白虎編 第十八話 【道を拓く者】
朝から、南区には槌音が響いていた。
地脈の乱れによって崩落した街道では、警邏隊と仁虎組が入り交じり、復旧作業に当たっている。
石畳は大きく割れ、地下を通る蒸気管の一部が露出していた。
道路脇の建物は辛うじて倒壊を免れていたものの、壁には深い亀裂が走り、今にも崩れそうな軒を丸太で支えている。
普段ならば、警邏隊と仁虎組が肩を並べて働くなど、まずあり得ない。
「そっちの材木を先に運べ!」
警邏隊員が声を上げると、仁虎組の若い衆が顔をしかめた。
「分かってるよ。いちいち偉そうに指図すんな」
「復旧作業には順序がある!」
「こっちは力仕事の順序で動いてんだよ!」
口では争いながらも、手は止まっていない。
警邏隊が周辺の安全を確認し、仁虎組が崩れた石材や梁を運び出す。
互いに気に食わないところはあっても、今は皇都の道を戻すことが先だった。
街道の中央では、ましろが作業図を片手に指示を出している。
「蒸気管の周囲には近づきすぎないでください。圧力を完全に落とすまでは、瓦礫の撤去を急がないように」
「副隊長!」
若い隊士が駆け寄ってきた。
「東側の支柱、補強が終わりました!」
「分かりました。では作業を再開してください。ただし、少しでも異音がしたら直ちに退避を」
「はっ!」
隊士が持ち場へ戻っていく。
ましろは小さく息を吐いた。
昨夜から、ほとんど休んでいない。
それでも、今ここで指揮を手放すわけにはいかなかった。
東風国への遠征警備に出ている浜岡鉄之進隊長と凛堂英士は、今日中には皇都へ戻る予定だった。
二人が帰還するまでは、自分が警邏隊を預かる。
それが副隊長としての務めだった。
「無理をなさらないでくださいね」
背後から声をかけたのは亜呂だった。
手には水筒を抱えている。
「皆さんの休憩用に、お水を持ってきました」
「ありがとうございます。ですが、亜呂さんも危険な場所には――」
「分かっています。作業場の中には入りません」
亜呂は苦笑した。
少し離れた場所では、羅馬が仁虎組の者たちと一緒に材木を運んでいる。
もっとも、運ぶというよりは、邪魔にならないよう横で支えている程度だった。
「羅馬! そっち持て!」
「持ってるよ!」
「それで持ってるつもりか!」
「僕は技師であって人足じゃないんだけど!」
その横で毒島が地面へ屈み、露出した蒸気管を調べている。
「うるせぇ。口を動かす前に手を動かせ」
「毒島まで言う?」
仁虎は少し離れた場所から、その様子を腕組みして眺めていた。
以前なら、こうした現場でも自分が一番前へ出て、邪魔な瓦礫を片端から退けていたかもしれない。
だが今日は、仁虎組の者たちへ細かく指示を出し、自分は全体を見ている。
昨夜見た夢が、まだ胸の奥に残っていた。
――その人が進む道まで、あなたが決めてどうするの。
明里の声。
何年経っても変わらない、少し呆れたような声だった。
仁虎は無意識に背へ手を回しかけ、途中で止めた。
着物の下に刻まれた白虎の印は、昨夜から妙に熱を持っている。
その時だった。
ごん、と。
地の底で、何かが鳴った。
最初は、誰かが石を落とした音かと思った。
しかし次の瞬間、露出した蒸気管が大きく震えた。
「全員、離れてください!」
ましろが叫ぶ。
地面が波打った。
割れた石畳が盛り上がり、積み上げられていた瓦礫が一斉に崩れる。
「うわっ!」
「下がれ!」
警邏隊員と仁虎組の者たちが退避しようと走る。
だが、その進路へ横倒しになった梁が滑り込んだ。
まるで、逃げ道を選んで塞いだように。
さらに反対側では荷車が勝手に動き出し、車輪を軋ませながら道を塞いだ。
「何だ、こりゃ……!」
仁虎組の男が梁を持ち上げようとする。
その足元から別の瓦礫がせり上がり、男たちを街道の奥へ押し戻した。
轟音とともに土煙が舞う。
