強襲
ハークサムで何らかの変事が起きていると判断したテッドとチェスカは、直ちにファクトらのいる執務室へと急行していた。
「魔力による念話で現地の人間に確認を取ることはできないのですか? 我々がインカムを通じて行っているみたいに」
テッドたちから報告を受けたファクトの素朴な疑問に、しかしチェスカは小さく頭を振る。
「生憎、結界越しに念話でやり取りすることは出来ないんです。元来、ハークサムの魔人が外界に干渉すること自体、禁忌とされていたこともありますし……。あらかじめ結界のすぐ外に連絡員を用意していれば、その者を介して言伝をすることも可能でしょうが、何分今回のわたしたちの移民は秘密裏のものなので……」
「そう都合よく物事は運んでくれないか……」
微妙に残念そうにファクトが落胆する。他にも何か、ハークサムにいる人間と連絡を取りたい理由があったのかもしれない。
「くそったれめ。ますます飯とか言ってられなくなってきたな」
「そうね。こうも早く事態が急転するなんて……。有事に備えて、こちらも早いところ防備を固めておいた方がいいのかもしれない」
フェイルとジャスティーナが口々に所感を述べた矢先、緊急事態を告げる警報が、室内及び各自のインカムに、けたたましく鳴り響いた。
『北門警備隊より本部へ! 現在、謎の武装集団による襲撃が発生! 劣勢ゆえ救援求む!』
『東門警備隊より本部へ! 異能を使う未知の一団から攻撃を受けている! 応援を請う!』
切迫した様子の支援要請に加え、とある場所からの緊急通報にテッドは耳目を疑う。
「『天使の建てた家』からだって……!?」
あそこには引退した身とはいえ、元衛士のゴードがいる。下手な場所よりも安全なあの店からヘルプコールが入るなど、ただ事ではなかった。
チェスカとファクトが目を見合わせる。
「もしかしなくても、これは……」
「ええ。例の連中の動きは、あなたや我々が思っていたよりも余程性急だったみたいだ」
情報共有を限定していたことが完全に裏目に出る形となり歯噛みするファクト。
一方で、彼の頭の切り替えは誰よりも早かった。
「……ピンポイントで『天使の建てた家』を狙ってきた以上、あなた方移民団は早い段階で敵に尾行られていた可能性が非常に高い。パナップさん、あなたはレイナルクと一緒に急ぎ店に向かってください。皆さんの安否が心配です。他の場所の対処は私たちだけで何とかします」
そう言って、ファクトはフェイルとジャスティーナに指令を与える。
「セティはウィルクリフトと共に至急東門の救援に向かってくれ。あの隊は経験の浅い若手の比率が高い。機剣の使い手はなるべく多い方がいいはずだ」
「それは構いませんが、北門の方はどうするんです? あっちにも機剣士の助っ人は必要でしょう?」
「! まさか叔父さん……」
何かに気付いた様子のジャスティーナにファクトは首肯する。
「ああ。私が試作型機剣で敵を迎え撃つ」
「そんな無茶よ! 怪我が理由で現場を退いたっていうのに! 第一、総隊長自ら最前線に出て戦うなんて!」
「四の五の言っていられる状況ではなさそうだからな。それに、北門の部隊は魔獣戦に長けたベテラン揃いだ。今の私程度のアシストでも、彼らなら十分に持ちこたえてくれるはず」
「でも……」
まだ何か言いたそうなジャスティーナを振り切り、ファクトはその場にいるメンバーに号令を、続け様に館内放送で全部隊に防衛出動を発令する。
「時間が惜しい。各自今すぐ持ち場に着け! 各員の健闘を祈る! ――総員、第一種戦闘配置! 市民には避難指示を――」
※
ルクレクレイト全体に耳慣れない不吉な警報が響き渡る中、衛士隊本部を飛び出したテッドとチェスカは、一路『天使の建てた家』がある南側の市街地を目指していた。
「テッド、掴まって! 最短ルートで飛んでいく!」
「分かった!」
走りながら差し伸べてきたチェスカの手をテッドが握ると、二人の身体は直に中空へと舞い上がり、そのまま見る見る飛行速度を上げていく。
何が起きているのか分からず逃げ惑う市民の頭上を猛スピードで滑空していると、大通りの向こうから見知った顔が、後方を気にしつつ必死に駆けてくる姿が目に入った。
