エピローグ
時は晩秋。
正に人肌恋しい季節になっていた。
あの取材旅行から早3ヶ月。
淡白だった俺達の間に変化が生まれた。
ヤツが俺の部屋に泊りに来るようになったのだ。
だったら、同じ部屋にベッドを置けばいいと思うんだけど、執筆活動の為に自分の部屋には俺を入れたくないらしい。
結果、ヤツは寝る時だけ俺の部屋にノコノコやってきては、狭いシングルベッドに侵入してくる。
いくら小柄な俺達でも、いい大人がシングルベッドで二人って、大昔流行ったラブソングか!
そうは言っても、冷え冷えしてきたこの季節に、ヤツの温かい体が潜り込んでくるのは、それなりにありがたい事だった。
ただ、一つ困った事があった。
ヤツが寝る時間にやってくるお陰で、ケータイで『小説家になろう』を読む時間がなくなってしまったのだ。
この3ヶ月、ヤツがどんな小説を書いてるのか全然分からないし、当然、感想も書いていない。
それなりに高いモチベーションを持って執筆を続けてる様子を見ると、俺以外にも感想を書いてくれるファンができたのかもしれない。
結局のところ、ヤツの正体が『美波マリリン先生』だったのかどうかは分からず終いだ。
聞くわけにもいかないので、確認も取りようがない。
だけど、俺の中で、もう前みたいにムチャクチャにヤツの小説を覗き見したいという欲求はなくなっていた。
今まで何を考えてんのか分からなかったヤツの深層心理。
恥を偲んで言えば、俺は単に、好きな女の子が何を考えてるのか、知りたかったんだと思う。
あの取材旅行の日、ヤツは全てを俺にさらけ出してくれた。
今まで天然ボケの脳天気なバカ女だと思っていた妻は、実はすごく繊細で、いつも愛してやらないと消えてしまう小さな女の子だった。
俺の事なんか気にも留めずに足蹴にされていたと思ってたのが、実は、いまだにヤツは俺にベタ惚れで、極度の恥ずかしがりだった事も・・・。
(名誉の為に言っておくと、俺のエッチはつまらないという訳ではないらしい)
10年以上も付き合っておいて今更だけど、今回初めて、ヤツと腹を割って話し合った気がする。
俺はそれが嬉しくって、何というか、満足してしまったんだろう。
最初から、覗き見した小説に匿名で励ましのメールを送るより、一言「好きだ」って言ってやればよかったんだ。
つくづく単純な男だ、と自分がイヤになるけど、あの日から妻の笑顔が綺麗になったのを見ると、もう結果オーライで他の事はどうでもいい気がした。
ヤツは『俺に惚れられている』という自信と、『小説を書く』という趣味と、『直木賞を取って東京に行く』という夢を持つことができてから(これだけは回し蹴りしてやりたいが)少し変わった。
好きな事を頑張ってる時って、人は輝いてるもんだ。
「ねえ、もう寝た?」
温かくなってきた布団でまどろみかけた頃、妻の冷たい足がモゾモゾと入ってきた。
風呂上りの、まだ湿った髪が俺の顔にふわりとかかる。
石鹸の香りがする妻の腰を捕まえて、布団の中で抱き締めた。
「・・・起きてるよ。まだ書いてたの?」
「そうなの。ねえ、聞いて!あたしの書いてる連載小説のお気に入り登録が100人超えたのよ!」
「へえ・・・すごいじゃん。どんな話?」
「えへへ・・・実はね。泣き虫な女の子と南クンがモデルのツンデレ恋人のラブストーリーなの!」
それを聞いて、俺は思わず吹き出した。
間違いなく『四六時中傍にいて』だ。
まだ終わってねーのか、あの小説。
あれから3ヶ月経った今でも連載中とは、どんだけ長いんだ!?
『サザエさん』を超えそうな日常の繰り返しになっているか、『こち亀』を超えそうなモブキャラが毎回登場しているに違いない。
ん?
と、いうことは・・・?
やっぱりこいつが『美波マリリン先生』だったんだ。
ヤバイ、ヤバイ。
危うくファンになるとこだったぜ・・・。
俺の思惑などお構いなしに、ヤツはハイテンションでペラペラ話し続ける。
「本当は愛し合ってる二人がなかなか素直になれないのがせつないんだって、感想もらっちゃったの。やっぱりラブストーリーは王道だよね~。女の子は歯痒い恋が好きなのよ」
「・・・ああ、そう。そりゃ、良かったな。俺も読んでみたいもんだ」
「ホント?いいよ、読んでも。南クンも読んで感想書いてよ!ついでにポイントも入れて?」
「ああ、いいよ・・・・・・って、な、何ィィィ!?」
妻の口から出たまさかの一言に、俺は思わずガバっと起き上がった。
見てもいいだと!?
今更、それはねーだろ!
人 がどんだけ必死に隠蔽工作していたか、分かって言ってんのか!?
「ちょ、ちょっと待てよ!あんたさ、最初、読んだら離婚だって言ってなかったっけ!?」
「えー?それは書き始めたチョー最初の頃じゃない?今は自分の作品に自信があるし、出版されたら、どうせ日本中の人に読まれちゃうんだから、別に南クンに見られても構わないよ。寧ろ、男性から読んだらどうなのか、感想聞きたいもん」
いけしゃあしゃあとのたまう天然女を、俺は呆然と見つめて溜息をついた。
だったら早く言ってくれよ・・・。
俺が何のために伊良湖まで行ったと思っている・・・?
その時、俺はあの取材旅行のミッションがまだ遂行されていない事を、突如思い出した。
これは軽~く復讐してやらねば・・・!
俺は妻をグイっと抱き寄せ、耳に口を寄せて囁いた。
「よし!じゃ、100人突破のお祝いだ。今日はあんたにいいことさせてやるよ」
「えー?なになに?」
「俺を縛って好きなようにしろよ。お前の気の済むまで貸切にしてやる!」
「あ・・・・・・・!?」
硬直したままパクパクしている口をキスで塞いでから、俺は笑いながらヤツをベッドに押し倒した。
Fin.
今までお付き合いありがとうございました。
妻の小説をこっそり盗み読んでるそこのあなた!
あなたですよ、あなた!
感想くらい残していって~!