視界が晴れた時、街道は中央から完全に分断されていた。
こちら側には、ましろたち。
向こう側には、数名の警邏隊員と仁虎組の者たちが取り残されている。
その背後では、破損した蒸気管から白い蒸気が噴き始めていた。
「第一救出班、前へ!」
ましろは即座に声を張った。
「西側の隙間から接近してください! 梁には触れず、負傷者の位置を確認!」
「はっ!」
数名の隊士が走る。
だが、彼らが西側へ回り込もうとした瞬間、積まれていた石材が崩れ、道を塞いだ。
「では東側から!」
ましろが指示を切り替える。
「仁虎組の方々、あの荷車を移動してください! その間に救出班を――」
「任せろ!」
仁虎組の者たちが荷車へ取りつく。
しかし荷車を動かした途端、地面から突き出した石が車輪を噛み、別の梁がその上へ倒れ込んだ。
道はまた塞がれた。
「何だよ、これ!」
「どけてもどけても、きりがねえ!」
向こう側から咳き込む声が聞こえた。
白い蒸気は、先ほどよりも濃くなっている。
「副隊長!」
閉じ込められた隊士が叫ぶ。
「こちらはまだ無事です! 先に蒸気管を!」
「持ちこたえてください!」
ましろは周囲を見渡す。
西側は塞がれた。
東側も駄目。
中央の梁を動かせば、全体が崩れる危険がある。
「第二班、蒸気管の圧を落として! 第三班は建物側から迂回路を――」
また地面が鳴った。
迂回路へ向かおうとした隊士の眼前へ、石柱が倒れ込む。
まるで、次に進もうとする道を読んでいるようだった。
ましろの呼吸が乱れる。
自分が指示を出すたびに、道が塞がれる。
自分が救おうとするたびに、部下たちが遠ざかっていく。
「私が……」
声が震えた。
「私が作業の続行を命じたから……」
ましろが瓦礫へ向かって踏み出す。
「待て!」
仁虎が腕を掴んだ。
直後、ましろが進もうとした場所へ石柱が倒れ込む。
地面を揺らすほどの衝撃。
あと一歩進んでいれば、下敷きになっていた。
「離してください!」
ましろが仁虎の腕を振り払おうとする。
「向こうには部下がいるんです!」
「分かってる。だから突っ込むな」
「ですが、このままでは――」
「ましろ!」
鋭い声が飛んだ。
騒然としていた現場が、一瞬で静まる。
ましろが振り返った。
街道の向こうから、二人の男が歩いてくる。
旅装には、長旅の土埃が残っていた。
先頭を歩く大柄な男は、鋭い眼差しで現場全体を見渡している。
その後ろには、長身の男が続いていた。
「隊長……」
ましろの口から、掠れた声が漏れた。
警邏隊の各所から声が上がる。
「浜岡隊長!」
「凛堂先輩も!」
東風国での遠征警備から戻ったばかりの、警邏隊隊長・浜岡鉄之進。
そして、かつて副隊長を務め、現在は浜岡直属として動く凛堂英士。
二人の姿を認めた瞬間、隊士たちの顔つきが変わった。
浜岡は足を止めず、ましろの前まで進んだ。
「何をしている」
「申し訳ありません。私の判断で作業を再開した直後に――」
「その話は後だ」
浜岡は言い切った。
「今、お前が見るべきものは何だ」
ましろは唇を噛む。
「……取り残された者たちです」
「それだけではない」
浜岡は周囲へ視線を巡らせた。
動揺する隊士。
避難しきれていない住民。
破損した蒸気管。
崩れかけた家屋。
そして、瓦礫の向こうへ取り残された者たち。
「お前が見るべきは、現場のすべてだ」
「……はい」
「仲間を案じるなとは言わん。だが、指揮を預かる者が一つだけを見てどうする」
ましろは俯きかけた。
だが、浜岡の声がそれを止める。
「俺たちが戻るまで、よく隊を持たせた」
ましろが顔を上げた。
浜岡は真正面から彼女を見ていた。
「住民を退避させ、被害を抑え、この場をここまで立て直したのはお前だ」
「隊長……」
「先ほど取り乱したからといって、それまでに成したことが消えるわけではない」
浜岡は隊士たちへ向き直る。
「我らは後方支援に専念する!」
