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最恐心霊スポットで運気上げるな!〜致死量の呪いをマイナスイオンと勘違いする限界陽キャと、彼女を手放せない東大卒女子〜  作者: あめたす


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第34話:「空の色ヤバ! 地球のエネルギー全開の究極パワースポットキタ!!」

第34話:「空の色ヤバ! 地球のエネルギー全開の究極パワースポットキタ!!」


 木々が唐突に途切れ、すり鉢状の盆地が開けた。

 樹海の最深部。あらゆる磁場と霊脈が収束する、地図にない禁忌の土着神社。

 鳥居は腐り落ち、拝殿はとうの昔に崩壊している。だが、その空間を支配する『重力』が、外界とは決定的に異なっていた。


 上空の濃霧が、巨大なミキサーにかけられたように渦を巻いている。

 空の色が、夜明けの青ではない。凝固した血液のような、どす黒い赤色へと急速に染め上げられていく。

 大気中から一切の酸素が消滅したかのような、圧倒的な真空感。

 人間の概念的な『死』そのものが、膨大な質量を持ってそこに鎮座している。


「うおおおっ! 空の色ヤバ! 地球のエネルギー全開の究極パワースポットキタ!!」


 赤黒く染まる空の下、望月夏帆の野太い大歓声が轟いた。

 彼女の視界には、空間を圧殺するような死の気配など一ミリも入っていない。

 夏帆はナイキ・ショックスで境内の玉砂利を踏み砕き、崩れた拝殿の跡地へとズンズンと歩みを進める。

 黒のタンクトップから立ち昇る凄まじい代謝熱が、空間の冷気を真っ白な水蒸気へと変換していく。


「磁場ビンビン感じるわー! ここで深呼吸したら細胞レベルでデトックスできるっしょ!」


 ズォォォォッ!! と、夏帆が赤黒い大気を肺の底まで吸い込んだ、その瞬間。


 崩れた拝殿の瓦礫の奥から、山そのものが隆起するように『それ』が立ち上がった。

 土着神・マガツヒ。

 明確な形はない。ただ、見上げるほどの巨大な泥と錆、そして無数の人骨が固まったような漆黒の塔。

 それが、ゆっくりと夏帆と、その後ろに立つ倉田涼音を見下ろした。


『……ソレハ……死者ダ。コチラヘ還セ』


 空気を震わせるのではない。脳の奥底、前頭葉に直接、金属の杭を打ち込まれるような声だった。

 マガツヒの体の一部が蠢き、巨大な丸太のような腕を形成する。

 その腕が、夏帆ではなく、夏帆の右斜め後ろ十五センチに立つ涼音を、真っ直ぐに指差した。


 涼音は、チタンフレームの眼鏡を中指で押し上げた。

 胸の奥で、激しく打っていたはずの心臓の動悸が、ピタリと止まった。

 額を流れていたはずの冷や汗が、一瞬にして消滅した。

 極度の疲労、急性の末端冷え性、起立性低血圧、自律神経のエラー。

 これまで涼音が自身の身体的違和感を処理するために構築してきた完璧な医学的診断(言い訳)が、音を立てて崩壊していく。


 涼音は、自身の右手をゆっくりと顔の前に持ち上げた。


 ——透けている。


 血の通っていない真っ白な指先の向こう側に、境内の玉砂利と、赤黒い空の景色が、はっきりと透けて見えていた。


「…………」


 涼音の東大首席の脳髄が、過去のデータを瞬時に再読み込み(リロード)し、最も忌避していた『ある変数』を計算式に代入する。


 深夜の古戦場跡の公園。

 落武者・源十郎が振り下ろした、日本刀。

 涼音の演算は、あの時『夏帆がプロテインシェイカーで刀を受け止めた』ことで自身の生存ルートが確定したと処理していた。


 エラー。

 変数の入力ミス。

 夏帆が受け止めたのは、源十郎の『二太刀目』だった。

 一太刀目は、夏帆が駆けつけるコンマ三秒前に、すでに涼音の肉体を脳天から真っ二つに両断していた。


「……生存確率ゼロパーセント。なるほど。私の計算(生存ルート)は、古戦場跡で、すでに終わっていましたのね」


 涼音の口から、氷のように冷たく、極めて論理的な結論が吐き出された。

 悲鳴はない。絶望もない。ただ、数式の間違いに気づいた時のような、淡々とした真実の受容。


 自分は、死んでいた。

 肉体はとうに失われていた。

 ただ、死の瞬間に遭遇した『望月夏帆』という圧倒的な熱源。その太陽のような光と熱から離れたくないという、ただ一点のどす黒い執着バグだけが、霊体となった涼音に『自分は生きている』という強固な自己欺瞞のプログラムを走らせていたのだ。

 動かない心臓を動いていると錯覚し。

 存在しない汗をかいていると思い込み。

 靴音が鳴らないことを、物理の理屈で覆い隠した。


 すべては、この女の右斜め後ろ十五センチという『特等席』に、生者として居座り続けるため。


『……理リニ背ク、迷エルト羊ヨ……泥ヘト、還レ……』


 マガツヒの宣告とともに、涼音の身体の透明化が急速に進行していく。

 足先から、パンプスが、スーツが、光の粒子となって夜空に溶け始める。

 神が定めた『死の概念』に、ただの未練の塊が抗えるはずもない。


 涼音は、目の前で赤黒い空を見上げている夏帆の背中へと、自らの透けかけた右手を伸ばした。

 せめて最後にもう一度だけ、あの火傷しそうなほどの熱を。

 あの汗の匂いを、シトラスの香りを、掌に。


 涼音の指先が、夏帆の蛍光イエローのジャージに触れる。


 スッ……。


 音もなく、涼音の指先はジャージのナイロン生地をすり抜け、夏帆の肉体を完全に透過した。

 物理的な干渉力の、完全な喪失。

 熱がない。冷たくもない。そこには、圧倒的な『無』しかなかった。


「……あ……」


 涼音のチタンフレームの眼鏡の奥で、常に冷徹さを保っていた漆黒の瞳孔が、初めて微かに揺れた。

 もう、触れられない。

 彼女の熱を、自分が管理することはできない。


「おっ? 涼ねえね、どうしたの?」


 夏帆が、ふと振り返った。

 限界まで身体が透け、下半身がすでに消失し始めている涼音の姿。

 夏帆の視線が、宙を掻く涼音の透明な右手と、その顔を真っ直ぐに捉えた。


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