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からくり道中浪漫譚―白詰草異聞―  作者: ロマリアス
白虎編

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白虎編 第十九話 【玄武の加護者】


 道塞ぎの一件から、一夜が明けた。

旅籠ひぐらしの奥座敷には、朝から妙な緊張が漂っていた。白詰草同盟の面々が全員集まって

いるのに、異様な静けさだった。


畳の上には、毒島が持ち込んだ小瓶や金属板、見慣れぬ器具が並べられている。

その中央で、仁虎は腕を組み、不機嫌そうに座っていた。

「いつまで人の目ぇ覗いてやがる」

毒島は小さな硝子板を片手に、仁虎の右目を睨むように観察している。

「黙ってろ。動くと見えねえ」

「さっきから、それしか言ってねえだろうが」

「だったら目玉を取り出して、机に置いて調べるか?」

「やってみろ。てめえの腕ごと斬り落とす」

少し離れた場所で見守っていた羅馬が、顔を引きつらせた。

「取り出すって選択肢、本当にあるの?」

「あるわけないでしょう」

亜呂が小声でたしなめる。

「毒島さんなりの冗談です」

「冗談に聞こえないんだよなぁ……」

仁虎の着物の襟は、背中が見えるよう僅かにずらされていた。

そこには今も、白虎の姿を象った印が残っている。

白虎の魂を宿した、依代の印。

一方、仁虎の右目の虹彩には、細い白い筋が刻まれていた。

前日の戦いで一時だけ獣の瞳へ変じた、その名残だった。

毒島はようやく仁虎から顔を離した。

硝子板を畳へ置き、低く息を吐く。

「間違いねえ」

「何がだ」

「右目のこれは、背中の印が移ったもんじゃねえ」

毒島は仁虎の背へ目を向けた。

「依代の印は、まだここに残ってる。白虎の魂も、今までどおりお前の中だ」

次に右目を指す。

「こっちは、お前自身に現れた魂紋だ。まったくの別物だよ」

「つまり……」

亜呂が小さく息を呑んだ。

毒島は頷き、三人を順に見た。

「朱雀、青龍、白虎」

亜呂。

羅馬。

仁虎。

「三つの魂紋が、これで揃った」

座敷の空気が静かに変わった。

亜呂は胸元へ手を添える。

そこには、地下で目覚めた朱雀の魂紋がある。

羅馬も、自らの手に残る青龍の印へ目を落とした。

そして仁虎の右目には、白虎の魂紋。

白虎の復活へ必要とされた三つの魂紋が、ついに揃ったのだ。

亜呂の顔に一瞬、希望が浮かぶ。

しかし、その表情はすぐに引き締まった。

「……まだです」

羅馬が顔を上げる。

「何が?」

「玄武様が、まだ見つかっておりません」

毒島は短く頷いた。

「ああ」

畳の上へ置いた紙を一枚、引き寄せる。

「三つの魂紋が揃っただけじゃ終わりじゃねえ」

「そうだった」

羅馬が腕を組む。

「僕たちは、玄武を探せと言われていた」

「だが、玄武だけは何も分かってない」

仁虎が言った。

毒島は黙ったまま、紙の上に記された覚え書きを睨んだ。

朱雀。

青龍。

白虎。

その下には、空いたままの一行がある。

玄武。

しばらくして、毒島の指が紙の上で止まった。

「いや」

「何かあるの?」

羅馬が覗き込む。

毒島は顔を上げた。

「手掛かりなら、もう出てる」

その言葉に、座敷の視線が集まる。

「酒呑童子だ」

涅央の扇が止まった。

あの夜、涅央の内より目覚めた大妖。

酒呑童子は、その場にいる者たちを見回し、四神の気配を口にした。

毒島は記憶を辿るように言う。

「あいつは、朱雀、青龍、白虎の気配を感じ取った」

少し間を置く。

「それから、こう言った」

