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女神の箱庭、堕ちた魔神  作者: 女又心
第三章 女神の箱庭、堕ちた魔神

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18/30

混迷

 クーデターを起こしたその日の内にハークサムと魂樹を焼き払ったヒューリックは、焼き討ちに加わった過激派メンバーと共に結界が消失したばかりの迷いの森を抜け、今はルクレクレイトを見下ろす小高い丘の上に陣取っていた。


(里に残る腑抜けた老人共は全て排斥し葬り去った……後はルドルフたちが、移民なんて寝惚けたことを抜かす軟弱者連中(先遣隊)を始末し、ついでに偶然見つけたっていうテッドを連れ帰ってくりゃ、当初の目標の大半は概ね達成されたことになる……)


 向こう(穏健派)には目の上の瘤(チェスカ)が付いているとはいえ、所詮は多勢に無勢。同時多発的にテロを起こしてやれば、その全てに単独で対応することは困難だ。必ずどこかに不在の穴が生まれ、その綻びを上手く衝いてやりさえすれば、たとえ一騎当千の魔女といっても、裏を掻き出し抜くことは存外容易(たやす)い。


(何も正面からチェスカとぶつかり合う必要はない。仮にやるとしても、それはどこかに行っちまった魔神の魂を手に入れてからの話だ)


 とある理由から、その所在の鍵を握るのはテッドであると、ヒューリックは以前より目星を付けていた。


 とある理由……それは、彼とテッドのみが知る――下手をすれば、テッド自身も忘れている、あるいは、記憶の底に封じ込めているであろう――互いに他人には明かすことのできない、恥ずべき、後ろ暗い秘密に関連する。


(そう……考えてみりゃ、あの一件から何かが変わり始めたんだ……)


 生まれ故郷をこの手で滅ぼしたことからくる感傷なのか、ヒューリックが柄にもなく物思いに耽っていると、折しも彼の下に、ルクレクレイト襲撃を担当している実行班の連絡員から緊急報告が入ったという伝令が届く。


(……妙だな。もう結界の影響は受けないとルドルフに伝えておいたはずだが……)


 よもや、運悪くチェスカと鉢合わせて返り討ちにでもあったか?


 いずれにせよ、ルドルフの身に何かあったのだと察したヒューリックは、報告の内容を知って愕然とする。


「……ルドルフ班が全滅だと?」


 念写によって紙面にまとめられた報告書には、各班の戦績が事細かに記されていた。



 甲班:市街地北部で陽動担当 実働人数:三名 被害状況:中

 緒戦から一進一退の攻防が続く。このエリアには戦闘に長けた熟練の兵士が多く詰めている印象。途中、魔力を断ち斬る奇怪な剣技を扱う剣士が参戦したことで形勢不利に。一名が戦死、他一名が負傷したところで戦略的撤退を敢行。



 乙班:市街地東部で陽動担当 実働人数:三名 被害状況:大

 当初は順調な滑り出しを見せたものの、増援に駆け付けた二名の剣士の参戦に伴い戦況は一変、敗色濃厚となる。とりわけ、短髪の男性剣士の戦闘力が尋常ではなく、彼の手により二名が戦死、残りの一名も負傷し撤退を余儀なくされる。



 ルドルフ班:本隊 実働人数:五名 被害状況:全滅

 テッド・チェスカ両名が不在の合間に先遣隊が身を寄せるアジトの壊滅に成功、移民団を構成する大人たち十一名の処分も滞りなく完了するが、残る子どもたち八名については依然存命。遅れて現場に現れたテッドが謎の魔獣化を遂げるアクシデント発生。この魔獣の手にかかりルドルフは戦死。なお、魔獣化したテッドはその後、元の人間の姿に戻ったことを確認。状況証拠から、おそらく現場付近にいた民間人の女性が何かしら関与している可能性有り。他四名の同胞の内、二名はアジトの支配人と思われる男性と交戦の後戦死、残る二名は別行動中にチェスカと遭遇し、彼女によって石にされ行動不能に。石化の解除や移動は出来なかったため、回収を断念。



