幸せのナポリタン
今回は、葉太が喫茶店でオーナーの話を聞いて泣く回です。
ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです。
「すまない」
「それは、千歳の手術の割り込み料だ」
おやっさんの言葉を聞いたとき自分の耳が信じられなかった。
割り込み料?僕はそんなものを聞いていない。知らない。
「あの日、千歳の病状の悪化があった日に、医者に言われたんだ。多額の割り込み料をアメリカの病院へ払わないと千歳は・・・間に合わないって」
戸惑う葉太におやっさんの辛そうな声が聞こえた。声が震えている。
「本当の事を言おうと思っていた。千歳にも、葉太君にも。でも、駄目だった。そんな事出来なかったんだ!どこかの誰かが手術の割り込みで亡くなってしまっても・・・・私は娘さえ、千歳さえいればよかった!笑っていて欲しかった!汚い心だ!人間のゴミだ!それでも・・・人間のゴミであっても、千歳の親でありたかった。
千歳だけは守りたかった・・・・・そんな時、葉太君が救う会を創ってくれると言ってくれた。」
おやっさんの言葉を葉太は黙って聞いていた。だが、耐えられなくなって口を開いた。
「僕も、僕だって千歳を助けたい!死んでなんか欲しくない!・・・・・だから、だから僕もゴミでもいい。人間のゴミでもいいから!千歳を助けます!
誰かがどこかで、千歳の手術のせいで死んでしまうのは嫌だ!!そんなことしたくない!けど、千歳を失うほうがもっと嫌だ。
もう、僕らの活動は誰に誇れるモノでもない!!
だが、僕は、そんな事なんか求めていない!千歳さえ生きてればいい。だから。
この会は絶対に辞めない。なんとしてでも「5億円」集めます。」
「・・・・・葉太君が、そう言ってくれるのは嬉しい・・・・だが、千歳の友達にそんな事をさせる訳にはいかない」
おやっさんのその言葉の中からは大人としての責任感を感じた。
こんな非道な事に高校生を関わらせてはいけない、と。
だが、葉太にはそんな事はどうでも良かった。
「何言ってるんですか!?おやっさん。そうしたら千歳はどうするんですか?救う会は第三者が運営しているからお金が集まるのであって、親がやっても無茶だ!この事は、千歳の割り込み料の事は誰にも言わない。僕達が墓場まで持っていきましょう。もちろん千歳にも言ってはだめです。
この事を知れば千歳は絶対に手術を拒む。」
葉太は語気を荒くしておやっさんを説得した。そして、その後も暫く二人は電話で言葉を交わし、これまで通り救う会の活動を続ける事を約束したのだった。
電話を終えた葉太は、ただただ呆然としていた。
僕は、これから千歳を助けて誰かを殺そうとしているんだ。
その実感が葉太の心を苦しめたのだった。
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葉田葉太は、夜の街を歩いていた。
心は決して元気ではない。
大事にしていた物が壊れたのだ。
おっぱいスマホケースが壊れたのだ。
おやっさんとの電話の後に無意識に揉みまくっていたら中から白い液体が出てきたのだ。
え、これ、めっちゃリアルに作ってあるじゃん。ミルク出るとかそういう仕様なの?
とか思ったら。普通に破れてて、揉み心地を良くする為の中身が出てきただけだった。
そう、ふつーに壊れたのだ。
以前は千歳と来た雑貨屋に入り、真っ直ぐスマホケース売り場に進む。が、
「無い、何で?無いないないないあないあないあないなんでなんでなないない!?」
もう無くなっていた。
葉太は仕方なく日の丸弁当のスマホカバーを買って店を出たのだった。
その後店を出た葉太は、喫茶店に向けて歩いていく。
千歳と時間を共にした場所。この喫茶店から帰っている途中に、千歳の病状が悪化したのだ。
レトロな木の扉を開けてカウンター席へ歩いていった。
「すいません。コーヒーください」
カウンターの反対側にいる店主へ向けて注文をする。白い髭をはやしたおじさまといった感じの人だ。
「はいよ、ミルクはいるかい?」
「あ、要らないです」
「そうかい。それより、君は失恋でもしたのかね?そんなに辛そうな顔をして。前来たときは若い女の子と一緒だったじゃないか」
店主さんの言葉に葉太は顔を上げた。
「え?覚えてたんですか?前来たの。」
コーヒーを淹れている店主にそう尋ねる。
「そりぁあ、大事なお客さんだからねー。で、何かあったのか?話してみなさいな」
そう言って優しい笑みを向けてきた店主に、葉太は千歳の病気のことを話した。割り込み料のことは上手く端折りながら。
「そうかい、お金かー。うちの女房にも若い頃に先立たれてしまってね。
