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からくり道中浪漫譚―白詰草異聞―  作者: ロマリアス
白虎編

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白虎編 第十五話 【鬼と観客と幕のあと】


百七の魂が並ぶ客席の前で、涅央はしばらく動けなかった。

 舞台の上に立っている。自分の足で。自分の意思で。

 身体の奥には、まだ酒呑童子の気配がある。だが、先ほどまでとは違う。喉を奪われているわけでもない。腕を動かされているわけでもない。

 深い舞台袖へ引き下がり、そこからこちらを眺めている。そんな感覚だった。

 客席に並ぶ魂たちは、誰一人として声を上げなかった。ただ、涅央を見ていた。主役が戻ってきたことを確かめるように。

 やがて、身体の奥から低い笑い声が響いた。

 ――主役に戻れば、あの女を抱けるのう。

「何を言ってるんです」

 返事は、考えるより先に出た。

 少し離れた場所に立っていた幽解夏が振り向く。

「何か言ったかい?」

「いえ。何も」

「そうかい」

 幽解夏はそう答えたが、その口元にはわずかな笑みが残っていた。

 戦いの最中に乱れた着物は、肩口が大きくずれている。襟元を直そうとして、片手では上手くいかなかったらしい。白い背が、夜気の中へわずかに覗いていた。

 幽解夏は涅央の前まで歩み寄ると、背を向けた。

「直してくれるかい?」

「俺がですか?」

「他に誰がいるんだい」

 涅央は周囲を見た。

 百七の魂は静かに座っている。酒呑童子は自分の中だ。確かに、他には誰もいない。

「分かりました」

 涅央は着物の襟へ手を伸ばした。肌へ触れないように気をつけながら、ずれた布を肩へ戻す。だが、指先は思った以上に震えていた。

「酒呑童子に身体を奪われていた時の方が、よほど大胆だったよ」

 涅央の手が止まる。

「それは俺じゃありません」

「冗談だよ」

 幽解夏は楽しそうに笑った。

 涅央は何も答えず、襟元を整えた。

「終わりました」

「ありがとう」

 幽解夏は振り返る。先ほどまでの妖艶な笑みではなかった。いつもの、少し意地の悪い、それでいて温かい表情だった。

「涅央」

「はい」

「よくやった」

 その手が、涅央の頭へ伸びる。くしゃり、と髪を乱された。

「かっこよかったよ」

 涅央は目を伏せた。

「……ありがとうございます」

「先に戻ってるよ」

 幽解夏はそれだけ言うと、背を向けた。歩き出した姿が闇の向こうへ消える。

 気配が完全に遠ざかったところで、身体の奥から声がした。

 ――……抱かぬのか?

