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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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幕間 公爵家に皇太子から帝国騎士団服、友人たちから各貴族家の騎士服が贈られてきてしまい、家族全員が「なぜ外堀から埋められていくのか」と頭を抱える件について

 アルトヴァイス公爵家の朝は、時として平穏に始まらない。


 その日もそうだった。


 執事長が応接間へ入ってきた時点で、父ヴァルターはすでに嫌な予感を覚えていた。

 理由は単純である。

 執事長の後ろに、やけに大きな箱が三つ、四つ、五つと続いていたからだ。


「……何だ、それは」


 父が低く問う。


「今朝方、帝都より届きました」


「差出人は?」


「まずこちらが、皇太子殿下より」


 父の眉間が寄る。


「まず、だと?」


「はい」


 執事長は淡々と続けた。


「続いて、レインフォード家」


「シュタール家」


「フェルンベルク家」


「それから、数家より」


 応接間が静まり返った。


 父ヴァルター。

 母エレオノーラ。

 クラウス。

 たまたま呼ばれていたレオノーラ本人。


 全員が箱を見ていた。


「……開けろ」


 父が重々しく命じる。


 最初の箱が開く。


 中から現れたのは、白銀と深紅を基調とした、極めて整った一式だった。


 上着。

 肩章。

 腰帯。

 手袋。

 そして帝国の紋章を抑えた、だがどう見ても帝国中央の騎士団に連なる意匠。


 母が先に言った。


「だめね」


「だめだな」


 父も即答した。


「何がですの?」


 レオノーラが問う。


「何が、ではない」


 父が箱を指す。


「どう見ても帝国騎士団服だ」


「正確には、正装寄りに調整された礼装型かと」


 クラウスが静かに補足した。


「余計にだめではなくて?」


「その通りだ」


 父が頷く。


 箱の上に添えられていた書状を、執事長が広げる。


「皇太子殿下より」


「読め」


「“以前、装いと武の噛み合わせについて話題に上がったと聞いた。帝国騎士団服そのものでは窮屈であろうが、礼装としての整いと実用の折衷案は一見の価値がある。判断は貴公らに委ねる”」