声が現場を貫いた。
「引き続き、ましろ副隊長の指示のもと、各自の任務に当たれ!」
「はっ!」
隊士たちの声が一つに重なる。
ましろだけが、戸惑ったように浜岡を見た。
「そんな……隊長が戻られたのに、私が指示を出すなど……」
「現場を最も知る者が指揮を執る。それだけのことだ」
浜岡は短く答えた。
「胸を張れ、ましろ副隊長。お前の指示なら、皆も迷わず動ける」
隣に立った凛堂も、静かに頷く。
「今さら我々が割り込めば、かえって現場が乱れる」
その声音は浜岡より穏やかだったが、迷いはなかった。
「続けろ、ましろ。お前はもう、隊を預けられる者だ」
ましろは二人を見つめた。
やがて、深く息を吸う。
「……承知しました」
目に宿っていた迷いが消えた。
「警邏隊、住民の避難を継続! 第一班は救護所への搬送路を確保してください! 第二班は周辺家屋の補強! 残る者は蒸気管の圧力を落とす準備を!」
「はっ!」
隊士たちが一斉に動き出す。
浜岡は、その様子を一度だけ確認すると、仁虎へ目を向けた。
「仁虎殿」
「あ?」
「向こう側は、貴殿と彼らに任せておけばよいな」
仁虎は鼻を鳴らした。
「勝手に任せてんじゃねえ」
「できぬと言うのであれば、別の者を探すが」
「誰ができねえっつった」
浜岡はわずかに口元を緩めた。
「ならば、我らは我らのやるべきことを全うするのみだ」
仁虎は返事をせず、瓦礫へ向き直った。
その横へ、亜呂、羅馬、毒島が集まる。
「親分、俺たちも行きます」
仁虎組の者が前へ出ようとした。
だが仁虎は片手を上げて止める。
「待て」
「しかし、中には仲間が!」
「分かってる」
仁虎は瓦礫の山を睨んだ。
「だからこそ、今は動くな」
羅馬が目を瞬かせる。
「……珍しいね」
「何がだ」
「仁虎さんが、殴る前に考えてる」
「調子に乗るな」
「いやぁ、調子狂うなぁと思って」
仁虎が睨む。
だが、羅馬は笑っていた。
以前の仁虎なら、話を聞くより先に瓦礫を叩き割っていただろう。
自分一人で何とかしようとしたはずだ。
だが今は違う。
仁虎は、ここにいる者たちの顔を順番に見た。
「亜呂」
「はい」
「火で照らせ。あの瓦礫のどこに怪異が潜んでるか、見えるかもしれねえ」
「分かりました」
「羅馬」
「うん」
「音を聞け。あれがただの崩落じゃねえなら、何かある」
「了解」
「毒島」
「言われなくても調べてる」
毒島は地面へ膝をつき、割れ目へ器具を差し込んでいた。
仁虎はそれ以上何も言わず、三人の動きを待った。
羅馬は思わず口元を緩める。
調子は狂う。
だが、悪い気はしなかった。
仁虎はようやく、自分たちを亜呂の付き添いでも、勝手についてくる余所者でもなく、同じ道に立つ仲間として数え始めている。
亜呂が両手を合わせる。
指の隙間から淡い炎が生まれ、瓦礫の山を照らした。
人を焼かない神火。
柔らかな光が、石と木材の表面を撫でていく。
すると、瓦礫のいたるところに黒い染みが浮かび上がった。
手形。
幾つもの黒い手が、瓦礫を掴み、押し込めるように重なっている。
梁の節には、苦悶する人の顔にも見える影。
切れた縄には、蛇のように這う黒い線。
「これは……」
亜呂が息を呑む。
羅馬は目を閉じた。
蒸気の噴き出す音。
石が軋む音。
人々の荒い呼吸。
その奥に、別の音がある。
声だった。
ひとつではない。
幾重にも重なった囁き。
――暗い。
――息ができない。
――誰か。
――出口はどこだ。
助けを求める声が、少しずつ形を変えていく。
――帰れない。
――出られない。
――道がない。
やがて、それは他者へ向けられた言葉へ歪んでいった。
――行くな。
――戻れ。
――進むな。
――ここから出るな。
羅馬が目を開く。
「聞こえる」
「何がだ」
「声だ。最初は助けを求めてた。でも、今は違う」
羅馬は瓦礫を見つめる。