毒島の目が細くなる。

「玄武までいるとはな――と」

座敷が静まり返った。

羅馬はゆっくりと周囲を見回す。

「つまり……」

声が少し低くなる。

「玄武に関わる誰かが、あの場にいた?」

「酒呑童子が見誤ってねえならな」

毒島は腕を組んだ。

「なら、あの時あの場にいた者を、一人ずつ当たる」

羅馬の目に、僅かな興味が宿る。

「何だか探偵みたいだね」

「遊びじゃねえぞ」

「分かってるって」

毒島は、まず亜呂、羅馬、仁虎へ視線を向けた。

「お前ら三人は除外だ。それぞれ朱雀、青龍、白虎の魂紋を持ってる」

羅馬が指を一本ずつ折る。

「僕たちは違う」

「次に涅央」

涅央が静かに顔を上げる。

「酒呑童子は、涅央の中から玄武の存在を感じ取ったわけじゃねえ」

毒島は言った。

「涅央の内側にいる酒呑童子自身が、『玄武までいる』と口にしたんだ」

涅央は僅かに笑った。

「自分自身を見つけて驚いた、というのも妙な話ですね」

「そういうことだ」

毒島の視線が幽解夏へ移る。

幽解夏は壁にもたれ、気だるそうに煙管を弄んでいた。

「幽解夏には、軻遇突智の加護がある」

「そういうことだねぇ」

幽解夏は欠伸を噛み殺す。

「神様を二柱も背負うなんざ、あたしゃ御免だよ」

それだけ言うと、再び話から離れた。

「奏々世とましろも違う」

毒島が続ける。

二人が顔を上げる。

「酒呑童子が玄武の名を出した時、二人はその場にいなかった」

ましろは記憶を辿り、頷いた。

「確かに。皆さんが旅籠へ戻られた時、私たちはここでお迎えしました」

奏々世も静かに頷く。

「では、私たちは候補には入らないということですね」

「ああ」

羅馬が折った指を見ながら言う。

「残るのは……毒島、源六、ご隠居?」

視線が三人へ集まる。

毒島は自分を指した。

「俺も違う」

「どうして?」

「西の封印の祠だ」

毒島の声が僅かに低くなる。

「あの時、俺だけが仲間から切り離された」

祠の外側に1人取り残された時の事を

淡々と話す毒島。

「仮に俺が玄武なら、一人だけ置き去りにされるとは考えにくい」

羅馬は少し考えたあと、頷く。

「確かに意味ないもんなあ」

「ああ」

毒島は短く答えた。

「少なくとも、俺じゃねえ」

残る視線が、源六へ向かう。

源六は団子を口へ運びかけたまま、ぴたりと止まった。

「何だ?」

羅馬の目が、源六の背にある甲羅へ落ちる。

「でも、見た目だけなら源六が一番それらしいよね」

「おら、河童だぞ」

源六は真顔だった。

「玄武も亀みたいな姿なんだろ?」

「亀と蛇を象った神獣だと伝えられています」

亜呂が答える。

羅馬は源六の甲羅を見つめる。

「やっぱり怪しい」

「おらは河童だ」

「それだけじゃ決め手にならないよ」

毒島が口を開きかけた、その時だった。

「源六さんではありません」

涅央が静かに言った。

皆の視線が集まる。

涅央は閉じた扇を膝の上へ置いた。

「酒呑童子は、源六さんの妖気を以前から知っています」

源六が大きく頷く。

「そうだぞ」

「河童の妖気と、玄武の気配」

涅央は穏やかに続ける。

「それを同じものとして感じ取ったとは考えにくい」

羅馬が首を傾げる。

「でも、酒呑童子が間違えた可能性は?」

「ないとは言い切れません」

涅央は正直に答えた。

「しかし、酒呑童子は源六さんの存在を認識したうえで、『玄武までいる』と口にしたのです」

毒島が僅かに頷いた。

「あいつは、源六とは別に玄武の気配を感じ取っていた」

「そう考えるのが自然でしょう」

涅央はそれ以上語らず、扇へ手を戻した。