君の彼女と似たような症状だったけれども今ほど医学は進歩してなくてねー。なんにもしてやれなかったよ」
葉太の話を聞いていた店主は遠い目をしながら話し始めた。亡き妻との思い出を。
「今は、とても後悔している。あの時の事を。
早いこと諦めて、なんにもしてやれなかった事を。
愛する女房のためなら、命も惜しくなかった。私の命を譲ってやれたらどんなに良かったか。
それに比べたら、君はとても偉いよ。全力で愛する人のために生きれるとは。」
そう葉太を励ましてくれた店主に、葉太は不安な胸の内を話す。
「でも、ちょっと最近。支援金が減ってきてて。ほんと、どうしたら・・・」
葉太の言葉を聞いた店主は、そうだねぇーと言って話し出した。
「私の女房は息を引き取る前にこう言ったんだよ。
「あなたに出会えて良かった、もっと一緒に居られたらどんなに幸せな事でしょう」ってね。
その時私は悔しくて、情けなくて・・・私に幸せをくれた、たくさん幸せにしてくれた女房をもっと、もっと幸せにしてやりたかったって。
後悔したものだよ。それは今も変わらない。だから、
君には愛する人のために、幸せな未来を諦めてほしくない。最後まで、最後まで、諦めてはならないよ」
店主の話を聞いて葉太の頬を涙がすべった。千歳のいなくなった後を考えてしまったのだ。
唇を強く噛み締めた後、葉太は店主に口を開いた。
「ありがとございました。色々吹っ切れました。愛する人の為に、後悔の無いようにします」
「それは良かった。こんな老いぼれの話で元気になってもらえたのなら。
実は、君たちのことを覚えていたのには訳があってね。ナポリタンをとても美味しそうに食べてくれていただろう?あの日。
実はそのナポリタンのレシピを考えて作ったのは女房なんだよ。
女房のレシピでずーっと作り続けているんだよ。あのナポリタンは。まあ、何が足りないのか女房の味は再現出来ないのだがね。
女房は、美味しそうに食べいるお客さんをとても嬉しそうにここから眺めていたものだよ。
それはもう、本当に幸せそうだった。君たちが幸せそうにナポリタンを食べてくれているのを見て、私は女房の残してくれたものを感じたんだよ。とても温かい何かを」
「・・・・」
葉太は静かに、つーっと涙を流しながら店主の話を聞いていた。
それは、店内を一望出来るようにカウンターに置かれていた店主の奥さんが本当に幸せそうな顔をしていたからだろう。
「ぼ、僕は、絶対に愛する人を救って見せます。店主が、愛の大切さを僕に、もう一度思い出させてくれたので。本当に、ありがとございました。」
店主は僕にナポリタンを出しながら言った。
「これはサービス、いや、お願いだ。
ナポリタンを嬉しそうに食べてくれる君を女房に見て欲しくてね。食べてくれるかい?」
葉太は、ナポリタンを口いっぱいにほうばって食べた。
幸せな、優しい味がした。葉太の目から涙が溢れる。
本当に、本当に美味しかった。
千歳と、食べたあの日を思い出す。
「美味しいです。最高に美味しいです。
奥さんは、きっと、最高に幸せだったと思います。だって、だって、このナポリタンはどんなナポリタンよりも、最高に幸せな味がするから・・・最高に・・」
泣いているせいで声を詰まらせながら葉太はそう言った。
「ありがとう。女房も幸せそうだよ」
そう言って店主は奥さんの写真を愛おしそうに眺める。その目は涙ぐんで輝いていた。
葉太がナポリタンを食べ終わった後で、店主が呟いた。
「今日の昼にも重い病気の娘が来てねー。今日はよく、女房のことを思い出すなー。」
「そう、なんですね。・・・また、食べに来ます。幸せのナポリタン。今度はお金を払って。」
そう言って葉太は、笑った。幸せそうな、なんの迷いも無い笑顔だった。
「ああ、また来てくれ。君が元気を出してくれたようで良かった。
君がまた、あの娘と一緒に来たら。女房もきっと喜ぶよ。」
そう言い微笑んだ店主に見送られながら、葉太は夜の街に一歩一歩足を踏み出していった。
「幸せのナポリタン・・・か」
一人店に立っていた店主は油性ペンを手に取ると、メニューに書かれているナポリタンの文字の前に『幸せの』、と書き足したのだった。
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ある少女は、病院のベッドの上で診察の結果を聞いていた。
中年の医師が厳かに告げた。
「あなたの病気は、アメリカで肺の移植手術を受けなければ治りません」
「ーーーーえっーーー」
少女の、何処か絶望を滲ませた声が病室に響いた。
読んでいただきありがとございます。
どうでしたか?楽しんで頂けていたら幸いです。




