故郷から旅立ちましょう
公爵令嬢ロゼリアの麗しい絵姿は額に入れられて、リリアンヌの机の前に飾られた。リリアンヌは自分で言った言葉通りに、絵姿を見ながら王立学院に入学する前の勉強に励んだのだった。
王立学院の生徒は皆、寮に入る。食事は食堂で食べればよいし、洗濯や掃除は各寮にいる下男下女がしてくれる。身支度さえ自分で整えることが出来るようになっていれば、生活面での心配はない。元々殆どの身の回りのことは自分でしているリリアンヌなので、まったく問題がなかった。
そのうえ貴族の知り合いが殆どいないとはいえ、妖精使いの見習いと成るべくカナルも同じ王立学院に通うことになっている。話相手には困らない。トラブルを起こして、カナルから逃げ回ることをしなければだが。
学業面においても生活面においても準備は順調に進んでいった。
そして、いよいよ旅立ちの日を迎える。
「リリアンヌ……知らない人についていってはだめよ。生水は飲まないようにしなさいね。物事には、何事も適度ってものがあるんですからね。それから、ええと……」
「王立学園で自分がなすべき事は分かっているな」
「はい、お父様。我が領地に繁栄をもたらす出会いと良縁をつかんできます。それと富と名声につながる知識を身に付けて、将来的に安定した領地経営をするべ「そんなに難しく考えなくていい」く」
フワフワのピンクゴールドの髪を大きな手がわしわしと撫でる。肩をすくめながらもリリアンヌは大きな碧い瞳を大好きな両親へと向けた。
「いってまいります」
きれいなカーテシーを披露するや否や、貴族としては行儀悪く大きく手を振りながら、リリアンヌは馬車へと乗り込んだ。
カナルはいつものように御者台へ座る。今回も家令のバードが御者役だった。
空は青く澄んでいる。妖精のもたらした幸運のせいなのか、絶好の旅立ち日和であった。
◇◇◇
スファロニウス王国の王都は国全体の中心からやや北寄りに位置している。文化と経済の中心地であった。
一番大きな正門から王城まで続くメインストリートの周りは繁華街と言われる華やかな地域である。王立学院は王都の北西部の閑静な地域に建てられていた。リリアンヌとカナルが住まう予定の寮は同じ敷地に建てられている。
貴族の子女が通う場所でありながら、王立学院は華美とは言いがたい伝統を感じさせる重厚な雰囲気の場所であった。
「カナル、いっぱい勉強しなっくちゃね」
「あぁ」
門を入って、大きな噴水の側の馬車止めで二人は馬車から降りた。噴水をグルリとまわるようにして、馬車道は再び門へと続いている。
ここから先は人が通るレンガ道しかない。道の両側に立つ大きな木が威圧しているようだった。
「バード、みんなによろしくね」
「いってらっしゃい、お嬢様」
バードの見送りをうけて、二人は大きな荷物と一緒に歩き出したのだった。
レンガ道を進むと正面に長方形で2階建ての建物が見えてきた。ここが学舎である。学舎の前は開けていて、ここにも噴水があった。学舎の両隣奥に、男子と女子の寮が建っていた。寮と学舎をつなぐ場所に平屋で三角屋根を持つ食堂がある。
「カナル、食事は一緒に食べましょ。学院で授業を受ける日には噴水前で一度待ち合わせしてから、教室に向かいましょうか」
「俺が迎えに行こうか?」
「うーん、従者を連れていない人もいるだろうし、女子寮の前に男性がいるって悪目立ちしそうだから、それは却下で」
他に決めておくことはないかとリリアンヌは一人思案する。小首を傾げて、顎に手を当てている。カナルはそっと目を細めて見つめていた。
「俺もお前も、いや、リリ様も大丈夫だ」
「あ、えっ? うん、そうだよね」
言葉が少なくても、物事をはっきり言うカナルの言葉には説得力がある。信頼できる従者の言葉はリリアンヌを安心させた。
(どこに居たって、私は私)
王立学院内では身分は問われないとなっている。以前のお茶会の時のように、片田舎の下っ端貴族の娘と馬鹿にされない程度には学力も教養も身に付けている。
うんと頷くと、花が咲いたような笑顔をリリアンヌはカナルへと向けた。
「へぐっ!」
カナルは手で、声にならない声を出す口と顔を隠すように俯いた。
「もう、カナルったら、変な声出してぇ」
リリアンヌはカナルの背中をバンバン叩くと「また後でね」と言って女子寮へと向かって行ってしまった。
残されたカナルも空を見上げ、うんと頷くと男子寮へと向かったのだった。