「あれはララさん!? それに、後ろから追ってくるのは……」
「十中八九、過激派の魔人ね。里でヒューリックたちと一緒にいるのを何度か目にしたことがある」
チェスカは苦々しげに舌打ちすると、急降下してララと追手二人の間に下り立った。
「ララさん、無事!?」
突然空から舞い降りてきたテッドたちに、ララは足を止めて彼らを振り返る。
「テッドさん! お店が、この人たちに襲われて……でも、咄嗟にウィナさんが逃がしてくれて、それで……!」
一方、追手の魔人二人は、追跡を妨害してきたチェスカたちに対し、あからさまに敵意を剥き出しにしてくる。
「チェスカ・パナップ……! この裏切り者が……!」
「類い稀なる魔力の才を有しながら、我らの志を理解せぬ不届きものめ!」
「……あなたたち、借りてきた言葉で偉そうに大口叩くの、かなりダサいよ」
チェスカはげんなりしたように深々とため息を吐くと、薄目でテッドを一瞥する。
「こいつらはわたしに任せて、テッドは先に行って」
「え? いやでも……」
チェスカを一人残していくことに逡巡を見せるテッドに、当の本人は嫣然と唇に弧を描かせる。
「大丈夫。こんな有象無象にやられるほど、わたしは柔じゃない。すぐに方を付けて追い付くから心配しないで」
「……分かった。でも、くれぐれも気を付けて」
そう言って駆け出したテッドを見送りつつ、チェスカは後方のララに声をかける。
「あなたはわたしの傍を離れないように。いいわね?」
「は、はい……!」
無論、これらの言動を黙って見過ごす魔人たちではなく、
「逃がすかよッ!」
「なめくさりやがって……いくらお前でも、俺たち二人を同時に相手して生きて帰れると思わないことだな!」
「それはこっちのセリフだよ」
片や先行したテッドを追いかけようと、片やチェスカに対し魔力攻撃を仕掛けようとした各々の魔人の動きがぴたりと止まる。
チェスカの発する怒気が魔力を伴い、目に見えない拘束具と化して二人を金縛りにしているためだ。
「そ、そんな馬鹿な……!?」
「まさかこれ程とは……!?」
圧倒的な力の差に、遅まきながら戦慄する二人の魔人。
震え上がる彼らに、チェスカは訥々と静かな怒りをぶちまける。
「この街の人は、得体の知れないわたしたちハークサムの民の受け入れに、最大限の誠意を見せてくれていた。これはテッドが、ハークサムを離れてからの三年間、たった一人で築き上げてきた信頼があったからこその、互いが歩み寄る千載一遇の好機だったのに……。それを、お前たちは……!」
見下げ果てるような冷酷な黒瞳で、チェスカは思慮浅薄な同胞たちを射竦める。
すると、彼らの身体に如実な変化が表れ始めた。
「か、身体が……!?」
「石に……!?」
全身の至る所から硬質化していく魔人二人に、チェスカは絶望的な未来を宣告する。
「生きて帰れると思うな、だっけ? 冗談は休み休み言いなよ。今は時間がないからここに捨て置くけど、あなたたちにはいずれ、生まれてきたことを必ず後悔させてあげるから」
「「…………!!」」
最早声を上げることも敵わず、怨嗟の形相を浮かべた石像へと成り果てる二体の魔人。
人が生きたまま無機物に変貌を遂げるおぞましい光景を間近で目の当たりにしたララは、気分が悪そうに青ざめながらチェスカに尋ねる。
「……この人たち、どうなっちゃったんですか?」
「魔力を封じた上で暫定的に石化しておいただけ。とはいえ、意識は今も残ってるから、このままここに放置するだけでも永遠に生き地獄を味わう羽目になると思うけど」
つまり、これからの戦いでチェスカが死のうが生き延びようが、彼らには変わらず過酷な現実が待ち受けている、というわけだ。
今の話を聞いてすっかり怯え切ってしまった様子のララに、チェスカは優しく微笑みかけ、すっと手を差し出す。
「逃げてきたばかりで大変申し訳ないけど、あなたも一緒に来てもらえる? 現状多分、わたしの傍がこの街で一番安全だと思うから」
「わ、分かりました……」
ララは今にも泣き出しそうな表情を浮かべながらチェスカの手を取った。




