押し寄せる悪意
「よっし、でけたっと♪」
テッドに依頼された五人分の軽食セットを作り上げ、持ち運び用に小綺麗な布で包装し終えたウィナは、手の甲で額を拭いながら、満足そうに端正な顔を綻ばせる。
「それじゃお父さん、何人か連れて衛士隊本部まで配達に行ってくるね。届けた後は市場も一通り見て回ってくるから、戻りは少し遅くなるかも」
「ああ、気を付けてな」
料理の下拵えをしながらのゴードの返事を背に受け、ウィナは用意した荷物を手に店の出入口へと向かおうとした。
と、そこに、来客を告げる青銅のドアベルが耳に心地よい音色を奏で、外から数名の男がぞろぞろと店内に入ってくる。
「あれ? 準備中の札、かけておいたと思ったんだけど……。――すみませーん、今日のランチタイムは臨時休業なんですー」
ウィナが営業スマイルを浮かべて応対に出たところ、彼女と同行すべく後ろに付いていた移民の男性の一人が、ひっと引きつった表情を浮かべる。
「ル、ルドルフ……! どうしてお前たちがここに……!?」
「あーっと……もしかして、後から遅れてきたお知り合いさん?」
ウィナが笑顔のまま件の移民男性に尋ねると、彼はぶんぶんと何度も首を横に振り、
「ち、違う! こいつらは……!」
「そーそ。意地や誇りを捨てたそいつら負け犬と、俺ら憂国の士を一緒くたにはしてほしくないなぁ」
闖入者の一人――茶髪の天パーに、人を小馬鹿にしたような碧眼を持つ青年が、へらへらした態度で一歩前に進み出た。
彼はおもむろに右手を上げ、人差し指をちょいと前方に差し向ける。
そして。
「ばぁん♪」
青年の指先がピカッと光った次の瞬間、ウィナの背後で、何か重い物がごとりと落ちるような、そんな鈍い音が聞こえた。
「…………え?」
振り返って見てみると、そこには首から上のない男性の身体が棒立ちになっていた。
首の切断面は綺麗に焼かれており、血が噴き出す様子は一切見られない。
その足元には、驚愕に歪んだまま硬直している男性の生首が、まだ生前の生々しさを残したまま、無造作に転がっていた。
「…………はっ…………はあっ……!」
目の前の現実に認識が追い付かない。
ただ、少しずつ状況を理解していく中で、悪寒や震え、動悸といった、恐怖に起因する諸々の現象が止め処なく押し寄せてきて、ウィナは無意識に、過呼吸じみた荒い息をついていた。
「あっは馬鹿だねぇ! 魔力さえ封じてなけりゃ、今の不意打ちだってちゃあんと防げたかもしんないのにー」
何がおかしいのか、男性に手を下したと思しき茶髪の男は、さも愉快そうに哄笑を上げながら、後ろの仲間たちに指示を出していく。
「お前とお前、奥の連中を始末しろ。で、お前とお前は上の階ね。ガキ共は多分そっちだ。全員皆殺しよろしくぅ。――あ、外の連中にGOサイン出すのも忘れんなよ?」
「ルドルフさんはどうするんで?」
店内が一変して狂騒に包まれる中、上階担当を言い渡された仲間の一人が動きがけに問う。
ルドルフと呼ばれた天パー男は、立ち尽くすウィナを舐めまわすように上から下へ視線を這わすと、嫌らしく舌舐めずりをする。
「……せっかくの上玉だ。あの腰抜け野郎の関係者だし、漏れなく粛清対象なんだろうが……少しぐらい、楽しませてもらったって罰は――」
「い、いやッ!」
絹を裂くような悲鳴が聞こえたかと思うと、少しして、先に上階に向かっていた仲間のもう一人が、嫌がる誰かを無理矢理引っ張って階下に下りてきた。
「ルドルフさん! 知らねえ女が上からこっちを覗いてました。ここの客か何かですかね?」
「ララさん!?」
それまで茫然自失としていたウィナは、乱暴に連れて来られたララの姿が目に入るなり、我を忘れて彼女を拘束している相手に体当たりをぶちかました。
「ぐあッ!?」
「きゃっ!?」
虚を衝かれた不埒者は派手に吹き飛び、その弾みで拘束から逃れたララは店の出入口付近に転倒する。
透かさず、ウィナは叫んだ。
「逃げて、早くッ!」
「ッ!?」
ウィナの叱咤を受けたララは、転ぶように店の外に飛び出すと、弾かれたように往来を駆け出していく。
一方、ウィナに突き飛ばされた男は、苛立ちを露わにしてウィナに手をかけようとする。
「このアマ……!」
「いい。ここは俺に任せろ。それよりも、お前らはさっさとあの女を追え」
