幕間 第2回公爵家家族会議 レオノーラが完全武装すると、何をどう見ても剣聖にしか見えない件について、もはや領地内であれば許可するしかないのではという、だいぶ後ろ向きな結論に至るまで
アルトヴァイス公爵家における家族会議は、必要に応じて何度でも開催される。
そして、その必要を最も高頻度で生み出しているのは、だいたい長女レオノーラだった。
今夜の議題は明確である。
レオノーラが、騎士団服に見えないという建前で整えた野外実務服に、革手袋、胸当て、肩当て、小手、脛当て、ブーツ一式を揃え、さらに断星を背負った結果、何をどう見ても剣聖にしか見えない件について。
であった。
「始めるぞ」
父ヴァルターが、実に疲れた声で言った。
応接間。
いつもの席。
父、母エレオノーラ、弟クラウス、そして議題の中心たるレオノーラ本人。
なお本人は、やや不満げだった。
「そんなに大仰な話かしら」
「大仰だ」
父が即答した。
「かなり」
母も続ける。
「ものすごく」
クラウスも静かに頷いた。
三対一。
しかも、全員迷いがない。
「では確認する」
父が低く言う。
「レオノーラ」
「何かしら」
「お前は、あの装備一式を」
「ええ」
「サマーバケーションの準備だと思っているな」
「当然ではなくて?」
父はそこで一度、目を閉じた。
母は額へ手を当てる。
クラウスは、すでに諦めたような顔をしていた。
「当然、ではない」
父が言う。
「どうしてですの?」
「普通の令嬢は、休暇前に脛当てを揃えない」
「必要がないからでしょう?」
「そこだ」
父は指を差した。
「そこが問題なんだ」
レオノーラは少しだけ首を傾げる。
「森へ参りますでしょう」
「ええ」
「工房にも行きますでしょう」
「ええ」
「断星の調整もございますし、鍛錬もございますわ」
「ええ」
「では、動きやすく、守れた方が良いではありませんの」
理屈だけを抜けば、実に正しい。
だから困るのである。
「レオノーラ」
母がやさしく言う。
「何かしら、お母様」
「理屈が通っていることと」
「ええ」
「その見た目が危険でないことは、別の話なのよ」
「危険?」
「ええ。危険」
母は深く頷いた。
「あなたがその装備で断星まで背負うと」
「ええ」
「もう“装備を整えた令嬢”ではなくなるの」
「では?」
「剣聖よ」
応接間に、しばし沈黙が落ちた。
レオノーラは、数秒かけてその言葉を飲み込んだ。
「……剣聖」
「ええ」
「少し言いすぎではなくて?」
「言いすぎではない」
父が切る。
「どうしてそこまで断言できますの」
「見たからだ」
「何を?」
「お前の姿を」
短い。
だが、それで十分だった。
「あのな」
父は言葉を選ぶように、少しだけ間を置く。
「野外実務服の時点で、だいぶ危なかった」
「ええ」
「そこへ革手袋、当て具、長靴、そして断星だ」
「ええ」
「何をどう足しても、“公爵家の令嬢が休暇へ向かう姿”にはならん」
「では?」
「“次の任務へ向かう剣聖”だ」
レオノーラは少しだけ黙った。
だが、反論はした。
「そんなに?」
「そんなにだ」
父の声は低く、重かった。
「お前は竜を討伐している」
応接間の空気が、今度は別の意味で静まる。
「しかも、つい先日ではない。数年前にだ」
父はまっすぐ娘を見た。
「お前はもう、家の中で剣を振っているだけの娘ではない」
「ええ」
「見た目がどうこうの話でもない」
「ええ」
「お前は竜殺しなのだ」
レオノーラは、そこでほんの少しだけ黙った。
母エレオノーラが静かに続ける。
「だからこそよ」
「あなたが装いを整えれば整えるほど」
「ええ」
「周囲は“綺麗な令嬢”ではなく、“力を持つ者が、その力にふさわしい形へ整った”と見るの」
クラウスも静かに頷いた。
「お姉様が思っている以上に、“見た目だけの話”ではないのです」
レオノーラは、その三人の視線を順に受けた。
冗談ではないと分かる。
過保護や誇張だけで言っているのでもない。
「……そこまで、かしら」
「そこまでです」
クラウスは即答した。
「ちなみに」
母が問う。
「どのあたりが決定打だったの?」
「肩です」
「肩」
「ええ。肩当てで線が締まり」
「ええ」
「小手で腕の収まりが良くなり」
「ええ」
「脛当てとブーツで下半身の安定感が出た結果」
「ええ」
「断星を背負った時の全体像が、“実戦に入る人”になります」
父が深く頷く。
「分かる」
「分かるわ」
母も同意した。
どうやら本当に、家族の認識は一致しているらしい。
「では」
レオノーラは静かに聞いた。
「皆さまは、どうなさりたいの?」
そこが本題だった。
駄目だ。
禁止だ。
没収だ。
そういう結論もあり得る。
だが父ヴァルターは、すぐには答えなかった。
母も黙る。
クラウスも視線を落とす。
つまり、そこは少し難しいのだ。
「……没収はできん」
やがて父が言った。
「どうしてですの?」
「理屈が通りすぎているからだ」
それはたいへんレオノーラらしい理由だった。
「野外活動」
「ええ」
「森」
「ええ」
「工房」
「ええ」
「鍛錬」
「ええ」
「どれを取っても、装備を整えること自体は正しい」
「でしょう?」
レオノーラは、そこで少しだけ勝った顔をした。
「その顔をやめろ」
父が即座に言う。
「やめませんわ」
「今、明らかに勝ったと思っているだろう」
「少しだけ」
「少しではないわね」
母が言う。
「かなり、ですわね」
だが、そこで母の声色が少し変わった。
「ただし」
やはり来ますのね。
「何かしら」
「その姿で帝都を歩くのは駄目よ」
父も即座に頷く。
「駄目だ」
「どうしてですの?」
「どう見ても問題が起きる」
「何が起きるの?」
「勘違いだ」
父は断言した。
「どんな勘違いかしら」
「帝都の人間が、お前を見て」
「ええ」
「“どこかの公爵家の令嬢”とは思わん」
「では?」
「“動く理由のある剣聖”だと思う」
それは少しだけ格好良すぎるのではなくて?
