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からくり道中浪漫譚―白詰草異聞―  作者: ロマリアス
青龍編

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青龍編 第三話 『証言』

青龍編

第三話 『証言』


 翌朝。

 百地は机に向かい、前日の記録を読み返していた。

 対象――羅馬。

 皇都外より来訪した旅人。

 青龍の加護者。

 白詰草同盟との交流あり。

 現在までに犯罪行為、敵対行動、その他明確な不審行動は確認されず。

 そして、その下。

 ――怪異発生時、対象周辺において原因不明の環境変化を確認。

 百地の指が、その一文で止まった。

 昨日の裏路地。

 音を奪う怪異。

 風鈴は揺れているのに鳴らない。

 犬は吠えているのに声がしない。

 そして――風が吹く、その直前。

 羅馬の衣の裾だけが、先に動いた。

「……何もしていない、ですか」

 羅馬はそう答えた。

 あの時の表情を思い返す。

 少なくとも、百地には嘘をついているようには見えなかった。

 もっとも、人間は言葉ならいくらでも取り繕える。

 だから百地は、言葉だけでは判断しない。

 行動は、決して嘘をつかない。

 ならば。

 羅馬という人間が、普段どう生きているのか。

 それを見ればいい。

 百地は手帳を閉じ、席を立った。

     ◇

 最初に向かったのは、みつば茶屋だった。

 まだ朝も早く、客の姿はまばらだった。

 店先では亜呂が箒を手に、落ち葉を集めている。

「おはようございます」

「あ、百地さん。おはようございます」

 すぐに昨日のことを思い出したのだろう。

 亜呂の表情に、わずかな警戒が混じる。

「今日は……お仕事ですか?」

「はい。羅馬さんについて、少しお話を伺えますか」

 箒を持つ手が止まった。

「……まだ調べているのですね」

「はい」

 百地は否定しなかった。

「ただし、羅馬さんを罪人として扱っているわけではありません」

「……」

「普段、どういう人なのか。それを知りたいのです」

 亜呂は百地をしばらく見ていたが、やがて箒を壁へ立てかけた。

「分かりました」

 そして一言付け加える。

「変な決めつけ方だけは、しないでくださいね」

「そのための聞き取りです」

 それを聞いて、亜呂の表情が少しだけ緩んだ。

「では、普段の羅馬さんはどんな方ですか」

「そうですね……」

 亜呂は考える。

「気ままで、勝手で、危なっかしい人です」

 百地の筆が動く。

「気まま。勝手。危なっかしい」

「あ、それだけ書かれると、とても嫌な人みたいですね」

「続きをお願いします」

「……もう」

 亜呂が苦笑する。

「知らない人とも、すぐ話します。困っている人がいたら、頼まれてもいないのに手伝います」

「見返りを求めることは?」

「見たことありません」

「ご自身に不利益があっても?」

「多分、あまり考えてないんだと思います」

「それはそれで問題ですね」

「でしょう?」

 ほんの一瞬、二人の間に笑いが生まれた。

「でも」

 亜呂の声が少し柔らかくなる。

「悪い人ではありません」

「そう思う理由は?」

 少し考えてから、亜呂は答えた。

「誰も見ていなくても、同じことをする人だからでしょうか」

 百地の筆が止まる。

「誰かに褒めてもらうために、人を助けてるんじゃありませんから」

 百地はその言葉を書き留めた。

「最近、この辺りへ来られた日は覚えていますか」

「昨日と……その前は三日前だったと思います」

「その日は?」

「東の裏通りで、荷車が動かなくなっていて。それを押すのを手伝っていました」

「場所は」

「古い井戸の近くです」

 筆先が、一瞬止まった。

 その翌日。

 同じ区画で、小規模な怪異が確認されている。

「どうかしました?」

「いえ」

 百地は、それ以上何も言わなかった。

     ◇

「羅馬?」

 仁虎は露骨に面倒そうな顔をした。

「はい」

「今度は何だ」