頭に血が上った様子の仲間にルドルフが睨みを利かす。
「絶対に逃がすなよ。もし万が一、あの女がテッドと親しい間柄だった場合……次に飛ぶのはお前らの首だからな?」
「わ、分かってますよ」
脅しつけられた元上階担当の二人は、慌ててララを追いかけて行った。
「……はあ、しゃあねぇな。ガキ共は俺が直々に片付けるしかないか」
面倒くさそうに吐き捨て、ルドルフは笑っていない緑の双眸でウィナを見下ろす。
「……可愛い顔して、ちょおっとおイタが過ぎるんじゃありませんかね、お姉さん?」
「あなたたち、ハークサムの……テッドの、知り合いじゃないの? どうして、こんな酷いことを……」
「知り合いですよ。チェスカと同じ、しがない幼馴染みの一人っす」
「だったら、何でッ!?」
絶叫に近いウィナの痛切な問いに、ルドルフは煩わしそうに顔を顰めると、
「や、別に、俺にとっちゃどうでもいいことなんですけどね……魔神よりもおっかなぁいうちの大将が、昔っからテッドのヤツにご執心なんですよ。……あ、違うな。正しくは、チェスカにぞっこんで、テッドはそのとばっちりを受けてるってのが妥当か。――ま、細かいことはいいんです」
心底興味なさそうにその話を打ち切ると、ルドルフは座り込むウィナに右手をかざす。
「俺は、安全な場所で弱い者いじめが出来りゃあ、それでいい。――とまあ、そういうわけなんで、お姉さん。今からちょいと裸にひん剥いてあげますので、そのままじっと動かないでくださいね。妙な真似して、身体の一部がどっかちょん切れても知らないですよ」
「……ッ!!」
これから襲い来るであろう羞恥と屈辱の展開にウィナが身を固くした、その時。
「――娘から離れろ、この下郎がッ!!」
勇ましい怒号が轟くと共に、鋭い斬撃がルドルフのいた場所を豪快に薙いだ。当の本人は瞬時に飛び退って、その一撃を難なく回避している。
目の前に現れた頼もしい背中に、ウィナは歓喜の声を上げた。
「お父さん……!」
「無事か、ウィナ……!」
ゴードは左手に持った刀剣を油断なくルドルフに対し構えながら、右手に携えたもう一振りの刀剣を、後ろ手でウィナに渡してくる。
「これ、お母さんの形見の……」
確か、両親が現役時代に試験運用した試作型の機剣だ。ファクトの厚意で二基がグローディア家に寄贈されており、片方がゴードの引退時に、もう片方がアンナの殉職時に、それぞれ譲渡されていた。母が生前の頃、ウィナも何度か使い方のレクチャーを受けたことがある。
よく見ると、ゴードが今手にしているのも、その試作型機剣の一基であった。
ゴードはルドルフから目を離すことなく、手短にこの後の指針を示す。
「……それを持って、上の子どもたちと一緒に衛士隊本部まで逃げなさい。残念だが、あの子らの親御さんたちは、もう手遅れだった」
「そんな……」
衝撃の事実にウィナは唖然とする。ちらりとフロアに目を向けると、複数の凄惨な死体がそこかしこを血で彩っていた。
(……この短時間で、十人もいた大人が為す術もなくやられちゃったっていうの? たった二人相手に?)
フロアの異変に気付いたゴードが仕舞っていた試作型機剣を引っ張り出して迎撃に移るまで、おそらくものの十数秒とかかっていないはずなのに。
かつて、古の時代に魔人が忌み嫌われ恐れられた理由の片鱗を、ウィナは少しだけ垣間見たような気がした。
ゴードの乱入により、フロアに向かわせた仲間二人の敗死を悟ったルドルフは、わざとらしく目を丸くして、ぱちぱちと大仰に手を叩く。
「おー、中々やるじゃんおっさん。それに、どうも面白い玩具を持ってるみたいだし」
酷薄な笑みを浮かべていたルドルフの表情が、すっと真剣味を帯びる。
「……困るんだよな。どいつもこいつも余計な邪魔しくさって。ロートルは大人しく引っ込んでろよ!」
「行け、ウィナ! 俺もそう長くは持たないッ!」
「ッ!? うう……ああああッ!!」
父が捨て身の覚悟で時間稼ぎの消耗戦に挑んでいると気付き、ウィナは挫けそうな心に鞭打って、慟哭しながら階段を駆け上がる。
(お父さん……お父さん……お父さん……お父さん……ッ!!)
どうして……どうして、こんなことになってしまったのだろう。
最後の別れを惜しむ間もなく、階下では死闘の幕が切って落とされていた。