「…………」


 旧友(ルドルフ)や仲間の死を悼むセンチメンタリズムなどヒューリックは持ち合わせていない。


 彼の関心は、偏に報告書に記載されているたった二つの事柄に集約されていた。


「テッドの魔獣化と、それを解くのに関わったと目される女の存在、ね……」


 傍目から見ても、此度の襲撃は成功とは到底言い(がた)く、その戦果は惨憺たるものでしかなかったというのに、


「……くく……くはははは……いいねぇ。いよいよもって面白くなってきたじゃないか」


 ヒューリックは打ち震えながら、意味ありげに嗜虐的な笑みを浮かべていた。





 ハークサム過激派魔人の襲撃を辛くも退(しりぞ)けたルクレクレイト衛士隊『剣の始終』は、陽が沈んだ後も休む間もなく厳戒態勢に移行していた。


 衛士隊総動員で事後対応に当たっており、市民に余計な不安や動揺が広がらないよう最大限に配慮しながら活動に従事している隊員をそこかしこに散見する慌ただしい光景。


 最大の被害を出した『天使の建てた家』は現在封鎖され、持ち場となった隊員以外立ち入り禁止となっている。


 現場の生存者は、戦闘終了後漏れなく衛士隊本部に収容されていた。いまだ意識の戻らないウィナは、ジャスティーナと生き残りの孤児たちによって救護室で看病されており、同じく意識不明で渦中の存在となってしまったテッドは、ファクト、フェイル、チェスカ、ララといった関係者の環視の下、ブリーフィングルームに仮設した簡易ベッドで今も昏睡状態が続いていた。


「まさか、ここまでのことを仕出かすなんて……本当に、この街の方々には何とお詫びをすればよいか……」


 同胞たち(過激派)が引き起こした惨劇に、居た(たま)れない様子で塞ぎ込むチェスカに対し、ファクトは顔を上げるよう気遣う。


「いえ……遅かれ早かれ、こういった事態は訪れていたのだと思います。それほどまでに、彼ら(過激派)の動きは迅速かつ周到だった。あなた方(穏健派)の移民は、確かに彼らにきっかけを与えたかもしれませんが、たとえそれがなくとも、彼らはやがて決起し、手始めにこの街を戦火に包んでいたことでしょう」


「……ありがとうございます。そう言っていただけるだけで、大分心が救われます」


「それにしても……テッドが怪物に変身したって話、それ本当なのか?」


 半信半疑のフェイルに問われ、チェスカは遠慮がちに首肯する。


「はい……あの場にいた全員が、その凄まじい顛末を目の当たりにしています。紅の瞳と漆黒の翼を持つ鋼の魔獣と化したテッドが、ルドルフを……過激派の一味を、紙のように易々と引き裂く恐ろしい光景を……」


「マジかよ……それじゃまるで、()()()()魔神(まがみ)そのものじゃないか」


 瞠目しつつ、フェイルの鋭い視線は疑惑の人物へとすっと向けられる。


「……で、その異形化したテッドを元の姿に戻したってのが……ララさん、君だと?」


「はは……私としては、あのままテッドさんと心中する覚悟だったんですけどね……」


 ばつが悪そうにはにかみながら、ララはちろっと舌を出す。


 そんな彼女の顔を、ファクトはじっと凝視していた。


「……思い出したよ。ララ・()()()()()()――今から15年前、若干三歳にして姉上の不興を買い、幼くして王位継承権を剥奪され市井に身を落とした異端児。どこかで聞いた名だとは思ったが、そうか君が……」


 ファクトの直視から目を逸らすことなく、真顔になったララは彼の双眸を真っ直ぐに見つめ返す。


「……私を、聖都に突き出しますか?」


「いや、そんなことはしない。そんなことをしている余裕がない、と言った方が正しいな。ただ、訳は聞かせてほしい。今、このタイミングで君がルクレクレイト(ここ)にいる……それは、決して偶然などではないのだろう?」


 ファクトの穏やかな尋問に、ララは頷くと、


「……数日前のことです。何の前触れもなしに、私は女神の神託を授かりました。近い内に魔神が目覚める予兆がある。そして、復活した魔神を再び封じることができるのは私だけだと。総隊長(ファクト)さんには今更説明するまでもないと思いますが、このことがカトライア夫人に露見した場合、私自身がプロパガンダとして政治利用されるのみならず、現女王()次期女王()にもどんな累が及ぶか分かったものではありませんでした」


「確かにな」


 ファクトは一抹の疑義も挟むことなく同意を示し、一緒に話を聞いていたフェイルは、うんざりしたように肩を竦める。


「それで君は、誰にも相談することなく、人目を忍んで単身行動を開始したってわけか。人知れず、魔神を封印するために」


「その通りです。……ただ、女神は魔神が復活する具体的な日時や場所といった肝心な情報までは教えてくれませんでした。それで私は、ひとまず魂樹のあるハークサムを目指そうと思い、その足掛かりとしてルクレクレイトを訪ねたのですが……」


 そこで言葉を切ると、ララはテッドの安らかな寝顔を苦しげに見下ろす。


「……本当に、テッドさんが復活した魔神、なんでしょうか……?」


「「「…………」」」


 彼女の切なる問いに答えられる者は、その場に誰一人としていなかった。

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