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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
第三章 女神の箱庭、堕ちた魔神

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19/30

全ての始まり

「今すぐ下を脱げ」


 成人の儀を終えたばかりのヒューリックに呼び出され、人気(ひとけ)のない場所に嫌々連れて来られたテッドは、開口一番彼に言われた突拍子もない命令に一も二もなく反発した。


「何で? やだよ」


「いいから黙って言うこと聞けよ。その方がお前のためになるから言ってんだ」


「意味が分かんないよ」


 ヒューリックが滅茶苦茶な理屈を振り(かざ)すのは今に始まったことではないが、その日の彼はいつにも増して理不尽で、度を越していた。


 初めは、手に入れたばかりの魔力を早速見せびらかされるか、最悪実験台にでもされるとかなんだろうなと高を括っていたテッドも、ヒューリックの両目に宿る並々ならぬ狂気に気付くと、流石に恐れをなして彼の前から逃げ出そうと試みる。


「……僕、もう行くから」


「待てよ。今更逃げられると思ってんのか?」


 自身は微動だにせず、代わりに魔力念動で隣を通り過ぎようとしたテッドを捕らえ、元居た場所に押し戻すヒューリック。


「あぐっ!?」


「何のために今日このタイミングを選んだか、ちったあ考えりゃ分かんだろ? ……ほんと、便利な力だよな、魔力って」


 テッドが逃げられないよう、また、大声を出せないように、魔力念動で彼の喉を押さえ付けながら、ヒューリックはテッドのズボンと下着を脱がし、剥ぎ取ったそれを近くの木の枝に引っかけた。


 これから一体どんな酷い目に遭わされるのか、歯をがたがた鳴らし戦々恐々とするテッドの鼻先に、ヒューリックは懐から取り出した何かをちらつかせる。


「これ、何だと思う?」


 それは、親指と人差し指で作った輪の中にすっぽり収まる程度の大きさをした、何かの果実のように思われた。


 金色(こんじき)の表皮の上に飴でコーティングしたような、それでいて妙に毒々しく生々しい見た目の謎の果実を手の平の上で弄びながら、ヒューリックは得意げに語る。


「こいつはな、少し前に魂樹から零れ落ちてきたのを偶然拾ったんだ。だが、お前も知っての通り、魂樹が実を付けるなんて話はこれまで一度も聞いた(ためし)がない。琥珀が採れるなんて話も聞かねえし、じゃあこいつは一体何だってなわけなんだが……まあ、そこら辺の事情は正直どうでもいい」


 そう言って、ヒューリックは謎の果実をテッドの顔に押し付ける。


「お前、こいつを食ってみろよ」


「ッ!?」


「俺が思うに、この実は魂樹に封印された魔神(まがみ)が長年かけてやっと拵えた、(くびき)から逃れるための反撃の萌芽じゃねえかと踏んでる。人の手に渡ろうが、動物が食っちまおうが、朽ちて自然に還ろうが、魔神にとっちゃ然程(さほど)問題じゃない。あくまで、自らを縛る魂樹のシステムから脱することが第一っていう、正に苦肉の策といった感じのな」


「……だ……だったら……!」


 テッドが何か言いかけたからか、ヒューリックはわずかだけ喉を絞める力を緩める。


 依然大きな声は出せなかったものの、テッドは息も絶え絶えに抗弁する。


「……そんな、怪しげで危なっかしいもの、早く、父さんたちに報告して引き渡さないと……!」


「……はあ。つくづく馬鹿だな、お前」


 ヒューリックはさも下らなそうにテッドを射竦める。


「……俺は、この代わり映えのしない退屈な毎日を、今すぐにでも変えたいんだよ。魔力っていう何でも出来る力を持ちながら、どうして俺ら魔人がこんな山奥のちっぽけな隠れ里で一生を過ごさなけりゃならない? どう考えたっておかしいだろ?」


