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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第75話 せめて終業日くらいは穏やかに終わっていただきたいのに、最後の最後で装備の持ち込み確認まで入るあたり、本当に学院という場所は油断なりませんわね

 今度こそ、本当に学院の外で動く番ですわ。


 そう口にした翌朝、レオノーラは馬車の中で小さく息を吐いた。


 終業日である。

 少なくとも、大きな行事はもうない。

 授業も確認も最小限。

 休暇前の整えだけで終わるはずだ。


 ――終わるはずだった。


「お姉様」


「何かしら」


「今日こそ穏やかに終わるとお思いですか」


 向かいでクラウスが問う。


「思いたいですわね」


「思いたい、ですか」


「ええ。思う、とはまだ申しておりません」


 クラウスが少しだけ笑った。


「ずいぶん慎重になりましたね」


「今学期で学びましたもの」


「何を?」


「穏やかそうな日の方が、最後に細かな面倒が残ることを」


 学院へ着く。

 空気は確かに静かだった。


 休暇前特有の浮つきはある。

 だが、先日の演習や補助指導の時のような緊張やざわめきはない。

 皆、それぞれに一区切りの顔をしている。


 よろしい。

 このまま静かに終われば結構ですわね。


「おはようございます」


「おはようございます、レオノーラ様」


「おはよう」


「おはようございます」


 一組へ入ると、セシリアがすでに席に着いていた。

 リヒャルトは本を読んでいる。

 アーネストは珍しく机へ突っ伏していない。

 ルークも早い。

 アルベルトは、いつも通り。


「今日は、穏やかですわね」


 レオノーラが席へ着きながら言うと、アーネストが微妙な顔をした。


「それ、朝から言うなよ」


「どうして?」


「何か起きそうだから」


「失礼ですわね」


「いや、今学期ずっとそんな感じだっただろ」


 それは否定しづらい。


 そこへ、マグダ教員が入ってきた。

 手には薄い書類の束。


「本日は終業前の最終確認です」


 教室が静まる。


「休暇中の報告義務」


「学院への連絡先」


「実家・領地・滞在先が変わる者の届け出」


「武具の扱いについて」


 ――武具。


 その一語で、レオノーラは少しだけ嫌な予感を覚えた。


「休暇中に、学院許可の訓練場以外で武具を運用する場合」


 やはり、そこへ来ますのね。


「家の責任下にあることが前提です」


「また」


「学院へ持ち込んでいた武具のうち」


「特別管理対象に該当するものは、休暇前に記録確認を行います」


 教室の空気が、ほんの少しだけ揺れた。


 特別管理対象。


 レオノーラは静かに理解する。

 断星ですわね。


「対象者は後で呼びます」


 マグダ教員は淡々と言い切った。


 つまり、終業日にも一仕事残っているということである。

 極めて学院らしい。


「お姉様」


 クラウスの声はない。

 当然だ。

 学院内にはいない。


 なのに頭の中では、あの落ち着いた声で、やはり穏やかには終わりませんでしたねと言われた気がした。


 大変腹立たしいですわね。


 授業というほどでもない確認の時間が終わると、案の定、数名が別に呼ばれた。


 アルベルト。

 ルーク。

 そしてレオノーラ。


「やはりですのね」


 レオノーラが小さく言うと、マグダ教員が短く頷いた。


「ええ」


「断星は、学院としても一度記録を閉じておきたいので」


「閉じる?」


「休暇中は学院管理外になります」


「ええ」


「だからこそ、今の状態を記録します」


 それは理屈としては正しい。

 正しいが、面倒であることに変わりはない。


 記録室の一角。

 学院管理の武具台帳が広げられていた。


「まず、名称」


「断星ですわ」


「命名者」


「ゴルド」


「素材の由来は、前回提出済みの補足と一致しますね?」


「ええ」


 レオノーラは答えながら、少しだけ不思議な感覚を覚えていた。


 工房で受け入れられ、森で認められた剣が、今度は学院で記録される。


 場所が変わるたびに、断星は別の意味で“今の剣”になっていく。


「次に」


 記録係の教員が言う。


「通常携行の方法」


「背負いですわ」


「補助具の有無」


「あります」


「確認します」


 そこへルークが短く口を挟んだ。


「その確認、かなり細かいな」


「学院外へ出る前の記録ですから」


「それはそうだろうが」


「何か問題でも?」


「いや」


 ルークは肩をすくめた。


「問題はない。ただ、“終業日くらい楽に終われ”とは思った」


 まったく同感ですわね。


 アルベルトは静かに言う。


「学院は最後まで学院だ」


「嫌な言い方ですわね」


「事実だろう」


 それはそうだった。


 断星の記録確認は、思っていた以上に長引いた。

 理由は単純で、学院側が想定している“特別管理武具”の枠を、断星が少しだけはみ出しているからだ。


 ただ強い武器ではない。