「危険な場面での羅馬さんについて伺いたいのです」

 仁虎が眉を寄せる。

「危険な場面?」

「いざという時、信用できる人物かどうか」

「……」

 少しだけ答えに詰まった。

「胡散臭え」

「それは危険時の評価ですか?」

「普段からだ」

「では、それも記録しておきます」

「おい」

 百地の筆が動く。

「ふらふらしてる。何考えてんのか分からねえ。危ねえところにも平気で突っ込む」

「なるほど」

「だから、そこだけ書くなっつってんだよ」

「続きを待っています」

「……ったく」

 仁虎は舌打ちした。

「逃げていいところで逃げねえ。自分より弱え奴がいたら、そっちを先に助ける。損得で人を選ぶような真似もしねえ」

「では、信用されていますか」

「してねえ」

「分かりました」

 百地が書こうとする。

「待て」

「はい」

「……背中は預けられる」

 百地が顔を上げる。

「それは一般に、信用しているという意味では?」

「うるせえ」

 百地は何も言わず、手帳へ書き込んだ。

「直近で、羅馬さんがこちらへ来られた日は?」

「昨日だろ。その前は……三日前だったか」

「何をしていました?」

「団子食って、白虎とくだらねえ話して帰っただけだ」

 三日前。

 その夜、この一帯で地脈の小さな乱れが観測されている。

 また一つ。

     ◇

「任務中の羅馬さん、ですか」

 ましろは少し考えた。

「はい。日常ではなく、何か起きた時の行動について」

「……無茶はします」

「やはり」

「他の方もそう言いましたか?」

「概ね」

 ましろは小さく息を吐いた。

「指示を待たずに動くこともあります。自分が危険になることも、あまり気にしません」

「命令に従わない?」

「状況次第です。ただ――」

 少しだけ間を置く。

「他人を危険に晒すために無茶をする人ではありません」

 百地の筆が動く。

「故意に人を傷つける姿は想像できますか」

「できません」

「怪異を意図的に起こすことは?」

「なおさら」

「分かりました」

 百地は手帳を閉じた。

 それ以上は聞かなかった。

     ◇

「羅馬殿でありますか!」

 源六は、なぜか妙に張り切った。

「はい。普段の暮らしぶりについて伺いたいのですが」

「拙者、かなり詳しいのであります!」

「それは助かります」

「まず、よく食べるのであります!」

「……」

「特に団子であります!」

「それは重要な情報でしょうか」

「重要であります!」

 百地は一応書いた。

「他には」

「知らぬ者ともすぐ仲良くなるのであります! 気づいたら何か手伝っているのであります!」

「頼まれていなくても?」

「であります!」

 源六が大きく頷く。

「それから、余計なことを言って怒られるのであります!」

「誰に?」

「色々な方にであります!」

 百地の口元がわずかに緩んだ。

「悪い人だと思ったことは?」

「ないのであります!」

「なぜでしょう」

「む……」

 源六が真剣に考え込む。

「……悪い御仁なら」

「はい」

「もう少し悪そうにすると思うのであります!」

 百地の筆が止まった。

「……なるほど」

「名推理であります!」

「参考にします」

「お役に立てたのであります!」

 胸を張る源六へ一礼し、百地はその場を後にした。

     ◇

 その後も、百地はいくつか短い聞き取りを続けた。

 言葉は違う。

 見ている場所も違う。

 気まま。

 お節介。

 危なっかしい。

 馴れ馴れしい。

 だが、害意を語る者はいなかった。

 誰かを騙して得をした。

 弱い者を見捨てた。

 都合が悪くなれば逃げた。

 そういう証言も、一つもない。

 その一方。

 百地の手帳には、別の情報も増えていた。

 日付。

 場所。

 羅馬がいた時刻。

     ◇

 陰陽寮の記録室。

 机いっぱいに皇都の地図が広げられている。

 赤い印。

 過去一月に確認された怪異発生地点。

 黒い印。

 聞き取りによって確認した羅馬の立ち寄り先。

 一致。

 近接。

 前日。

 翌日。

「……」