「進むな。戻れ。ここから出るなって」
毒島が舌打ちした。
「やっぱりか」
地面へ差し込んでいた器具を引き抜く。
針は激しく振れ続けていた。
「地脈の乱れに、人間の恐れが食いついてやがる」
「恐れ?」
亜呂が尋ねる。
「この辺りで閉じ込められた奴らが残したもんだ」
毒島は瓦礫を見る。
「出られない。帰れない。道がない。そういう思念が、歪んだ地脈へ染みついた」
「それが怪異になったの?」
「ああ」
毒島は立ち上がった。
「道塞ぎだ」
仁虎が眉を寄せる。
「道塞ぎ?」
「進もうとする人間の前へ、障害を作る怪異だ。石でも木でも荷車でも、そこにある物を使ってな」
まるで名を呼ばれたことへ応えるように、瓦礫の奥から低い音が響いた。
石柱が動く。
梁が軋む。
仁虎が一歩踏み出すと、その正面へ新たな瓦礫が落ちてきた。
「なるほどな」
仁虎は太刀の柄へ手を置く。
「壊しても、また塞がれるわけだ」
「下手に壊せば、向こう側の連中まで巻き込む」
毒島が言った。
「蒸気管も限界に近い。一気に崩せば、まとめて吹き飛ぶぞ」
瓦礫の向こうから、咳き込む声がした。
白い蒸気が次第に濃くなっている。
時間はない。
仁虎は瓦礫を睨んだまま尋ねた。
「核だけ斬れば済むんじゃねえのか」
「近づけるならな」
毒島は顎で瓦礫を示した。
「道塞ぎは、進もうとした先から塞ぐ。核を狙えば、その周りへ障害を集めるはずだ。力任せにやれば、先に向こう側が潰れる」
仁虎はしばらく黙った。
やがて、太刀の柄から手を離す。
「羅馬」
「何?」
「声が一番強い場所はどこだ」
羅馬は再び目を閉じる。
囁きは瓦礫のすべてから聞こえるようでいて、微かに中心があった。
何度障害を取り除いても、必ず次のものを動かす場所。
「少し右」
羅馬が指を差す。
「倒れた鳥居みたいな梁の、その下だ」
「亜呂」
「見てみます」
亜呂が炎を集中させる。
梁の下。
黒い手形が、そこだけ渦を巻いていた。
幾つもの腕が折り重なり、一つの塊を守るように覆っている。
その中心に、小さな石があった。
地面の色とは違う、くすんだ灰色の石。
表面には、人の指で引っ掻いたような筋が無数に刻まれている。
「おそらく、あれが核だ」
毒島が言う。
「だが、周りの梁を動かせば全体が落ちる」
仁虎は黙って核を見ていた。
以前の自分なら、力任せに斬っていた。
核ごと。
瓦礫ごと。
結果として誰かが傷ついたなら、それも仕方がないと、自分へ言い聞かせたかもしれない。
だが、それでは駄目なのだ。
壊すべきものを、見誤ってはいけない。
道を塞いでいるのは、瓦礫ではない。
石でも、梁でも、荷車でもない。
それらを使い、進もうとする者を押し戻そうとする意志。
明里の声が蘇る。
――その人が進むと決めたなら。
――前にあるものを、取り除いてあげればいいの。
仁虎はゆっくりと太刀を抜いた。
白牙の刃が、亜呂の炎を受けて淡く光る。
「亜呂。火を絶やすな」
「はい」
「羅馬。次に動く場所を教えろ」
「任せて」
「毒島。崩れそうな場所を見てろ」
「蒸気管もな。破裂まで長くて三分だ」
「十分だ」
毒島が眉をひそめる。
「お前の十分は信用ならねぇんだよ」
「なら、間違えねえように声を出せ」
毒島が一瞬黙り、鼻を鳴らした。
「言われなくてもやる」
仁虎は構えた。
道塞ぎが反応する。
瓦礫の黒い手形が蠢き、仁虎の前へ石材を押し出した。
だが仁虎は斬らない。
「右へ!」
羅馬の声。
仁虎が一歩ずれる。
石材が目の前を落ちた。
「足元です!」
亜呂の炎が、地面を這う黒い線を照らす。
仁虎は踏み込む場所を変える。
直後、先ほどまで足を置こうとしていた地面が陥没した。
「上の梁が落ちるぞ!」
毒島が叫ぶ。
仁虎は身体を沈めた。
頭上を梁が掠め、その背後で轟音を立てて落ちる。
「正面は駄目! 左から回って!」
「その先の石柱が崩れる! 二歩で止まれ!」
