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僕のことを好きじゃない、愛する君への5億円   作者: あいまいもこ
第4章
15/16

結理小町


 今回は、結理小町の回です。



  


 結理小町が泣いていた。その手は自分のスカートの裾を握りしめている。


 目の前では葉田葉太が俯き、その顔に影が差していた。


 それは、雨の日の、ある喫茶店の一席での事だった。





ーーーーーーーーーーーーーーーー



 ふぅー、と葉田葉太は溜息を吐いていた。


 今は自室のベッドで仰向けに寝転がっている。


 数分前、千歳と一緒に星を見た後に、家に帰ったら急に涙が零れたのだった。


 今年ももう終わりが近づき、千歳の残された時間も日に日に減っていくのを感じる。


 さっき千歳と話した事によって、その未来が今までより遥かに重みを増して葉太の上にのしかかっていた。


 正直言って、不味い。足りない。


 このままのペースで行くと恐らく間に合わない。


 5億円という大金は。


 現在総額、2億7700万円。


 そして、あと2ヶ月ほどで2億円以上を集めなくてはならない。


 ・・・・・なにか良い手は無いのだろうか。


 ちょっとネットで調べて見るか。


 そう呟いてパソコンに向かうが、葉太自身期待なんてしていなかった。


 出来る限りの事はやり尽くした。打てる手は殆ど打った。


 ホームページを開設し、店などを回って募金箱の設置をお願いしたり、学校で、街頭で、募金活動をしたり。新聞社にお願いして記事にしてもらったり、葉太自身もバイトをしたり、家にある物を売ったり、今まで貯めてきたお金も全部募金した。


 勿論千歳の親である、おばさんやおやっさんも出来るだけの、ありったけの財産を注ぎ込んだ。


 でも、まだ半分しか集まっていない。2億円だって大金だ。でも、でもそれでも千歳の命を救う事ができないのだ。


 他の『救う会』などのホームページなどを見て参考にするが、なかなか新しい手は見つからない。


 ただただ、気休めとしてパソコンを眺めているだけの時間が過ぎ去っていった。


 しかしこの時、葉太はこれから襲い来るさらなる壁を全く予期していなかった。


 いや、そんな事を予期する事なんて誰にも出来なかった。



 くるくるとマウスのスクロールを回し、画面を上げていった葉太。


 なんの気無しに見たその記事が、葉太に、否、志摩千歳を救う会にとって、否、志摩千歳にとっても大きな不幸を知らせてきたのだった。



「結理・・・・小町?・・を、救う会?」



【結理小町さんを救う会


 〜肺移植の為の募金にご協力よろしくお願いします〜】


 この時は、まだ、自分の後輩である結理小町と同じ名前だな〜程度にしか葉太も考えていなかった。


 クリックする。


 パッと画面が切り替わり、現れたのはその救う会のサイト。


 そこには、笑顔で写真に映る後(・)輩(・)の(・)結理小町が載せられていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 そして、時は現在。


 葉田葉太は例の喫茶店で結理小町と向かい合って座っていた。


 俯きながら絞りだすように声を出す。


「小町・・・僕は、僕は全く気づいてやれなかった。小町が大変なのに・・・いつも近くに居たのに」


 葉太は、一緒に救う会の活動をしてきてくれていた小町の身体が悪いことに気づいてやれなかったことに罪悪感を覚えていた。


「ごめんなさい。よーた先輩。ごめんなさい、ごめんなさい」


 しかし、今、何故か小町はひたすら謝ってきている。


「小町。どうしたんだ?なんで謝ってるんだ?」


 謝られる理由は特に見当たらない。


「よーた先輩が、千歳さんの為に頑張ってるのに・・・小町が、小町が余計な心配をかけさせてるから・・・ごめんなさい」


「謝るなよ。やめてくれよ」


「でも、だってわたしはよーた先輩の足を引っ張ってばかりで、昔から、いつも」


 さっきから謝る事しかしない小町に言う。


「小町、僕はさ、小町にもっと自分を大事にしてもらいたいんだ。僕のことを好きでいてくれるのは嬉しい。すごく。でも、でも小町はさ、いつも僕のことばっかり考えてさ、自分を大事にしない。僕は、小町を大切に思ってる。だから、小町にもさ、小町を、自分自身を大切にしてほしいんだ」


 葉太は、小町の目を見た。


 小町と葉太が出会ったのは、葉太が中学二年生になり、小町が入学してくる年の春だった。


 その日は、春らしく桜が咲き誇っていた。


 その日は小町たちの学年の入学式だった。


 そのせいだろう、普段から登校時に葉太が乗る電車には見慣れない顔が多くあった。


 そして、その時葉太の目の前に立ち、満員電車に揺られていたのが結理小町だったのだ。


 最初は、満員電車に慣れていないのだろうと思っていた。


 辛そうで、困った顔をした小町を見て、葉太はその程度にしか考えていなかった。


 しかしその後ちょっとおかしいことに気づいた。小町が葉太のほうをチラチラとみてくるのだ。


 しかもその目は涙目になっており、手は葉太の制服の裾を弱々しく握って小刻みに震えていた。


 葉太は、少し身をかがめて小町の顔の横に自分の顔を近づけると、面識のなかった小町に小声で「どうしたの?」と尋ねた。


 返ってきたのは、「え、あ、その、うぅ」といったような曖昧な言葉。チラチラと背後を見ている。それに続いた「助けてください」という言葉を聞いて葉太は考えた。


 もしかしてこの娘は今、痴漢を受けているのでは?と。


 しかし問題は、誰に痴漢されているのか分からないことだった。実際、小町の背後にはハゲた中年男性や、何の特徴もないありふれた感じのサラリーマンや、女子高生などがぎゅうぎゅうになっていた。