「黙ってください」

 今度も、返事は早かった。

 酒呑童子が愉快そうに笑う。涅央は小さく息を吐いた。

 百七の魂へ向き直る。

「今夜は、もう幕を下ろしましょう」

 魂たちは何も答えない。ただ、その表情は先ほどより穏やかに見えた。

     ◇

 屋敷を出ると、夜はすでに深くなっていた。

 庭先では、羅馬たちが待っていた。亜呂、仁虎、毒島、ご隠居、源六。

 誰もすぐには声を掛けなかった。涅央が自分の足で歩いてくる姿を、確かめているようだった。

 最初に駆け寄ったのは羅馬だった。

「涅央」

「羅馬さん」

「大丈夫?」

「はい」

「本当に?」

「多分」

「多分か」

 羅馬は困ったように笑った。

 その横から、毒島が涅央の顔を覗き込む。

「目は合うな」

「合います」

「指は動くか」

「動きます」

「何本に見える」

 毒島が指を二本立てる。

「二本です」

「酒呑童子に聞いてねえぞ」

「俺が答えています」

「ならいい」

 毒島はすぐに手帳へ何かを書き込んだ。

 涅央が苦笑した、その時だった。亜呂が一歩前へ出る。

 じっと、涅央の胸元を見つめる。

「……まだ、いますね」

 涅央の表情が固まった。

「分かるんですか」

「はい」

 亜呂は静かに頷く。

「先ほど、神火で触れましたから」

 自身の指先へ目を落とす。

「消えた気配と、奥へ退いた気配は違います」

 仁虎の眉間へ皺が寄る。

「つまり、あの鬼はまだ涅央の中にいるってことか」

「はい」

 空気がわずかに張り詰める。

 涅央は、誰より先に口を開いた。

「追い出したわけではありません」

「追い出せなかったのか」

 毒島が尋ねる。

「違います」

 涅央は首を振る。

「残ることを、俺が認めました」

 仁虎が目を細める。

「理由は」

「百七人の魂を、あいつが守っていました」

「守っていた?」

「少なくとも、食らってはいませんでした」

 涅央は言葉を選びながら続ける。

「俺の身体を奪ったのも事実です。俺が自分を見失えば、また同じことが起きるかもしれません」

「危険だな」

「はい」

「それでも置いておくのか」

「はい」

 仁虎はしばらく涅央を見た。怒鳴りはしなかった。否定もしなかった。

 代わりに、亜呂へ目を向ける。

「お前はどう思う」

 亜呂は涅央の胸元から視線を外さなかった。

「危険ではあります」

 そこで一度、言葉を切る。

「神火で触れた時、憎しみだけで形作られたものではないと感じました」

「憎しみだけではない?」

 羅馬が尋ねる。

「はい。荒々しく、欲も強く、進んで人を傷つけることもためらわない気配です」

 涅央の身体の奥で、酒呑童子が鼻を鳴らした。

「ですが、ただ人を害することだけを望むものでもありません」

「邪悪じゃねえから安全ってわけでもねえぞ」

 毒島がすぐに口を挟んだ。

「はい。それも分かっております」

「ならいい」

 毒島は腕を組む。

「監視は必要だ。涅央の身体にも、酒呑童子の気配にも、変化があればすぐ調べる」

「お願いします」

 涅央が頭を下げる。

 すると、身体の奥で酒呑童子が笑った。

 ――あの巫女、なかなか鋭いのう。

 涅央は黙っていた。

 ――見どころがある。

 まだ黙る。

 ――あと五年もすれば食べ頃じゃな。

「殺されますよ」

 思わず口から出た。

 全員が涅央を見る。

 羅馬が首を傾げた。

「誰が?」

「いえ、酒呑童子が……」

 ――ほう? 誰にじゃ?