「今です、父上!」
道塞ぎは次々に障害を作る。
だが仁虎は、一つも力任せに壊さなかった。
羅馬の声を聞く。
亜呂の火を見る。
毒島の警告を信じる。
避ける。
潜る。
踏み越える。
一人では進めない道を、仲間の力を借りて進んでいく。
黒い手形が焦るように蠢く。
道を塞ぐ。
また塞ぐ。
それでも仁虎は止まらない。
向こう側から、取り残された者たちの声が聞こえる。
「親分!」
「仁虎殿!」
仁虎は一度だけ、そちらへ目を向けた。
「そこで待ってろ」
静かな声だった。
「今、道を開ける」
白牙を振り上げる。
道塞ぎは最後の抵抗を見せた。
核を守る黒い手が膨れ上がり、巨大な人影となって仁虎へ覆いかぶさる。
――進むな。
――戻れ。
――ここから先へ行くな。
仁虎は真っ直ぐ、それを見返した。
「悪いな」
白牙を振り下ろす。
「それを決めるのは、お前じゃねえ」
白牙の刃が黒い影へ触れた。
刃は石を断つことなく、その表面をすり抜けるようにして、内側へ巣食う穢れだけを斬り裂いた。
甲高い叫びが響いた。
幾重にも重なっていた囁きが、一斉に途切れる。
核となっていた灰色の石へ、一本の亀裂が走った。
次の瞬間。
瓦礫を覆っていた黒い手形が、煙のように消えていく。
押し合っていた石材が止まる。
梁の軋みが静まる。
塞がれていた隙間の奥へ、一本の道が現れた。
「今だ!」
毒島が叫ぶ。
警邏隊と仁虎組が一斉に動き出す。
凛堂が救出班を率い、開いた道へ入る。
「負傷者から運べ! 梁には触れるな!」
「仁虎組、手を貸せ!」
仁虎組の者たちも応える。
「言われなくてもやってる!」
向こう側に取り残されていた隊士が、負傷した組員を背負う。
組員は、足を痛めた別の隊士へ肩を貸す。
警邏隊も仁虎組も関係ない。
互いに支えながら、一人ずつ開いた道を戻ってくる。
「第一の負傷者、救護所へ!」
ましろが指示を飛ばす。
「蒸気管の圧力を落としてください! 搬送路を空けて!」
浜岡は全体を見渡しながら、必要な箇所へ短く命令を出す。
だが、指揮の中心にいるのは最後までましろだった。
最後に残ったのは、梁を支え続けていた若い隊士と仁虎組の男だった。
「お前が先に行け!」
「馬鹿言うな、そっちの方が足やられてんだろ!」
「二人とも一緒に来い!」
凛堂が声を上げる。
仁虎が梁へ肩を入れた。
「いつまで揉めてやがる。さっさと出ろ」
二人が道を抜ける。
仁虎も最後に梁から離れ、こちら側へ戻った。
全員が救出された。
その瞬間だった。
仁虎の右目に、焼けるような痛みが走った。
「ぐっ……!」
片膝をつき、右目を押さえる。
「父上
!」
亜呂が駆け寄る。
背中の白虎の印が、着物越しに白く輝いた。
同時に、仁虎の右目の奥へ、別の光が灯る。
白い光が、指の隙間から漏れた。
仁虎がゆっくりと手を離す。
右の瞳孔が、獣のように細く縦へ伸びている。
虹彩の奥には、白虎の牙にも似た淡い紋様が浮かんでいた。
ほんの一瞬。
仁虎の視界が変わる。
崩れかけた石。
人々の足取り。
蒸気の流れ。
進める場所と、進めない場所。
道という道が、白い筋となって見えた。
その中央には、共に道を拓いた者たちが立っていた。
仁虎は静かに右目を閉じた。
再び開いた時、瞳孔は元の形へ戻っていた。
だが、虹彩の奥には細い白い筋が残っている。
毒島が近づき、仁虎の右目を覗き込んだ。
「おい。今のは……」
「近ぇ。離れろ」
「動くな。確認してんだ」
毒島は目を細めた。
着物越しに見える背中の白虎印は、消えていない。
毒島は、そのことに気づいて目を見開いた。
そして、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「これで……三つの魂紋が揃った」
仁虎は何も答えなかった。
ただ、開かれた道の向こうを見つめていた。




