相手を見極めようと考えた。で、入隊するにはルクレクレイト在住期間一年以上って資格要件があったから、14の時に単身この街に移り住んだってわけだ。堂々と、ウィルクリフトの名を名乗ってな」
「その頃のことはわたしもよく覚えてる。母の言い付けで養子に出されて、重傷を負った叔父さんの身の回りの世話をするためにルクレクレイトに来たばかりで……オベディエン家もよくお世話になってた『天使の建てた家』で、あなたは住み込みで働いてたのよね」
懐かしそうにジャスティーナが当時を振り返る。
「大型魔獣騒動の直後で色々大変だったけど、あなたやウィナと過ごしたあの一年は、本当に楽しかった。士官学校に通うためにわたしだけ聖都に戻らなくちゃいけなくなった時は、本気で辛くて毎晩泣き明かしたもの」
「思い出に浸るためにした話じゃないんだが……まあいいか」
ジャスティーナの純朴な反応に、完全に毒気を抜かれた様子でフェイルは小さく肩を竦めた。
「ちょいと話が脱線したが、そんなこんなで晴れて衛士隊入りを果たした俺は、間近で総隊長やお前と接し、聖都に振り回される二人を見ている内に、オベディエン家の全てが悪いわけではなく、お前のお袋さんを始めとした一部の権力に凝り固まった人間たちに非があるという実態を、身を以て知ることができた。後は如何にして悪しき旧体制を打破するか……そんなことを考えながら雌伏の時を過ごしていたわけだが」
一頻り話し終えたフェイルは、ジャスティーナの青い瞳をじっと覗き込む。
「今の話を踏まえた上で、改めてお前に聞く。セティ。お前は、本当はどうしたい?」
「…………わたしは」
フェイルの激白の甲斐あってか、これまでと打って変わった強い意志をその目に宿し、ジャスティーナは彼の問いかけに応じる。
「……わたしは、自分に、正直に生きたい。好き勝手にやるとか、そういう意味じゃなく……自らの信念の赴くままに、自分自身に胸を張れるような……そんな、生き方をしたい」
「……よかった。やっぱりお前は、俺が見込んだ通りの人間だったみたいだ」
それまでの厳しかった表情が一転していつもの気さくなそれに戻り、フェイルは心から安堵した様子で破顔する。
彼はジャスティーナに右手を差し出すと、
「真面目な話、終わることが決まってるこの世界で、俺たちに出来ることなんて何もないのかもしれないけど……それでも、最後は納得して散っていきたいよな」
「うん」
彼の手を取って頷いたジャスティーナが、不意にくすりと笑みを漏らす。
「……でも、フェイルは一つだけ勘違いしてると思う」
「は? 何だよ、それ」
心外とばかりに目を丸くするフェイルに、ジャスティーナは悪戯っぽく微笑むと、
「争いごとが苦手なわたしが、親の七光りだとか後ろ指を差されながらも衛士隊で頑張ってるのは……何よりそこに、あなたがいたから」
「へ?」
びっくりして素っ頓狂な声を漏らすフェイルに、ジャスティーナは熱の籠もった眼差しを彼に注ぐ。
「母に言われたからだけじゃない……あなたがいたから、わたしは今日まで頑張れたの」
「セティ……」
「……あのー。そろそろ起きてもよろしいでしょうかしら?」
「「うわあっ!?」」
出し抜けに聞こえてきた第三者の声に、フェイルとジャスティーナは手を繋いだままその場から飛び退く。
見ると、いつの間にか目を覚ましていたウィナが、ベッドの上で身を起こしながら、半眼になって二人を見ていた。
「ウィ、ウィナ!? いつから気付いてたの!?」
「えっと、確か……レディの寝顔がうんちゃらかんちゃらって辺り?」
「ほぼ最初からじゃねえか! さっさと言えよ!」
揃って顔を真っ赤にしている友人二人に、ウィナは生暖かい視線を送ると、
「まあ、その、何て言うか……末永くお幸せにね?」
「違うのよウィナ! ……って別に全然違わなくはないんだけど!」
「そ、そう! これは事故なんだ! 不幸中の幸いとかそういうヤツで……って俺は一体何言ってんだ!?」
錯乱する二人を前にウィナがにまにましていると、そこにテッドがやってきた。
「随分と騒がしいですけど、救護室では静かにした方がいいと思いますよ?」
「言われなくても!」
「分かってる!」
息ぴったりに声を張り上げて、ジャスティーナとフェイルの二人は脱兎の如く救護室から出て行った。