「お父様」
「何だ」
「そこだけ聞くと、少し悪くないのですけれど」
「駄目だ」
「早いですわね」
「早く否定しないと、お前が変に納得する」
そこは少しだけ否定しづらかった。
「つまり」
クラウスが静かに整理する。
「問題は装備そのものではなく」
「ええ」
「それを、どこで、誰に見せるかですね」
「その通りだ」
父が頷く。
「屋敷の中」
「ええ」
「領地内の鍛錬」
「ええ」
「工房や森への道中」
「ええ」
「その範囲なら、まだよい」
レオノーラはそこで、少しだけ目を細めた。
「……まだ?」
「帝都の街中と、学院の周辺は駄目だ」
なるほど。
つまり全面禁止ではない。
「では」
レオノーラは静かに問う。
「領地内なら?」
父と母が一瞬だけ視線を交わした。
そのやり取りは短かった。
だが長年連れ添った夫婦のそれで、だいたい結論は共有されたらしい。
「……領地内なら」
父が重々しく言う。
「許可するしかない」
応接間が静まった。
そして、その一言を最も早く飲み込んだのは、もちろんレオノーラだった。
「本当?」
「ああ」
「ただし条件はある」
「伺いますわ」
「領地内限定」
「ええ」
「屋敷から出る時は一声かける」
「ええ」
「帝都、学院、その周辺では着ない」
「ええ」
「断星まで含めた完全武装は、必要な場面に限る」
レオノーラは、ひどく真剣な顔で頷いた。
「承知しましたわ」
「軽いな」
父が言う。
「どうしてですの」
「もっとこう、令嬢らしく抵抗しろ」
「許可が出たのに?」
「そこだ」
母が少しだけ笑った。
「あなた、本当に欲しかったのね」
「ええ」
即答だった。
「かなり」
クラウスが小さく息を吐く。
「では今後、領内でお姉様が完全武装して歩いていても、見なかったことにすればよろしいですか」
「それは少し違うわね」
母が言う。
「どう違いますの?」
「見たら、覚悟を決めるのよ」
「何のですの」
「今日は何かあるのだと」
それは少しひどいのではなくて?
「お母様」
「何かしら」
「そんなにですの?」
「そんなによ」
父も深く頷いた。
「完全武装したお前を見て、“今日は穏やかな散歩だな”と思えるほど、俺たちは鈍くない」
レオノーラは少しだけ考えた。
そして、静かに言う。
「ですが、領内で鍛錬する際には実に理にかなっておりますわ」
「そうだな」
父が認める。
「だから許可するしかない」
それが、この第2回家族会議の結論だった。
完全武装のレオノーラは、何をどう見ても剣聖にしか見えない。
しかもそれは、見た目だけの印象ではない。
数年前に竜を討伐したという、消しようのない事実の上に立っている。
だが、理屈は通っている。
必要性もある。
止めきれない。
ならばもう、領地内に限っては許可するしかない。
たいへん後ろ向きだが、きわめて現実的な着地だった。
会議が終わり、自室へ戻る途中。
レオノーラは少しだけ口元を緩めていた。
「お姉様」
クラウスが隣で言う。
「何かしら」
「かなり機嫌が良いですね」
「当然でしょう?」
「どうして?」
「領地内なら許可が出たのですもの」
それは、たしかにそうだった。
しかも完全禁止ではない。
条件付きとはいえ、公認である。
「……ですが」
クラウスは少しだけ視線を逸らした。
「何かしら」
「領内で完全武装のお姉様を見かけるたびに、私は少しだけ心の準備をすることになりそうです」
「どうして?」
「今日は何が起きるのだろう、と」
「失礼ですわね」
「ですが、お姉様」
「何かしら」
「それだけ整っているのです」
その言い方は、どこか少しだけ誇らしげでもあった。
レオノーラは、それに気づいた。
だから、あえて何も言わなかった。
自室へ戻る。
壁際には断星。
その隣には、完璧に揃った装備一式。
「……領地内なら、問題ございませんわね」
小さくそう呟く。
断星は何も言わない。
だが今回ばかりは、少なくとも明確に賛同しているような気がした。
こうしてアルトヴァイス公爵家は、ついに認めたのである。
長女レオノーラが完全武装すると、何をどう見ても剣聖にしか見えないことを。
しかもそれは、竜殺しという事実を思えば、ある意味では当然ですらあることも。
そして同時に、領地内であれば、もうそれは許可するしかないということも。




