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最恐心霊スポットで運気上げるな!〜致死量の呪いをマイナスイオンと勘違いする限界陽キャと、彼女を手放せない東大卒女子〜  作者: あめたす


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第35話:「アタシのダチに勝手に触んじゃねえ!!」

第35話:「アタシのダチに勝手に触んじゃねえ!!」


 赤黒く染まった空の下、土着神・マガツヒの形成した巨大な泥と錆の腕が、倉田涼音の頭上へとゆっくりと振り下ろされていく。

 涼音は、自分の右足の先から、世界との物理的な接続が途切れていくのを感じていた。

 パンプスの感覚がない。冷え切った玉砂利の感触もない。

 極度の低血圧と、限界を超えた疲労が引き起こす、末梢神経の完全なシャットダウン。視界が急速にホワイトアウトしていく中で、涼音は自身の鼓動が、これ以上ないほど静かに、ゆっくりとフェードアウトしていくのをただ見つめていた。


 ——ああ、私のバイタルサインが、完全に停止する。

 チタンフレームの眼鏡の奥で、涼音は静かに目を閉じた。

 圧倒的な質量を持った泥の腕が、涼音の身体を物理的に圧殺しようと迫る、そのコンマ一秒前。


 ドゴォォォォォォンッ!!!


 神の領域である境内の玉砂利が、爆薬を仕掛けられたようにすり鉢状に吹き飛んだ。

 望月夏帆だった。

 ナイキ・ショックスのスプリングが、過去にないほどの異常な圧縮音(悲鳴)を上げ、夏帆の身体を斜め上空へと大砲のように射出したのだ。

 夏帆の網膜には、人間の死を司る土着神の威厳など、一ミリも映っていない。


「アタシのダチに勝手に触んじゃねえ!!」


 夏帆の咆哮が、真空のような空間の空気を叩き割った。

 夏帆は空中で強靭な体幹を捻り、右手に握りしめた『HELL/AVEN』の公式ペンライトを、涼音を押し潰そうとしていたマガツヒの巨大な泥の腕に向かって、フルスイングで叩きつけた。


 バァァァァァンッ!!


 鈍器のようなプラスチックと、ブラッドオレンジの極彩色の光が、数トンの質量を持つ泥の腕と正面から激突する。

 物理法則を完全に無視した衝撃波。夏帆の広背筋から生み出された暴力的な運動エネルギーが、神の腕を文字通り弾き飛ばし、泥の雨となって周囲に散乱させた。


『……狂ウタカ、生者ヨ……ソレハ既ニ、我ガモノ……』


 マガツヒの脳を直接揺らすような声が響くが、夏帆は着地と同時に、崩れ落ちそうになっていた涼音の身体を、両腕でガッチリと抱き留めた。

 ギリッ! と涼音の肋骨が軋むほどの、凄まじいホールド。


「ぐっ……!」


 涼音の肺から、残っていたわずかな空気が絞り出される。

 夏帆の黒のタンクトップ越しに、火傷しそうなほどの莫大な熱量が、涼音の冷え切り、感覚を失いかけていた皮膚に直接叩きつけられた。

 シトラスの香水と、限界まで燃焼した筋肉の匂い。


「……望月、さん。過度な接触は、血流を阻害し……」


 涼音が、震える声帯を無理やり動かして理屈を紡ごうとした。

 だが、涼音の身体を抱きしめる夏帆の腕は、微かに、しかし確かに震えていた。

 夏帆は、血走った瞳で涼音の顔を至近距離から睨みつけた。その瞳孔の奥には、いつもの限界陽キャの能天気さはなく、ただただ、過去の喪失のトラウマ——大切な人間の体温が消えていくことへの、本能的な恐怖と焦燥だけが渦巻いていた。


「最初から知ってたよ!!」


 夏帆の怒鳴り声が、涼音の鼓膜を打つ。


「あの公園のBBQの時から! 涼ねえねの手、ずっと氷みたいに冷たかったじゃんか!!」


 涼音のチタンフレームの奥の瞳が、限界まで見開かれた。

 ——知っていた。

 この圧倒的な光は、私が冷え切った存在(死者)であることを本能で察知しながら、それでも「霊除けの盾」という私の自己欺瞞の言い訳に乗っかり、その隣の特等席を許容し続けていたのだ。


「自分の手がどんだけ冷たいか、分かってねぇだろ! どんだけアタシの熱にすり寄ってたか、気付いてねぇだろ!」


 夏帆は、涼音の身体をさらに強く、自らの胸板の奥深くまで埋め込むように抱きしめた。

 夏帆の心臓の脈拍が、涼音の胸郭に直接、ドクン、ドクンと打ち付けられる。


「絶対に……今度は絶対に、アタシの手の中で冷たくさせねぇからな……っ!」


 夏帆の悲痛な叫びと同時に、莫大な熱の奔流が、涼音の全身の細胞を強制的に再起動させた。

 停止しかけていたはずの涼音の心臓が、夏帆の熱に引火したように、爆発的な速度で脈を打ち始める。

 ドクンッ!!

 血流が、凍りついていた末端の毛細血管まで一気に駆け巡る。額から、本物の汗がどっと噴き出した。

 霞んでいた視界がクリアになり、足の裏に、境内の玉砂利の硬い感触が鮮明に蘇る。


 涼音の頭の中で、これまで彼女を縛り付けていた「計算」や「生存ルート」という概念が、音を立てて完全に崩壊した。

 もはや、自分が生きていようが死んでいようが、どうでもよかった。

 ただ、この世界で唯一、自分にこれほどの熱を押し付け、絶対に手放さないと叫ぶ狂った太陽が、目の前にある。


「……私の末端の冷えは、慢性的なものですわ。貴女のような異常な熱源が隣になければ、すぐにバイタルが低下してしまいます」


 涼音は、もはや言い訳の体を成していない言葉を紡ぎながら、自らの両腕を、夏帆の汗ばんだ背中へと強く回した。

 十本の指先を、夏帆の広背筋の隆起に、白くなるほど深く食い込ませる。


「……ですから、貴女の隣の特等席ここは、死んでも譲りません」


 涼音は、自身の冷や汗に濡れた額を、夏帆の首筋にスリと押し当てた。

 神が定めた死の概念マガツヒの重力が、二人の異常に噛み合った執着と、物理的な熱量の前に、完全にエラーを起こして霧散していく。

 赤黒い空の下、夏帆の「あっためりゃ治るっしょ!」という泣き笑いのような声と、涼音の狂ったような心臓の鼓動だけが、静寂の境内に響き渡っていた。


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