 沈黙。


 父が言う。


「委ねるな」


 母が言う。


「持ってこないでいただきたいわね」


 レオノーラは、箱の中身をたいへん真面目な顔で見ていた。


「……かなり良いですわね」


 父と母とクラウスが同時にそちらを見た。


「何ですの」


「お前は少し黙れ」


 父が即答した。


「どうしてですの」


「今この場で一番危険なのはお前の感想だ」


 次の箱が開く。


 深い紺と銀鼠。

 肩は抑えめ、腰回りは動きやすく、胸元の意匠は家格を示しつつ華美ではない。


「レインフォード家の騎士服、ですね」


 クラウスが言う。


「どうして分かるの?」


 レオノーラが問う。


「紋と配色です」


「なるほど」


 書状を読む。


「“アルトヴァイス嬢には、帝国中央の直線より、領軍的な実務の線の方が似合うと思った。あくまで参考までに送る”」


 父が目を閉じた。


「参考とは」


 母が小さく笑う。


「まったく参考にする気満々の贈り物ね」


 さらに次。


 シュタール家。

 こちらは黒を基調にして、金属の露出が少ない。

 実戦よりも防衛・重厚寄り。

 しかし整っている。


「これはこれでだいぶ良いですわね」


 またレオノーラが言った。


「感想を止めなさい」


 母がやさしく、しかし強く言う。


「だって本当に良いのですもの」


「そうでしょうね」


 母は深く頷く。


「だから困っているのよ」


 さらにフェルンベルク家。


 こちらは軽装寄りで、森や野外を意識した線が強い。

 肩は抜かれ、裾は短く、補助革の位置も機能的だ。


 書状には、こうあった。


「“お前はどうせ動きやすさを取る。なら最初からそういう方向で仕立てた方が早い”」


 レオノーラは思わず頷いた。


「たいへん分かっておられますわね」


「頷くな」


 父が言う。


「しかも全部、方向性が違うのが最悪だ」


「どうして?」


「比較検討が始まるからだ」


 その瞬間、応接間の空気が少しだけ凍った。


 父も母も、そしてクラウスも理解した。

 今レオノーラの頭の中ではすでに、


 帝国中央型。

 領軍実務型。

 重厚防衛型。

 野外軽装型。


 という整理が始まっている。


「……レオノーラ」


 父が低く言う。


「何かしら」


「今、比べたな」


「少しだけ」


「少しではないわね」


 母が額へ手を当てる。


「かなりね」


 クラウスが静かに続けた。


「お姉様、今の時点で三つほど改修案を考えておられますね」


「四つですわ」


 終わった。


 父は心の底からそう思った。


「どうして増やす」


「だって、せっかく各家で思想が違うのですもの」


「思想と言うな」


「ですが、同じ騎士服でも線の引き方が違いますわ」


 レオノーラの声は、ひどく真面目だった。


「帝国中央は礼と威」


「レインフォード家は領軍としての統率」


「シュタール家は保持と圧」


「フェルンベルク家は野外の実用」


「どれも学ぶべき点がございます」


「学ぶな」


 父が即答した。


「どうしてですの」


「お前が学ぶと、最終的に全部混ぜるだろう」


 レオノーラは少しだけ黙った。


 それから、正直に答えた。


「はい」


 母がついに顔を覆った。


「だめだわ」


「だめだな」


 父も深く頷く。


「完全に外堀から埋められている」


 その言葉に、クラウスが静かに頷いた。


「ええ」


「どうして外堀なの?」


 レオノーラが問う。


「お姉様」


「何かしら」


「家族が止めているところへ、外から“似合うから着ればよい”が届いているのです」


「しかも一着ではなく、複数だ」


 父が言う。


「選択肢付きでな」


「それは親切ではなくて?」


「親切すぎるのが問題なのよ」


 母が言った。


 そこへ執事長が、控えめに口を開いた。


「なお」


「まだあるのか」


「小箱が一つ」


「誰だ」


「……アルベルト殿下ではなく、ルーク様からです」


 嫌な予感がした。


 箱を開く。


 中には、一言だけ書かれた紙と、上質な革手袋が入っていた。


「“服は他が送るだろうから、使うものだけ送る”」


 沈黙。


 そして、レオノーラがひどく静かに言った。


「これはかなり嬉しいですわね」


「知っている」


 父が即答した。


「どうしてですの」


「顔だ」


 母も苦笑した。


「服一式より、今そちらの方が嬉しそうね」


「だって使えますもの」


「そうでしょうね」


「しかも、手の当たりがだいぶ良いですわ」


 箱から取り出し、すでに指で革を確かめている。


「お前」


 父が言う。


「何かしら」


「今この場で試着するな」


「まだしておりませんわ」


「今からする顔だ」


 そこへさらに別の小箱。


 セシリアからだった。


 中には、品の良い小型の記録帳と、短い手紙。


「“装いも大切ですが、結局レオノーラ様は整理して考える方ですから。比べるなら、書けるものも必要かと思いました”」


 レオノーラが、今度は本当に少しだけ嬉しそうに笑った。


「……分かっておられますわね」


「やめて」


 母が言う。


「そこだけ幸せそうなのやめて」


「どうして?」


「贈り物の方向性が完璧すぎて、こちらの危機感が増すからよ」


 父は大きく息を吐いた。


「整理するぞ」


 誰に向けた言葉か分からないが、とにかく整理が必要だった。


「帝国騎士団服」


「却下寄り」


「各貴族家の騎士服」


「そのまま着用は却下」


「革手袋」


「保留のうえ採用寄り」


「記録帳」


「即採用」


 レオノーラが静かに言う。


「どうして服だけ却下なの?」


「そこを聞くな」


「ですが」


 父が手を上げた。


「服そのものを全部突き返すのは、角が立つ」


「ええ」


「なので礼は尽くす」


「ええ」


「ただし、家としては“参考として拝領する”に留める」


 母が頷く。


「それがいいわね」


「お姉様」


 クラウスが静かに言う。


「何かしら」


「着る前提で整理しないでください」


「まだしておりませんわ」


「今、“帝国中央型の礼装線は使える”と考えましたね」


「少しだけ」


「やはり」


 完全に読まれていた。


 父ヴァルターは、箱の山を見ながら、しみじみと言った。


「どうしてうちの娘に騎士服を送ろうという発想が、こんなに共有されているんだ」


 母が小さく笑う。


「似合うからでしょうね」


「最悪だな」


「ええ」


「最悪ですわね」


 だが、レオノーラは違った。

 彼女は、どこか静かに、しかし本気で満足していた。


 家族には止められる。

 だが外からは、似合う前提で、しかも各家の思想まで込めて贈られてくる。


 つまり少なくとも、自分の感覚だけがずれているわけではない。

 そこは少しだけ嬉しかった。


「……お父様」


「何だ」


「これらは、参考として拝領でよろしいのですわね?」


 その確認の仕方が危険だった。


「参考として、だ」


「ええ」


「試着前提ではない」


「ええ」


「改修案の材料前提でもない」


「……ええ」


 そこだけ一瞬、間が空いた。


「クラウス」


「はい」


「今後しばらく、姉の部屋への出入りを少し増やせ」


「承知しました」


「どうしてですの?」


「何でもない」


「何でもなくありませんわよ」


 だが結局、その日公爵家に届いた贈り物は、全部そのままアルトヴァイス家の管理下へ置かれることになった。


 皇太子からの帝国騎士団服。

 友人たちからの各貴族家の騎士服。

 そして、実用一点突破の革手袋。

 整理のための記録帳。


 それらを前にして、父ヴァルターは最後にぽつりと呟いた。


「なぜ外堀から埋められていくのか、本当に分からん」


 母エレオノーラが静かに答える。


「分かるでしょう?」


「何だ」


「似合うからよ」


 父は目を閉じた。


「やはり最悪だな」


 そしてその頃、レオノーラはすでに心の中で、

 帝国中央型の肩線と、

 領軍型の腰の抜き方と、

 野外軽装型の裾の処理を、

 どう混ぜればもっと合理的かを考え始めていた。


 家族の危機感は、たいへん正しかったのである。

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