「仁虎さんと……羅馬さんに」

 仁虎の眉が動く。羅馬は目を瞬いた。

 ――ほう。随分と詳しいではないか。

「見れば分かります」

 涅央が小さく答える。

 羅馬と亜呂の間へ、一瞬だけ妙な沈黙が落ちた。

 毒島が口元を歪める。

「何の話だ」

「聞かない方がいいです」

「余計気になるだろうが」

 涅央は答えなかった。酒呑童子はますます愉快そうに笑っていた。

 やがて、その笑いが止まる。

 涅央の内側で、酒呑童子の気配がゆっくりと周囲へ意識を向けた。

 亜呂。羅馬。仁虎。ご隠居。

 ひとりずつ見定めるように、気配が動く。

 ――居心地がよいと思うたら、お前の周りには、とんでもない奴らが揃っておるではないか。

「何ですか」

 涅央が小声で尋ねる。

 ――虎だけではないな。

 酒呑童子の声が低くなる。

 ――火、風……それに、随分と古いものまで混じっておる。

「何の話です?」

 ――四神じゃ。

 涅央は思わず顔を上げた。

「四神?」

 全員の視線が集まる。

 毒島がすぐに詰め寄った。

「今、何て言った」

「酒呑童子が……四神の気配があると」

「誰だ」

 毒島の問いに、涅央は身体の奥へ意識を向ける。

「誰がどれなのですか」

 ――そこまで知らぬ。

「分からないんですか」

 ――気配があることと、名を知ることは別じゃ。

 少し間を置き、酒呑童子が続けた。

 ――朱雀、青龍、白虎。それに玄武までおる。

 涅央の口から、思わず言葉がこぼれた。

「玄武もいる……?」

 仁虎の背中で、白虎の印がかすかに疼いた。亜呂は自分の胸元へ手を置く。羅馬だけが、意味を測りかねるように眉を寄せていた。

「酒呑童子が、この場に朱雀、青龍、白虎、玄武の気配があると言っています」

 毒島は顎へ手を当てる。

「なるほどな」

 そして涅央へ向かって、少し笑う。

「なかなか役に立つじゃねえか」

 ――小童が、偉そうに。

 涅央は黙っていた。

 ――ほれ。ちゃんと伝えぬか。

「……小童が、偉そうにと申しております……」

 毒島は鼻で笑った。

「酒呑童子様からしたら、そうだろうよ」

 ――まったく。近頃の人間は、目上に対する礼儀がなっておらんな。

「目上ね……」

 涅央は少し考える。

「黒子ですけどね。今は」

 酒呑童子の気配が一瞬、黙った。

 羅馬が吹き出す。仁虎も口元をわずかに緩めた。

 毒島は、手を叩くようにして言った。

「立ち話じゃ埒が明かねえ」

 背負い箱を持ち直す。

「ひぐらしに集まるぞ。作戦会議だ」

     ◇

 ひぐらしの店先には、まだ灯りが残っていた。

 扉を開くと、温かい空気と甘い香りが流れてくる。

「皆さん、おかえりなさい」

 奏々世が穏やかな笑みで迎えた。

 その横では、ましろが背筋を伸ばしている。

「任務、ご苦労さまです!」

 少し力の入りすぎた挨拶に、羅馬が笑う。

「そんなに固くならなくていいよ」

「ですが、大変な任務だったと聞きましたので!」

「まあ、それはそうだけど」

 涅央は二人へ軽く頭を下げた。

「ご心配をお掛けしました」

「本当に、無事でよかったです」

 奏々世は涅央の顔を見て、胸を撫で下ろす。その視線がわずかに胸元へ下がったが、酒呑童子を恐れる様子はなかった。

 店の奥にある隠し仕掛けを開き、一行は地下へ降りた。

 ひぐらしの地下には、白詰草同盟の本部がある。

 中央には大きな円卓。壁には皇都の地図と、地脈の流れを示す図。棚には古文書、測定器具、天礎石の見本が並んでいる。

 全員が席へ着いた頃、階段を下りてくる足音が聞こえた。

「悪いね。待たせたかい?」

 着物を整え、簡単な手当てを終えた幽解夏が現れる。そのまま迷いなく涅央の近くへ座った。

 奏々世が小さく手を叩く。

「とりあえず皆さん、まずは甘いものでも食べて、一息つきませんか?」

 円卓の上へ、団子、饅頭、かりんとうが並べられる。それぞれの前には、温かい花茶。

「いろいろ考えるにも、まず少し休息を取らないと、いい考えも浮かんできませんから」

「賛成」

 羅馬がすぐ団子へ手を伸ばす。亜呂も小さく笑い、饅頭を取った。仁虎は茶だけを飲んでいる。毒島は片手でかりんとうを食べながら、もう片方の手で手帳を開いていた。

 涅央だけが、何も取ろうとしない。

 羅馬がそれに気づいた。

「あれ? 涅央、食べないの?」

「今はあまり……」

「この中で一番食べなきゃいけないの、涅央だよ」

「でも」

「身体を取られかけたんだろ。体力使ってるに決まってる」

 幽解夏が横から饅頭を一つ差し出す。

「少しは食べな」

 涅央は左右から見られ、観念したように饅頭を受け取った。

 一口食べる。思っていたより甘かった。

 奏々世は微笑みながら、涅央の胸元へ話しかける。

「残念ながら、お酒はありませんよ。酒呑童子様」

 酒呑童子が大声で笑った。

 ――はっはっは! なかなか面白いおなごじゃな!