 ただ高価な武具でもない。

 工房の思想と、森との信義と、レオノーラ自身の現在地が全部載っている。


 だから確認項目が増える。


「……面倒ですわね」


 思わず口から漏れると、記録係の教員が少しだけ口元を和らげた。


「気持ちは分かります」


「本当かしら」


「ええ」


「ですが、ここを雑にすると、後で困るのも事実です」


 それもまた、今学期ずっと聞いてきた理屈だった。


 雑にしない。

 必要な確認は通す。

 そのうえで、必要以上に神話化もしない。


 結局、断星に対しても同じことをやっているだけなのだ。


「終わりました」


 ようやくそう告げられた時、レオノーラは本気で少しだけ安堵した。


「これで、今学期分の学院側記録は閉じます」


「休暇明け、持ち込み時に再確認」


「ええ」


「承知しましたわ」


 記録室を出ると、廊下の空気が少し軽かった。

 もう多くの生徒は帰り支度に入っている。


「終わったな」


 ルークが言う。


「ええ」


「本当に、ようやく」


「お前の場合」


 ルークは少しだけ口元を動かした。


「武具一つで終業日が締まるのが、だいぶお前らしい」


「嬉しくありませんわね」


「そうか?」


「ええ」


「ですが、少しだけ分かる気もいたします」


 アルベルトが横で短く言う。


「君は今学期、断星と共に動いた」


「ええ」


「なら、その剣が最後の確認対象になるのは自然だ」


 その言い方は、少しだけ納得してしまうから困る。


「殿下は、何を確認されたの?」


「模擬用の剣だ」


「ずいぶん差がありますわね」


「そうだな」


 だがアルベルトは気にしていないようだった。

 むしろ、レオノーラの方を見て少しだけ目を細める。


「休暇中」


「何でしょう」


「断星に振り回されるなよ」


「振り回されてはおりませんわ」


「本当か?」


「かなり」


「かなり、ですのね」


 そこへ、セシリアが廊下の向こうから近づいてきた。


「終わりました?」


「ええ」


「ようやく」


「それはよかったですわ」


 彼女の声には、本当に一区切りついたような安堵があった。


「セシリア様の方は?」


「わたくしは、休暇前の提出物の確認だけでした」


「うらやましいですわね」


「レオノーラ様は、そういうところまで含めて今学期だったのでしょうね」


 それはたぶん、そうなのだろう。


 学院。

 演習。

 共同体。

 断星。

 森。

 工房。


 全部が別々ではなく、少しずつ噛み合って終業日まで来ている。


「では」


 セシリアが穏やかに言う。


「これで、本当に一段落ですわね」


「ええ」


 レオノーラは、今度こそ頷いた。


「今度こそ、本当に」


 その後の一組は、驚くほど穏やかだった。

 最後の挨拶。

 休暇明けの予定確認。

 軽い雑談。


 アーネストが、帰り際に言う。


「なあ」


「何かしら」


「夏休み明け、お前また何か増えてないだろうな」


「何がかしら」


「剣とか、装備とか、話題とか」


 レオノーラは少しだけ考えた。


 断星。

 森。

 工房。

 野外実務服。

 各種装備。

 第二案。

 第三案。


「……保証はできませんわね」


「だろうな!」


 アーネストが頭を抱える。


 リヒャルトは静かに言う。


「ですが、少なくとも今学期よりは、何が増えたのか言語化できる気がします」


「それはたしかに、少し前進ですわね」


 セシリアも笑う。


「ええ。今のレオノーラ様なら、“なぜそれが必要だったのか”まで説明してくださりそうですもの」


「以前は説明していなかったみたいな言い方ですわね」


「以前は、ご自身の中では通っていても、他者には少し飛んでいました」


「失礼ですわね」


「ですが今は、だいぶ橋が架かりましたわ」


 その表現は、少しだけ気に入った。


 橋が架かった。

 それはたぶん、今学期の実感としてかなり近い。


 帰りの馬車。


 クラウスが迎えに来ていた。


「お姉様」


「何かしら」


「終わりましたか」


「ええ」


「今度こそ、本当に」


「良かったです」


「ですが」


「何でしょう」


「最後の最後で、断星の学院記録確認が入りましたわ」


 クラウスは一拍だけ黙った。


 それから、ごく静かに言う。


「最後まで、お姉様らしいですね」


「どういう意味かしら」


「今学期の学院を締める最後の確認が、お姉様の今の剣だった、という意味です」


 その言い方は少しだけ綺麗すぎたが、否定はできなかった。


「……ええ」


「そうかもしれませんわね」


 馬車が動き出す。


 学院の尖塔が、ゆっくりと遠ざかっていく。


 今学期は終わった。

 断星も学院の記録を閉じた。

 共同体の課題も、一度は紙の上へ落とした。


 ならば次は、本当に学院の外だ。


「お姉様」


「何かしら」


「次は夏ですね」


「ええ」


 レオノーラは小さく息を吐いた。


「今度こそ、本当に学院の外で動く番ですわ」

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