源六は胸を張る。

「だから、おらは河童だと言っただろ」

「はいはい。分かったって」

羅馬が苦笑した。

そして。

座敷の中に、最後の一人だけが残った。

全員の視線が、奥へ向かう。

ご隠居は、いつものように胡坐をかいていた。

手には湯呑み。

驚くでもなく、慌てるでもなく。

ただ静かに、毒島たちの話を聞いている。

毒島は、ご隠居を真っ直ぐに見た。

「一つ一つは、決定的な証拠じゃねえ」

ご隠居は何も答えない。

「酒呑童子が見誤った可能性もある」

毒島は一歩、ご隠居へ近づいた。

「だが、あいつが嘘をついてねえなら、あの場に玄武はいた」

さらに一歩。

「三つの魂紋を持つ者を除く」

「別の神の加護を持つ者を除く」

「あの場にいなかった者を除く」

「玄武の性質と真逆の目に遭った者を除く」

そして、源六を見る。

「酒呑童子が明確に別の妖気として捉えていた者を除く」

毒島の声が、静かな座敷へ落ちた。

「残るのは、一人だけだ」

ご隠居は湯呑みを持ったまま、毒島を見上げる。

毒島は言った。

「ご隠居」

誰も動かなかった。

「あんたが、玄武の加護者だ」

風が吹いた。

軒先の風鈴が、ちりんと一度だけ鳴る。

ご隠居はしばらく毒島を見つめていた。

やがて、ゆっくりと湯呑みを置く。

その顔には、いつもの人を食ったような笑みではなく、穏やかな感心が浮かんでいた。

「よくここまで辿り着いたのう」

毒島の眉が僅かに動く。

ご隠居は深く頷いた。

「大したもんじゃ」

そして、静かに告げた。

「わしが、玄武の力を持つ者じゃ」

亜呂が息を呑む。

羅馬は目を見開き、仁虎は黙ったままご隠居を見る。

毒島は長く息を吐いた。

「だったら……」

羅馬が最初に声を上げた。

その声には、驚きだけではない。

僅かな苛立ちが混じっていた。

「何で言わなかったんだよ」

亜呂も思わず続ける。

「最初からお話しくだされば、このような回りくどいことをせずとも……」

毒島も低く言う。

「玄武の力を持ってるなら、なぜ動かなかった」

重なる声を、ご隠居は黙って受け止めていた。

「やめろ」

低い声が、皆の言葉を遮った。

仁虎だった。

部屋中の視線が、彼へ集まる。

仁虎はご隠居を見たまま言った。

「先に答えを言われてたら、魂紋は出てねえ」

羅馬が眉を寄せる。

「でも、役目くらい教えてくれても――」

「教えられた役目を演じるのと、自分で選ぶのは違う」

仁虎は右目へ触れた。

虹彩の奥に残る白い筋が、僅かに光る。

「亜呂が道を示したのも、羅馬が進む奴を運んだのも、俺が道を塞ぐものを斬ったのも、誰かに命じられたからじゃねえ」

亜呂は首筋の魂紋へ手を添える。

羅馬も、自分の印へ目を落とした。

「自分で決めたから、こいつが出た」

仁虎はご隠居を睨むように見る。

「気に食わねえやり方ではある」

少し間を置く。

「だが、間違っちゃいねえ」

座敷が静まった。

ご隠居は、しばらく仁虎を見つめていた。

その目が僅かに細くなる。

「……その通りじゃ」

皆の視線が、ご隠居へ戻る。

「わしが黙っておったのは、お主らを試したかったからではない」

いつもの軽い調子はなかった。

「魂紋は、他人から与えられた答えには応えぬ」

ご隠居は、亜呂、羅馬、仁虎を順に見た。

「己が何を成す者なのか。何を守る者なのか」

「それを己で選んだ時、初めて目覚める」

羅馬が静かに尋ねる。

「最初から、知っていたの?」

「知っておった」

ご隠居は隠さなかった。

「なら、やっぱり――」

「わしが答えを告げれば、お主らはそれをなぞったじゃろう」

羅馬の言葉を遮るように、ご隠居は続ける。