 涅央が困った顔をする。

 ――構わぬ。どうせ“ここ”では酒は飲めん。

「……『はっはっは。なかなか面白いおなごじゃな。構わぬ。どうせ“ここ”では酒は飲めん』と申しております……」

「それは残念ですね」

 奏々世は少しも動じない。

「いつか、外へ出られるようになったらご用意します」

 ――気前がよいのう。

「喜んでいます」

「それは何よりです」

 毒島が呆れたように言う。

「普通に客扱いするな」

「同じ場所にいる以上、仲間ではなくとも、お客様ではありますから」

「その理屈で酒呑童子を扱う奴、初めて見たぞ」

 奏々世は首を傾げた。

「そうでしょうか」

 涅央の中で、酒呑童子はまだ笑っていた。だが、その気配が少しずつ静まっていく。

 ――さて。

「何ですか」

 ――では儂は寝るとするか。

「寝る?」

 ――起こすでないぞ。数日は目覚めぬ。

 涅央は思わず声を上げた。

「寝過ぎじゃないですか?」

 全員が涅央を見る。

 酒呑童子は、面倒そうに鼻を鳴らした。

 ――人間の睡眠と同じように考えるでないわ。

 その声が、徐々に遠くなる。

 ――儂らのような鬼や妖から見れば、一日のうちに必ず眠らねばならぬ人間の方が、よほど異質じゃ。

「そういうものなんですか」

 ――知らぬ。

「知らないんですか?」

 ――他の妖に聞け。

 それを最後に、酒呑童子の気配が深く沈んだ。

 消えたわけではない。だが、先ほどまで聞こえていた声が完全に途絶える。

 涅央はしばらく自分の胸元へ意識を向けた。

「……本当に寝ました」

「急だな」

 羅馬が言う。

「数日は起きないそうです」

 毒島が眉を上げる。

「都合のいいところで寝やがったな」

「起こすなとも言われました」

「どうやって起こすんだよ」

「それは……分かりません」

 幽解夏が面白そうに笑う。

「静かになってよかったじゃないか」

 涅央は小さく頷いた。

「少しだけ」

     ◇

 茶が一巡したところで、毒島が円卓へ手帳を置いた。

「始めるぞ」

 壁の皇都図へ目を向ける。

「酒呑童子の話が本当なら、この場に四神に関わるものが全部いる」

「白虎は仁虎さんですよね」

 ましろが言う。

「ああ」

 毒島が頷く。

「朱雀は亜呂で、まず間違いねえ」

 亜呂は静かに頷いた。

「朱雀さんの気配は、私も感じております」

「問題は青龍と玄武だ」

 羅馬が腕を組む。

「玄武は白虎からも探せって言われた。でも、青龍の話は出てなかったな」

 その言葉に、毒島の動きが止まった。

「待てよ」

 全員が毒島を見る。

「西の山で白虎の前へ連れていかれたのは、誰だった」

「私と、父上と、羅馬さんです」

 亜呂が答える。

「俺は置いていかれた」

 毒島が少し恨めしそうに付け加える。

「まだ気にしてたのか」

 仁虎が言う。

「気にするだろうが。目の前で三人まとめて意識が飛んだんだぞ」

 毒島は咳払いをする。

「それで白虎は、お前ら三人に何と言った」

「玄武を探せ、と」

 仁虎が答える。

 羅馬が眉を寄せた。

「青龍を探せとは言わなかった……」

 部屋が静まり返る。

 亜呂は、あの白い空間を思い返すように目を伏せた。

「白虎は、私たち三人だけをあの場所へ招きました」

「そういうことか」

 仁虎が低く呟く。

 羅馬が二人を見る。

「どういうこと?」

 毒島は三人へ順に視線を動かした。

「白虎には、あの場ですでに三つの力が揃ってると分かってたんじゃねえか」

「三つ……」

「朱雀、青龍、白虎だ」

 毒島は亜呂を見る。

「朱雀は亜呂」

 仁虎が自分の胸元へ手を置く。

「白虎は俺だ」

 最後に、全員の視線が羅馬へ集まった。

 羅馬の目がわずかに見開かれる。

「なら、残る青龍は……」

 亜呂が静かに言った。

「羅馬さん、ということになります」

「……俺が?」

 羅馬は自分の胸へ手を当てる。

「青龍?」

「そう考えるのが一番自然だ」

 毒島が答える。

「でも俺、青龍の声なんて聞いたことないよ」

 羅馬は困惑したまま続ける。

「龍が見えたこともないし、亜呂みたいに名前を呼んだこともない」

「私も、最初から朱雀さんのことを理解していたわけではありません」

 亜呂が穏やかに言う。

「最初は、ただ火が応えてくださっているとしか分かりませんでした」

「でも亜呂には、神火がある」

 羅馬は自分の手を見る。

「俺に何があるんだろう」

「風じゃねえのか」

 仁虎が言った。

 羅馬が顔を上げる。

「お前は昔から、誰より風を読む」

「それは風見鶏の和音があるから」

「白虎と対面したあの白い場所では、楽器に触れていないのに音が鳴りました」

 亜呂が言う。

