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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
第三章 女神の箱庭、堕ちた魔神

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22/30

積年の呪い

 フェイルが救護室に顔を出すと、そこには移民の孤児たちを寝かしつけているジャスティーナの献身的な姿があった。


「なんだ、みんな寝ちまったのか」


「仕方ないわよ。慣れない土地に来たばかりなのに、あんなことがあったんだから……」


 最後の子どもに布団をかけてやると、ジャスティーナはフェイルに近付き、小声になって、


「……彼らはまだ、自分たちの親御さんがどうなったか、ちゃんとした説明を受けてない。本部(ここ)に保護されてからも、疲れて寝落ちるまで、ウィナを心配して付きっ切りだったし……」


「……大変なのは明日以降だな……」


 先が思いやられ、フェイルは憂鬱な気分でウィナのベッドの傍にあった椅子へと腰かける。


「……ウィナはまだ目が覚めないのか――って、あれ?」


 よく見ると、救助されたばかりの頃はひどい有り様だったウィナの髪が、人前に出ても問題ない形に綺麗に整えられていた。


 バラバラだった髪の長さを整える関係上、ベリーショートになってしまうのは致し方なかったのだろうが、これはこれでボーイッシュな魅力があり、個人的にはアリだなとフェイルは思った。


 ウィナの新たな魅力にフェイルが見()れていると、そんな彼の耳を、見かねたジャスティーナがぐいと引っ張る。


「こら。レディの寝顔をそんなにガン見するんじゃないの」


「いてて、わーったよ。分かったからそんなに強く引っ張るな」


 ジャスティーナの体罰から解放されたフェイルは、赤くなった耳を(さす)りながら、救護室(ここ)に来た本題であるさっきの話を彼女に語って聞かせた。


「……ほんの少し席を外してる間に、まさかそんなことになってたとはね」


 他の連中同様、呆れてものが言えない様子のジャスティーナに、フェイルは何気ない風を装って尋ねる。


「で、今の話を聞いて、お前はどうする?」


「どうって?」


(とぼ)けるなよ。お前のお袋さん(カトライア夫人)がこのことを知ったとて、あの偏屈の生き方がこれまでと劇的に変わるとは俺には到底思えない。大方、テッドとララさんに犠牲を強いた上で、従来の体制を維持するような裏工作を強引に進めることだろうよ。どっち道世界が滅ぶと分かった今となっちゃ、下手に運命に抗おうとするより、それを受け入れてこれまで通り残された時間を生きる方が、ずっと楽なわけだしな」


「……まあ、そうね」


 どこか諦観の(てい)で認めるジャスティーナに、フェイルは詰め寄る。


「お前はそれでいいのかって聞いてるんだ。これまで通り、母親に言われるがまま押し付けられた人生に黙って従う、そんな生き方で」


「…………」


 図星だからだろうか、ろくに抗弁もせず俯いてしまったジャスティーナに、フェイルはやれやれと嘆息すると、


「俺は嫌だね。……だから、これまで一子相伝で語り継いできた、先祖代々の悲願……セティ、それをお前に今から打ち明けようと思う」


「あなたの家の悲願? それが今、一体何の関係が……」


 唐突な話に困惑するジャスティーナに構うことなく、フェイルは淡々と告げる。


「何の関係、ね……それが、オベディエン家に対する、積もり積もった積年の呪いだからだよ」


「えっ!?」


 予想だにしていなかったであろう展開にジャスティーナが絶句する。


 無論、彼女が何も知る(よし)もないことはフェイルも重々承知していたので、特段驚きはなかった。


「その昔、魔神災害で壊滅する前のルクレクレイトには、互いに勢力を競い合う二つの名家が存在した。その片方が、お前たちオベディエン家であり、もう片方が、俺たちウィルクリフト家だ。そして、当時のウィルクリフト家の嫡子は、元は没落貴族の娘に過ぎなかった後の聖女ウイリアム――本当の名をウイリアム・ウィリアムスと、婚約関係にあったんだよ」


「嘘……そんな話、今まで一度も聞いたことがない……」


「そりゃそうだろうさ。ウィルクリフト家に(まつ)わる一切の記録は、時のオベディエン家によって抹消され、闇に葬られたんだから。それこそ今現在、俺がウィルクリフト姓を公然と名乗ったところで、誰も気に留めないぐらいにな」


 まるで世間話かのように軽く語るフェイルに対し、ジャスティーナはどういう顔をして接すればいいか分からないようであった。


「……あの時代に、一体何があったか……フェイル、あなたはそれを知っているの……?」


 ジャスティーナがようやっと紡ぎ出したその問いかけに、フェイルは重々しく首を縦に振る。


魔神(まがみ)が現界し、一夜にしてルクレクレイトが滅んだ日、オベディエン家は逸早く街を捨て、莫大な私財と共に遁走したんだ。一方、ウィルクリフト家は、最後まで市民の避難誘導に奔走し、彼らが街を脱出するまでの時間稼ぎに努め……そして、滅亡した。ただ一人、ウイリアムと共に、彼女の出生地である今の聖都の地に疎開していた嫡子を残して」


「なんてこと……」


 あたかも自分のことのように先祖の愚行を恥じ入るジャスティーナに、フェイルは目を細め、一瞬だけ優しげな微笑を浮かべると、


「後はまあ、最後まで語らずとも想像に(かた)くないだろ? やがてウイリアムは女神の神託を受けて聖女となり、艱難辛苦の果てに魔神の封印に成功。その裏で、十分な余力を残したまま生き永らえたオベディエン家は、聖女や政敵(ウィルクリフト家)がいなくなったのをいいことに、戦後世界を実効支配し始めた。傍系血縁に当たるウィリアムス家を傀儡王家として担ぎ上げ、陰で操ることで」


 ふうと吐息し、フェイルは遠い目をする。


「ウィルクリフト家のたった一人の生き残りで、聖女の元婚約者でもあった俺のご先祖は、オベディエン家にとって最後の邪魔者だった。だから彼らは、ルクレクレイトの復興に際し、ウィルクリフト家の痕跡を徹底的に排除していった。同時に、執拗に刺客を放ち、徹底的に追い詰め……そうやって命を狙われ続けたご先祖は、終いには己の死を偽装し、名と顔を変えて生きていかざるを得なくなったそうだ」


 そう昔語るフェイルの瞳はどこか虚ろで、他人事めいたニュアンスを含んでいた。

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