「それではならん」

亜呂が小さく問う。

「だから、何もなさらなかったのですか」

ご隠居は首を振った。

「何もせなんだわけではない」

僅かに笑う。

「見ておった」

そして、静かに続けた。

「待っておった」

その言葉は、思いのほか重く響いた。

「お主らが、自分の足でそこへ辿り着くのをな」

誰も口を挟まない。

「玄武の力は、先頭に立って道を示すものではない」

ご隠居は穏やかに言った。

「進む者の足元が崩れぬよう、最後まで支えるものじゃ」

仁虎の目が僅かに動いた。

明里の言葉と、同じ場所へ続く考えだった。

その人が進む道を、他人が決めてはいけない。

進むと決めた者のために、道を塞ぐものを取り除く。

ご隠居もまた、三人の道を決めなかった。

ただ、選ぶまで待ち続けた。

毒島は、ようやくすべてが腑に落ちたようだった。

「……なるほどな」

小さく息を吐く。

「あんたは何もしてなかったんじゃねえ」

ご隠居を見る。

「自分の役目を、ずっとやってたってわけか」

ご隠居は穏やかに笑った。

「わしにできることは、それくらいじゃったからのう」

亜呂が、申し訳なさそうに顔を伏せた。

しばらく迷ったあと、膝を揃えてご隠居へ向き直る。

「ごめんなさい、ご隠居様」

ご隠居が目を瞬かせる。

「何じゃ、急に」

「私ったら早とちりして……」

亜呂は少し頬を赤くした。

「また意地悪してるのかと……」

沈黙。

ご隠居の眉がぴくりと動いた。

「また、とは何じゃ」

羅馬が吹き出した。

「そこ気にするんだ」

「気にするわい。わしがいつ意地悪をしたというんじゃ」

「多すぎて覚えてないんじゃない?」

「お主は黙っとれ」

座敷に、ようやく小さな笑いが戻った。

亜呂も、ほっとしたように笑う。

ご隠居は鼻を鳴らし、それから亜呂を見る。

「謝ることはない」

「ですが……」

「そう思わせるような真似をしてきたのも、わしじゃからの」

少し間を置き、口元を緩める。

「じゃが、今回ばかりは意地悪ではないぞ」

亜呂が首を傾げる。

「今回ばかりは、ですか?」

「……そこを拾うでない」

羅馬がまた笑う。

仁虎は呆れたように鼻を鳴らしたが、その表情は僅かに緩んでいた。

しばらくして、ご隠居は壁際に立てかけていた杖へ手を伸ばした。

その動きに、座敷の空気が再び引き締まる。

ご隠居はゆっくりと立ち上がった。

「さて」

亜呂、羅馬、仁虎を見る。

「三つの魂紋は揃った」

次に、毒島へ目を向ける。

「そして、お主らは玄武へ辿り着いた」

誰も声を発しない。

「これで、ようやく白虎を迎えに行ける」

亜呂の目に、期待と不安が浮かぶ。

「白虎様を……お戻しできるのですか」

ご隠居はすぐには答えなかった。

やがて、静かに笑う。

「戻るかどうかを決めるのは、白虎自身じゃ」

仁虎の右目が僅かに細められる。

「わしらにできるのは、帰る道を拓いてやることだけ」

ご隠居は杖を握り直した。

「支度をせい」

いつもの飄々とした軽さが、その声音から消える。

「白虎を迎えに行くぞ」

仁虎が立ち上がった。

亜呂も、羅馬も、毒島も続く。

涅央は静かに扇を閉じる。

幽解夏は面倒そうに煙管を懐へ収めた。

源六は残っていた団子を慌てて口へ放り込む。

奏々世とましろは、出発の準備を整えるため座敷を後にした。

三つの魂紋。

白虎の魂。

そして、最後の守り。

白虎を迎えるための条件は、すべて揃った。

一行は、復活の地へ向かう。


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