 取りあえず葉太は、自分の手を小町の後ろに回す。はたから見れば葉太の方が小町に抱き着く痴漢魔のようだ。だが、そこを気にしていては話にならない。


 小町の背中辺りにまわしていた自分の手を、葉太は素早く下に下げる。すると、ちょうど小町のお尻辺りの所で何者かの手に葉太の手が触れた。


 素早く、出来る限り強くその手を握る。そしてもう片手でその何者かの手をたどっていくと、その先は小町のスカートの中に突っ込まれていた。


 このとき、小町ほどではないが、葉太もビビっていた。


 これは、人の人生を左右することなのだ。もし、ここで、葉太が間違えて別の人を痴漢として捕まえてしまえばその人の人生は終わったようなものだ。


 その人にとって、普通だった日々を、日常を奪うことになるのだ。冤罪であっても、現行犯逮捕はそれを証明することは難しい。葉太にも、それなりの覚悟が必要だった。


 念には念を入れて、葉太は向かい合って立っている小町の背後を前かがみになって目で見て確認した。


 間違いなかった。今、必死になって葉太に掴まれた手を引きはがそうと、もがいているその手は小町のスカートの中へと、伸びていた。


 決意を固める。


 掴んだ手をできるだけ強く握り、小町のスカートから痴漢魔の手を抜き出す。


 その手を強く手前に引くと、小町の背後に立っていたサラリーマンの身体がグラリと揺れた。


 コイツか。


 睨むと、目を逸らしながらより一層手を振りほどこうともがいている。


 程なくして、次の駅についた。


 葉太は痴漢サラリーマンの腕と小町の手を引いてホームに降りた。


「ちょっと僕見てたんですけど。あなた、この子に痴漢してましたよね」


「何の事だか」


「あ、警察をご所望ですね」


 小町からスマホを借りてピポピ、っと迷わず110番。


「や、やめてくれ!頼む」


 ポチッ。通報する途中だった電話の発信を切る。 


「ねえ、君。この犯罪者がこう言ってるけどどうする?許す?」


「あ、その」


「もしかして、君。痴漢されたのあんまり他人に知られたくないの?」


 コクコク。小町は僕の質問に頷いて答えていた。


「はぁー。ねえ、痴漢魔。この子がこう言ってるから、通報はしないけどさ・・・もうやめといたほうがいいよ」


「は、い」


 通報されずにホッとしている痴漢魔を置いて、小町を連れた葉太は次の電車に乗ったのだった。


 それからずっと小町は葉太LOVEだったのだ。


 自分のことよりも、葉太、葉太と言っていた。葉太の為に、というのが小町の行動原理だった。そうだったのだが・・・。


 この後に及んで小町は葉太の事ばかり気にしている。



「なあ、小町。小町はさ、もう抜けていい。千歳を救う会は」


 これ以上小町に負担をかけたくない。


「嫌、です」


 頑固だ。


「なあ、小町。思えばお前さ、前から薄々こうなると思っていただろ。僕と3年ぶりに再開したときも、病院に行くときだったけどさ、あの時から体調悪かったんだろ。救う会に入るのも拒んでたし、今思えば僕に迷惑掛けないようにとか思ってたんだろ。しょっちゅう咳してたしさ、今思えば無理してたんだよなぁー。

 だからさ、もういいよ。ごめんな。ごめんな」


「いや、です」


「頼むからっ、僕に心配させないでくれ!」


 少しだけ声を荒げてしまった。


「先輩?」


 小町も少し驚いた顔をしている。


「僕は、助けたいんだ。小町のことを。本当は、手術の金だって集めてあげたい。でも、ごめん。僕は千歳が、千歳が大事で仕方ないんだ。

 だから、僕が、小町にしてやれることはない。そして、こんな僕に小町が色々してくれる必要も無い。本当にごめん。ごめんなさい。だから頼むから、今は小町。自分のことだけを大事にしておいてくれ」


 辛い、悔しい。助けたい人が2人いて、どちらも大切な人なのに助けられない。そんなこの状況が、こんな自分が、心底不甲斐ない。もどかしい。


 葉太の頬を、悔しさと悲しさの雫が流れた。


「本当にごめん。本当に‥‥」


 そんな葉太の目を見て小町は言葉を返す。


「よーた先輩。分かりました。救う会は抜けますね。でも、よーた先輩。私が見たいのは、聞きたいのは、そんな顔でも、そんな言葉でもないんですよ」


 そう言って小町は、テーブルを挟んで反対側に座っている葉太の顔に触れ、その頬を両手で引っ張った。無理やり微妙な笑顔を作られた葉太に言う。


「なにか、言いたいことは?」


「あ、ありがとう」


 葉太はぎこちない笑顔でそう言った。


「ふふふ、よーた先輩はそれで良いのです」


 嬉しそうにそう言った小町を見て、こう思った。


 何でこんなに優しい子がこんな目に合わないといけないのか。


 神は本当に酷な事をする。


 そう思った。

 




 読んでいただきありがとうございました!


 どうでしたか?今月中に完結(予定)させたいのでがんばります。

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