第5章:連鎖する地獄、崩れ去る砂上の楼閣
莉子が去った後、拓海はファミレスに取り残された。
「待て莉子! 俺はお前と……!」
必死に声を上げるが、彼女が戻ることはない。他の客の白い目線も気にせず、拓海はただ、荒い息をついてうつむくしかなかった。
数日後、彼の生活に追い打ちをかけるように、父の健一が手配した弁護士から書類が届いた。
拓海が期待していた「穏便な離婚」など、夢のまた夢だった。
「慰謝料、相場の上限……? しかも養育費も合わせると、俺の給料の半分以上……だと?」
さらに、事態は拓海の想定を超えた方向へ動き出した。
慰謝料の強制執行に伴う給与差し押さえの手続きが会社で行われたことで、拓海の不倫と隠し子の存在が、経理を通じて社内に露呈したのだ。
後日、人事部長に呼び出された拓海は、冷ややかな通告を受けた。
「佐藤くん。君が管理職として、部下の模範となるべき立場にありながら、長期間の虚偽申告を行っていたことは看過できない。家庭問題による公私混同は、会社の信用を著しく損なうものだ」
地方の営業所への異動命令。
実質的な左遷だった。給与は大幅に減額され、住宅ローンの返済どころか、高額な慰謝料と養育費の支払いで拓海の生活は完全に破綻した。
同じ頃、莉子からも弁護士を通じて連絡が入った。
『自分の親を捨てた人が、私と子どもを守ってくれるなんて信じられません。もう二度と私たちに近づかないで。最初から、あなたと出会わなければよかった』
築き上げてきた「親孝行な息子」という名声も、安定した給与も、自分を肯定してくれた莉子も、その子供も。すべてを失った。
薄暗いワンルームのアパートで、拓海は一人、孤独と金銭的不安に押しつぶされそうになっていた。
かつて結衣が一人で背負っていた、出口のない暗い日常。
だが、拓海はまだ諦めていなかった。
(地方へ行けば、またやり直せる。金を稼いで、全てを立て直せばいい……まだ、人生は終わっていない)
彼はそう自分に言い聞かせ、新しい生活への準備を始めた。
慰謝料は地獄だが、まだ体は動く。まだ、自分は這い上がれる――。
悪いのは結衣だ。あの女が全てをぶち壊したんだ。そう思考をすり替えることで、彼はようやく精神の均衡を保っていた。
彼はまだ知らない。
本当の地獄は、ここからが本番だということを。
静まり返った部屋で、彼のスマホが、鋭い電子音を鳴らした。




