第6章:因果応報の代償と、私の新しい朝
震える手で、拓海はスマホの応答ボタンを押した。
「……はい」
『拓海か? 大変だ。親父さんが倒れた。……誤嚥性肺炎で、重度の嚥下障害だ。今後は常時介護が必要になる』
親戚の声は、どこか突き放したような冷たさを帯びていた。
「……誤嚥性肺炎……?」
『そうだ。施設側から「これ以上の対応は無理だ、家族が引き取れ」と言われてな。お前は長男だし、今は独り身だろ? ちょうどいい。お前が引き取って面倒を見るのが、一番話が早い』
「待ってくれ! 俺はこれから仕事で地方に行かなきゃならないんだ! 介護なんて……俺には無理だ!」
『お前、何を言ってるんだ? 今まで奥さんに丸投げしておいて、自分は知らん顔か? お前自身が親孝行な息子なんだろ? だったら最後くらい、責任を持って看取れ』
電話は一方的に切れた。
スマホを握りしめ、拓海は呆然と立ち尽くす。
窓の外では、彼が夢見ていた「新しい生活」のために買っておいた新しいスーツが、段ボールの中で虚しく光っていた。
これから始まるのは、地方でのキャリアではない。
深夜の吸引、終わりの見えない通院、そして誤嚥の恐怖と隣り合わせの生活。
かつて自分が妻に押し付け、「金さえ払えば解決する」と甘く見ていた、あの地獄だ。
不意に、十年前の自分の声が頭の中で再生された。
『俺は外で働いてるんだから当然だろ』
――だが、もう逃げ場はどこにもない。誰も代わりはいない。すべてを自分で背負わなければならないのだ。
拓海は膝から崩れ落ち、獣のような嗚咽を漏らした。
その部屋に響くのは、彼が逃げていた「介護」の足音だけだった。
***
それから数ヶ月後のこと。
私は、晴れ渡る青空の下、資格試験の会場から出てきた。
これまでの10年間は、確かに過酷だった。
義母の介護に費やした日々。私はずっと、自分の人生が奪われたのだと思っていた。
けれど、無駄な時間など一つもなかった。私はその地獄の中で、誰よりも強く、そして他人の痛みに寄り添えるようになっていた。
ふと、父から聞いた言葉を思い出す。
拓海が今、父親の介護に追われているらしいと聞いた。
私はただ、静かに頷いた。それ以上、何も聞かなかった。
「私の人生は、今日から私が決めるわ」
そう呟いて、私は青空を見上げた。
あの日、義母が言った言葉が蘇る。
『あなたの人生を、奪ってしまったね』
――いいえ、お義母さん。私の人生は、まだ終わっていません。
私は真新しいテキストを胸に抱きしめる。
私の人生を歩むために、私はまっすぐ前を向き、新しい未来へ向かって一歩を踏み出した。




