破壊衝動
『天使の建てた家』に辿り着いたテッドが目にしたのは、あまりに救いのない、惨たらしい殺戮現場だった。
見慣れたはずの店内には血腥い臭気が立ち込め、かつて人だったものたちが哀れな骸を無残に晒している。
そして、何よりも。
「…………ゴード、さん…………」
上に続く階段付近の壁に、白目を剥いて、血塗れで磔になっている恩人の痛ましい姿に、テッドの胸は狂おしいまでに張り裂けそうになる。
ゴードの亡骸は、左腕の肘から先が切断されていた。そして、切り離された左手が柄を握ったままの試作型機剣を、心の臓に突き立てられた状態だった。
おそらく死の間際まで、襲撃者に対し徹底抗戦を貫いたのだろう。
「くっ……」
今すぐ泣き叫びたい激情を堪え、苦渋に満ちた面持ちでゴードの目蓋を閉じてやると、テッドは逸る気持ちを抑えつつ上の階を目指す。
階下には、ウィナや子どもたちの死体が見当たらなかったからだ。
(ウィナは……ウィナは、無事なのか……!?)
チェスカには口が裂けても言えないが、正直今のテッドに面識の浅い同郷の子どもたちのことまで考える余裕など微塵もなかった。
ただ一念、ウィナの、あの太陽のように眩しく心が温かくなるような笑顔が失われることへの恐怖や焦りだけが、彼の闘争本能をひたすら突き動かしていた。
二階、三階と手早く順繰りに全部屋チェックしていくが、いずれも蛻の殻で争った形跡はほとんど見受けられず。
(……もしや、うまいこと逃げ果せたのか?)
そんな楽観的な願望を抱いたのも束の間、
「お姉ちゃん、頑張って!」
「負けないで!」
更に上の方から、子どもたちの悲痛な声援や、何かが激しく動く物音が、壁や天井を通してかすかに聞こえてきた。
「そうか、屋上の……!」
普段洗濯物を干すのに使っている屋外スペースの一角に、災害時用の避難梯子が備え付けられていたことをテッドは思い出す。
息を吹き返したように生気を漲らせ、テッドは通路の奥、外階段へと続く扉を勢いよく開け放つ。
(さっきの声……ウィナはまだ生きてる!)
しかも聞こえた感じだと、どういうわけか彼女は襲撃者の魔人と交戦中らしい。
(何であれ、ウィナは絶対に死なせはしない……!)
テッドは一足飛びに階段を駆け上がり、暮れなずむ空の下の最上階へと躍り出た。
「ウィナッ!!」
一秒足らずの寸刻で、即座に状況把握に努める。
子どもたちは八名全員無事を確認。どうやら破壊されたと思しき避難梯子の傍で、固唾を呑みながら魔人とウィナの戦いの帰趨を見守っている。
そんな子どもたちを背に庇う形でウィナは魔人と相対しているようなのだが、その姿は魔人の陰に隠れてしまっており、ここからではよく見えない。
他方、テッドの声に反応して半身を向けてきた敵対魔人のにやけ面は、里を出て三年経った今も、否でも覚えていた。
「ルドルフ・ランドルフ……!」
「よお、テッド。めっちゃ久しぶりー」
軽薄な笑みを寄越してきたルドルフは、嫌に興奮した様子で嬉々と話しかけてくる。
「それよかお前、この姉ちゃんすげぇんだぜ? 傷物にしたくなかったから多少手加減してるとはいえ、俺の繰り出す魔力攻撃をどれも紙一重でギリギリ凌ぎ切りやがる。どう見たって戦闘員なんかじゃなさそうなのによ」
「……?」
ルドルフが半身をずらしたことで、その奥にいるウィナの全貌が露わとなり――
「ッ!?」
そのあまりの惨状に、テッドは二の句を継ぐことができなかった。
長くて綺麗だったプラチナブロンドの髪は、統一性もなくざんばらに切り刻まれ。
ズタズタに切り裂かれた衣類は最早用を成しておらず、ほぼ裸同然のあられもない姿態を衆目に晒している。
ルドルフの言葉通り、致命傷こそ負っていなかったものの、奴がこれまで散々ウィナを甚振り弄んできたことは、火を見るよりも明らかだった。
それでも決して戦意を失うことなく、試作型機剣を握り締めて次なる一手を待ち構えるウィナの凛とした佇まいは、まるで戦場に降り立った聖母をテッドに連想させた。
※
そんな、愛おしくも尊い、大切な存在を。
取るに足らない、浅ましい欲望で汚されたことが、果たしてきっかけとなったのだろうか。
テッドの中に潜んでいた、禍々しい、何かが。
一瞬にして、彼の理性を、黒一色の破壊衝動で染め上げた――