「白虎が羅馬さんをご覧になった時、風も集まっておりました」

 毒島が顎を撫でる。

「白虎がわざわざ三人だけを選んだ。偶然で片づけるには出来すぎてるな」

 羅馬はまだ納得しきれない様子だった。だが、否定する言葉も見つからないらしい。

「俺が……青龍」

 その言葉を、自分へ馴染ませるように呟いた。

 ご隠居は茶を啜りながら、黙って聞いていた。

 奏々世が静かに言う。

「では、残るのは玄武ということですね」

「ああ」

 毒島は円卓を見回す。

「酒呑童子は、この場に玄武の気配もあると言った」

「この場、というのはどこまででありますか?」

 源六が手を上げる。

「その時にいた全員だろ」

「では、自分にも可能性があるでありますか?」

 全員の視線が、源六の背中へ集まった。

 毒島が指を差す。

「お前、亀の甲羅背負ってるじゃねえか」

「これは亀ではないであります!」

「じゃあ何なんだよ」

「……分からないであります」

「お前が背負ってんだろうが」

「気がついた時には背負っていたであります!」

「もっと自分に興味を持て!」

 羅馬が吹き出す。亜呂も口元を押さえた。

 源六は少し不服そうに、背中の甲羅へ手を回そうとする。

「しかし、玄武は亀と蛇の姿だと聞くであります。自分には蛇がないであります」

「そこを真面目に考えるな」

 毒島が頭を抱える。

「奏々世はどうだ」

 仁虎が言った。

「皆が戻る場所を守ってる。支えるって意味なら、玄武に近くねえか」

「私でしょうか」

 奏々世は自分を指す。

「確かに皆さんの帰る場所は守りたいと思っていますが、神獣の力を感じたことはありません」

「感じてねえだけかもしれん」

 毒島は手帳へ名前を書き込む。

 その筆先が止まり、ご隠居へ向けられた。

「爺さん」

「何じゃ」

「お前も怪しい」

「わしが玄武かもしれんということかの」

「俺たちが西の山へ向かった日、お前もあの辺りにいたよな」

「散歩じゃよ」

「ずいぶん遠い散歩だな」

「足腰を鍛えておる」

「杖をついて山を越える奴が、今さら何を鍛えるんだ」

「老いに終わりはないからのう」

「都合のいい爺さんだ」

「年寄りとは、そういうものじゃ」

 ご隠居は困ったように笑うだけだった。

 源六。奏々世。ご隠居。

 それぞれに玄武らしく見えるところはある。だが、決め手になるものはなかった。

 羅馬が腕を組む。

「そもそも、玄武って何をする神獣なんだろう」

「北を守る」

 毒島が答える。

「水や大地を司るとも言われてる。だが、それだけじゃ誰かを特定できねえ」

「白虎は、戦うために父上のお身体を必要としております」

 亜呂が言う。

「ならば玄武にも、玄武にしかできない役目があるのではないでしょうか」

「役目か」

 羅馬が呟く。

「朱雀にも、青龍にも?」

「あるはずだ」

 仁虎が答える。

「神獣が理由もなく人間へ力を預けるとは思えねえ」

 羅馬は自分の手を見た。

「俺が青龍だとしても、何をするための力なのか分からない」

「私も同じです」

 亜呂が自分の胸元へ触れる。

「朱雀さんが私と共にいてくださることは分かります。ですが、その火が何を成すためのものなのかまでは……」

 毒島は手帳に並べた名前を見る。

 候補を増やしても、答えには近づかない。

「闇雲に探しても仕方ねえか」

 鉛筆を置く。

「まず、分かっているところから確かめる」

「分かっているところ?」

 羅馬が聞く。

「亜呂と羅馬だ」

 毒島は二人を見る。

「朱雀と青龍。それぞれの力が何をするためのものなのか。それが分かれば、玄武が担う役目も見えてくるかもしれねえ」

「白虎については?」

 仁虎が尋ねる。

「お前と白虎の関係も調べる。ただ、まずは亜呂と羅馬だ」

「なぜ俺たちから?」

「西の山で白虎と対面した時、お前ら二人の力が同時に反応した」

 毒島が答える。

「別々に調べるより、二人一緒の方が何か起きる可能性がある」

 羅馬と亜呂が顔を見合わせる。

 亜呂は小さく頷いた。

「分かりました」

「俺も、やってみるよ」

 羅馬も答える。

 ご隠居は茶を置いた。

「うむ。順番というものがあるからの」

 毒島がすぐに振り向く。

「何か知ってんのか」

「何も知らんよ」

「今の言い方は絶対知ってる奴だろ」

「年寄りは、物事には順番があると思っておるだけじゃ」

「またそれか」

 毒島は頭を掻いた。

 円卓の上で、花茶の湯気が静かに揺れていた。

 朱雀の火。青龍の風。白虎の牙。

 そして、まだ姿の見えない玄武。

 次に確かめるべきものは、もう決まっていた。


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