 羅馬が訪れた場所すべてで、怪異が起きているわけではない。

 何も起きていない場所の方が多い。

 それでも。

 怪異発生地点から逆に辿ると、羅馬の名が妙に多く現れる。

「偶然……」

 口にしてみた。

 だが、それだけで片づけるには多い。

 かといって、羅馬が原因だと断定できるほど単純でもない。

 百地は地図を見つめた。

 人物として見れば、疑いから遠ざかっていく。

 記録として見れば、関連が深まっていく。

 どちらも、消せない。

     ◇

「一つ、確認したいことがあります」

 毒島は作業台から顔を上げた。

「なんだ」

「昨日、羅馬さんと怪異に遭遇しました」

「ああ。音を食うやつだろ」

「その際、気になる現象がありました」

「現象?」

「風です」

「羅馬の周りで風が吹くなんざ、今さらだろ。青龍の加護者なんだから」

「風そのものではありません」

 毒島の眉が動く。

「では?」

「順序です」

「順序?」

「風が吹く直前、羅馬さんの衣の裾だけが先に動きました」

 毒島の表情が変わった。

「……何?」

「ほんの一瞬です」

「見間違いじゃねえのか」

「その可能性はあります」

「……」

「ですが、私はそう見ました」

「羅馬は何かしたのか」

「何もしていない、と」

「嘘は?」

「少なくとも、私にはそう見えませんでした」

 百地は一枚の紙を差し出した。

「それと、こちらを」

 毒島が受け取る。

「この印は?」

「怪異発生地点と、確認できた羅馬さんの行動地点です」

 毒島の目が紙の上を走る。

「……全部重なってるわけじゃねえな」

「はい」

「羅馬がいたのに、何も起きてねえ場所も多い」

「その通りです」

「なら、これだけであいつが原因だなんて決めつけるんじゃねえぞ」

 少し強い声だった。

 百地は静かに頷く。

「決めつけてはいません」

「……」

「今日、羅馬さんを知る方々から話を聞きました」

 百地は少し間を置く。

「故意に人へ害をなす人物だとは、私にも思えません」

 毒島は何も言わない。

「ですが、この一致もなかったことにはできません」

 沈黙。

 やがて毒島が紙を机へ置いた。

「……置いてけ」

「この資料を?」

「ああ。過去の記録と照らす」

「何か心当たりが?」

「まだねえ」

 紙束を引き寄せる。

「だから調べるんだ」

 百地は小さく頷いた。

「分かりました」

 扉へ向かいかける。

「百地」

「はい」

「……羅馬のこと、どう思った」

 百地は少し考えた。

「変わった方ですね」

「それだけか」

「善良な方だと思います」

「……そうか」

「ただ」

 百地は地図を見る。

「それと、怪異との関連性がないことは、同じ意味ではありません」

 毒島の手が止まる。

 百地は一礼し、部屋を出た。

     ◇

 夜。

 百地は報告書へ筆を走らせていた。

 ――対象人物、羅馬。

 ――複数の関係者へ聞き取りを実施。

 ――対象人物に害意、敵意、利己的目的を示す証言は確認されず。

 ――日常的な援助行動を多数確認。

 ――人物評は概ね良好。

 そこまでは迷わず書けた。

 筆を墨へ戻す。

 ――一方。

 そこで止まる。

 昼間の地図。

 赤と黒の印。

 亜呂の言葉。

 誰も見ていなくても、同じことをする人。

 仁虎の言葉。

 背中は預けられる。

 ましろの言葉。

 故意に人を傷つける姿は想像できない。

 源六の言葉。

 悪い御仁なら、もう少し悪そうにする。

 そして羅馬自身。

 ――何もしてないよ。

 百地は筆を動かした。

 ――対象人物の行動地点と、怪異発生地点との間には、無視できない相関が認められる。

 書き終える。

 人の行動も。

 記録された事実も。

 嘘はつかない。

 百地は報告書を見つめた。

「……なら」

 小さく呟く。

「私はまだ、その意味を知らないのでしょうね」

 部屋の外では、

 夜の皇都を風が抜けていった。



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