「……それは、魔人も、魔力も、本来、この世界にあってはならないものだから……」


「ハン、女神だか聖女の教えはいい加減聞き飽きた。……俺たちゃ現にこうしてこの世界に生きている。その単純明快な事実こそが全てだ。今更誰にも俺たちの存在を、間違ってるの一言なんかで否定させやしない」


 いつになく熱弁を振るうと、ヒューリックはテッドの口を無理矢理こじ開けにかかる。


「そういうわけだから、テッド。お前にはこれから実験台になってもらう。こいつを摂取したお前の身に何が起こるのか、それとも、この寂れた禁足地に何らかの変調が訪れるのか、今から結果が楽しみだよ」


「な、何で僕が……! それこそ、自分の身体で確かめればいいだろ……!?」


「バッカお前、それじゃ何かトラブルがあった時に、俺が手も足も出せないだろ? いつの時代も賢い奴ってのはな、自らは観測者に徹し、他者を使って実利を得るもんなんだよ」


「そんな無茶苦茶な……!」


 必死に顔を背け、ヒューリックの横暴に抗うテッドだったが、抵抗も虚しく、遂に口内に件の果実をねじ込まれてしまう。


 そのままテッドの口を塞ぎ、顔を上向きにさせながら、ヒューリックは吼える。


「さあ! さっさと飲み込め!」


「〜〜〜〜ッ!!」



 ――ごくり。



 喉奥に触れた異物を身体が反射的に飲み下してしまい、涙目だったテッドの頭は一気に真っ白になり――





「うわあああッ!?」


 裏返った絶叫を上げて、テッドは自我を取り戻した。


「い、今のは……」


 異常に掻いた汗を拭い、乱れた呼吸や動悸を整えながら、テッドは当時を思い返す。


 どうして、今の今まで忘れていたのか。


 あれは、四年前に実際に起きた忌まわしい記憶、その断片に他ならない。


 あの後自分は、ショックのあまり糞尿を垂れ流しながら気を失い、しかも、その時の光景をヒューリックに魔力複写で撮られてしまったのだ。


(誰かにチクったら、このことをチェスカにバラすって脅されて……それで……)


 自分でも気付かない内に、この恐怖と屈辱の記憶を、忘却の彼方へと押しやっていたらしい。


 甦った過去を顧みる内にいくらか冷静になってきたテッドは、そこで改めて、現在自分が置かれている不可思議な状況へと思い至る。


 彼は今、自分以外何も存在しない無の空間に、ぽつねんと一人漂っていた。


「……ここは、何だ? 僕は確か、ウィナを助けようとして……」



『――ようやく対話が可能な状態となったようだな、滅びゆく世界の者よ』



 突として脳内に言葉が響き、テッドは周囲を警戒する。


「誰だ!?」


「誰だとはつれないな。我はずっと、お前と共に在ったというのに」


「な……」


 気付けば、テッドのすぐ傍に謎の光球が出現していた。今の声は、脳内に直接響くのではなく、この光球から発せられたもののようだ。


 光球は発声に合わせて明滅しながら言葉を紡ぐ。


「お前の疑問に一つずつ答えてやろう。まず、この領域は内宇宙(インナースペース)――要は、お前の内に広がる精神世界といったところだ。外の世界とは完全に隔絶された領域であり、独自の時が流れている。そして、今この場には、我とお前、二つの意識しか存在しない」


「は、はあ……」


 何が何やらちんぷんかんぷんだったが、とりあえずテッドは相槌を返しておいた。


「次に、我の正体だが……これについては、そろそろお前も察しが付いていたりするのではないか?」


「…………」


 別に、何か確証があるわけではない。


 ただ、今になって急に、ずっと目を背けてきた辛い記憶を思い出したことと言い、今の話の流れと言い、思い当たる節は、たった一つしか考えられない。


「……魔神、だっていうのか? 古の時代に、聖女によって封印された、あの……?」


「如何にも。またの名をテペノ・リペノという」


 魔神テペノ・リペノを自称した光球は、頷く代わりに上下にふよふよと揺れ動く。


 対するテッドは、意味不明な状況にただただ当惑していた。

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